古い建物はまちの歴史をいまに伝える宝物。
時代が移り変わっても、大切に使い続けられている「愛され建築」を訪ねました。
井上由美-text
第2回

KAKUイマジネーション

夢持つ人を引き寄せる、建物の磁力

札幌建築鑑賞会代表の杉浦正人さんが「まちなかに残る木造建築」として紹介してくれたのは、南3条通り沿い、資生館小学校と向かい合うように建つ「KAKUイマジネーション」。趣のある木造2階建ての建物に、美容室、ブーランジェリー、カフェなどが入居しています。

「昭和初期の建築と思われますが、建築年ははっきりしません。もしかしたら大正期かもしれないですね」

杉浦さんによると、ここは太平洋戦争の始まる前年、1942(昭和17)年から「北海道女子栄養学校」の校舎として使われていたそう。
さらにその前は、札幌に馬車鉄道を走らせた助川貞次郎所有の事務所だったそうです。

「馬車鉄道は札幌軟石を輸送する手段として敷設されましたが、ここにも札幌軟石が使われています。正面右側の塀を見てください。狸小路まで、まっすぐに続いているんです。ひょっとすると元は敷地をぐるりと軟石で囲っていたのかもしれません」

軟石の塀は北に向かって50mも続いています。かつては裏に庭があり、池が設けられていたとか

この歴史ある建物を管理しているのは、1階の美容室「華宮(かみや)」のオーナー、金田敏晃さん。趣のあるたたずまいに惹かれて、1994(平成6)年に借り受けたそうです。

「僕は当時、8丁目で美容室をやっていたんだけど、ここは学校法人鶴岡学園の本部として使われていました。札幌軟石の塀のコケもすごくキレイで、前を通るたび、いい建物だなと思っていたんです。そうしたら、ある日、引っ越し作業をしているのを見かけて…。空き家になるんだったら使わせてほしいと、大家さんを探して貸してもらうことにしたんです」

金田敏晃さん(写真右)。KAKUイマジネーションで美容室「華宮」、隣接するマンションで「hanare」の2店舗を経営されています

以来23年。当初は知人と2人でシェアしていましたが、今は一棟丸ごと金田さんが借り受け、自店の美容室だけではなく、全館をプロデュースしています。

「最初はオフィスキューの鈴井貴之くんが2階を劇団の稽古場にしていました。黄色のクマのキャラクターが人気のお店『カスタネット』もここからスタートしたんですよ。このあたりは昔から、お金はないけど夢がある、という若い人たちが集まってくる場所でした」

2000(平成12)年くらいの撮影。現在とは違い、外壁が赤味をおびた茶色に塗られています。提供:札幌建築鑑賞会

今年5月には、詩人・谷川俊太郎の作品を一堂に集めた「俊カフェ」がオープンしました。俊カフェは、店主がクラウドファンディングで資金を集めて開店にこぎつけたそう。テナントは入れ替わっても、夢を持つ人を引きつける磁場であることには変わりがないようです。

今年5月にオープンした「俊カフェ」。詩人・谷川俊太郎の作品を、自由に手に取って読むことができます

建物2階の「OKU」と名づけたフリースペースは、ストレッチなどを教える「体の教室」や、写真撮影のスタジオなどに日替わりで使われています。1階廊下の壁もギャラリーとして活用されているほか、美容室の窓の下に金田さんの愛犬「まだまだ」ちゃんのハウス、そして、札幌軟石でできた1坪のスペースには、日本一小さな(?)バースタイルの飲食店がオープンする予定です。

それにしても金田さん、古い建物を使い続けるのは、人知れず苦労があるのでは?

「苦労? そんなのないよ。必要なのは覚悟。確かに経費はかかるから、ただ『好き』だけじゃ維持はできない。それに僕は古いものに固執しているわけじゃないんだよね。与えられたものをありがたく使いたいと思っているだけ。ケアをしながら使い続ける。人間の体も一緒でしょ」と金田さん。確かに、体は古くなったからといって取り替えがきかない。いたわりながら使い続けるのを当然と思えば、建物だってそうなのかも知れません。

歩くとぎしぎしと音がする木の階段。すり減り具合に、90年ほどの時間の経過を感じます

杉浦さんも、金田さんの言葉に深くうなづきます。
「この建物の元の持ち主の助川貞次郎は、馬車鉄道から現在の市電の原型となる札幌電気軌道を始めた人物。その後、ここを使った鶴岡学園は、北海道における栄養士養成の先駆けとなり、恵庭市の北海道文教大学へと発展しました。私の思い込みかもしれませんが、そうした先駆者たちのエネルギーが、この建物に染みこんでいるような気がします」

この建物の歴史をさかのぼるだけで、市電の誕生、大学の開学、芸能事務所の成長など、今につながるさまざまなサイドストーリーにぶつかります。これからもこの場所で、夢をかなえようとする人たちのスタート地点であり続けてほしい。そう願わずにいられません。

KAKUイマジネーションの入り口。KAKUは人それぞれの「各」、クリエイティブな「描く」、真ん中の「核」など、さまざまな意味を含んでいるそう

「南3条通りは下町っぽい。街の中の田舎のような空気感がいい」と金田さん(右)と、「建物の持つエネルギーを感じる」と杉浦さん

Writer's eye
23年前、金田さんとこの建物をシェアして借りていたのが、現在オフィスキュー会長の鈴井貴之さん。1階を金田さんの美容室、2階を鈴井さんが主宰する劇団の稽古場として使っていたそう。その後、劇団を維持するために2階にベトナム料理店「フーコック」を開店。2005(平成17)年まで経営していたそうです。もしこの建物がなかったら、オフィスキューの歩みも今とは違っていたのかも…と思わず考えてしまいました。

下見板張りの外壁やレンガの集合煙突は建築当時のまま。洋館のような縦長の上げ下げ窓がいい味を出しています

●KAKU イマジネーション
北海道札幌市中央区南3条西7丁目
TEL:011-281-2909(華宮)
WEBサイト

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