穀物やナッツをローストしたグラノーラが人気を集めていますが、昭和初期、日本で最初にシリアルを製造したのは、札幌の琴似の工場でした。JR琴似駅の北口に、レンガ造りの建物が残っています。
ここは日本食品製造合資会社(日食)が、日本で初めてコーンフレークやオートミールの製造をした工場でした。原料のとうもろこしやオーツ麦が、北海道で豊富に生産されていたからです。
創設者の戸部佶(とべ・ただし)さんは、アメリカで穀類や野菜の加工技術を学び、1929(昭和4)年に琴似に工場を建て、オートミールやコーンフレークの製造を始めました。スイートコーンやアスパラなど野菜類の缶詰もつくっていたそうです。
「戦前までに建てられた工場建築としては、札幌市内に現存する数少ない一つですね」と教えてくれたのは、札幌建築鑑賞会代表の杉浦正人さん。
「かつてはこの工場の奥に、軟石造りの倉庫があり、木造の事務所と戸部さんのご自宅もあった」と話します。
レンガ造りの工場は以前、喫茶店「レンガの館」として、軟石造りの倉庫は小劇場「コンカリーニョ」として利用されていたので、記憶している人も多いかもしれません。
いまはレンガの館だけを残して再開発され、倉庫のあった場所には高層マンション「ザ・サッポロタワー琴似」がそびえ立っています。レンガの館も一時は解体の危機にありましたが、マンション住民の集会所として保存されることになり、地域FMの三角山放送局が委託を受けて管理しています。
中に入ってみると、広々としたホールが広がり、奥には三角山放送局のスタジオがありました。ガラス越しにパーソナリティーの話す姿を見ながら、オンエア中の放送を聴けるようになっています。
三角山放送局の放送局長、田島美穂(たしま・みほ)さんにもお話を伺いました。
「三角山放送局は1998(平成10)年の開局です。当初は近くの雑居ビルにスタジオがあったのですが、レンガの館の管理を任され、2006 (平成18)年にこちらへスタジオを移転しました」
ホールはマンション住人の理事会やサークル活動に使われていますが、特に催しのない日は、広く地域に開放されています。赤ちゃん連れもOKの「親子で楽しむクラシックコンサート」や、手作り雑貨のマーケット「三角山市場」、自然栽培の農産品を販売するマルシェなど、三角山放送局が主催するイベントも定期的に開催されています。
「スタジオは防音になっていますが、ホールは風や雨の音も聞こえます。天井が高いのでよく響いて、クラシックの演奏者には『音が伸びる』と評判がいいですよ」
風の音も聞こえるレンガ造りのホールで、赤ちゃんを膝に乗せて楽しむクラシック。咳払いにも気を使うコンサートホールとはまた違う、カジュアルな楽しみ方ができそうです。
それにしても、なぜ琴似に日本で初めてのシリアル工場ができたのでしょう。
杉浦さんはこう解説します。
「まず琴似には屯田兵村があり、新鮮な農産作物の入手が容易だったことが生産されていたこと。もうひとつ、鉄道の乗降場があって交通の便がよかったこと。さらに、ここが琴似発寒川の扇状地で、農産物加工に欠かせない水が豊富だったことなどが大きな理由でしょう」
そうした背景のもと、大正期には近くに道立の農事試験場や工業試験場ができ、農産物の加工が官民一体となって進められました。少し離れてはいますが琴似発寒川の左岸にも、同じように札幌酒精工業や「寿みそ」の工場などが建てられ、今でも製造が続けられています。
「地域の歴史を体現する建物に私たちの放送局があることで、リスナーが遊びに来てくれたり、小学生が見学に来てくれたりする。イベントにもたくさんの地域の方々が集まってくれる。過去と現在、そして未来をつないでいくために、放送局が少しでもお役に立てているのなら、うれしいことですよね」と田島さん。
札幌建築鑑賞会の杉浦さんは「このあたりは大正中期から旧琴似村の役場が置かれた場所です。札幌市と合併するまでは、ここが琴似町の中心だったでした。その場所にシンボル的な建物が残されているということは、素晴らしいこと」と賞賛します。
レンガの館は齢88。強い風の日は梁がミシミシときしむ音がするそうですが、できれば地域一番の長老として、いつまでも元気で長生きをしてほしい。そして、JR琴似駅を利用する大勢の人たちに、静かに昔話を語りかけてほしいと思います。
●レンガの館
北海道札幌市西区八軒1条西1丁目2−5
月〜土 10:00〜17:00
●三角山放送局(FM76.2MHz)
TEL:011-640-3330
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