森の恵みを一反の布に

樹皮の反物 1879年 沙流収集(北海道大学植物園・博物館所蔵)

前回の「二風谷イタ」に続いて、同時期に経済産業省の伝統的工芸品に認定された「二風谷アットウ」の紹介。素材はオヒョウやシナなどの内皮から作られた糸で織るアットウの風合いは独特で、丈夫で水にも強く通気性にすぐれている。
露口啓二-photo

アイヌ文化の息づかいを織り込んで

アットゥは、アイヌ文化に受け継がれてきた樹皮による平織の反物です。反物から仕立てた着物もアットゥと呼ばれます。そうした技法と素材利用を継承した伝統的工芸品が「二風谷アットゥ」です。
アットゥの素材はオヒョウやシナなどの内皮から作られた糸。沙流で培われてきたアットゥ製作は、近代以降のアイヌ工芸における主要品目として重宝され、1969(昭和44)年の「アツシ織物生産組合」(二風谷で組織された任意団体)の設立へとつながっていきました。
すべての工程は、大自然と人の手の関わりの中にあります。豊かな森と、森に寄りそって暮らす人間の営みが育んできたアットゥは、自然と人間との長い交わりそのものが織り込まれた工芸品だといえるでしょう。
アットゥの特長は、丈夫で水にも強く通気性にすぐれていること。そして長く付き合うほどになじんでくる、天然繊維ならではの風合いが魅力です。二風谷アットゥは2013年3月、二風谷イタと並んで、経済産業省の「伝統的工芸品」の指定を北海道の産品としてはじめて受けました。

アットゥは、北海道の各地で作られ、その中でも道東や道北、胆振、そして二風谷が位置する日高の沙流川流域などが、江戸時代に産地として知られていました。沙流川流域が産地として文献史料で最初に見られるのは、18世紀はじめころ。アットゥは丈夫で水にも強いことから、ニシンの漁場や、本州と蝦夷地(北海道)を行き来した北前船の船乗りたちの仕事着としても愛用されました。この布は交易のための産物としても知られ、本州以南にも流通していたのです。歌舞伎にも、役者がアットゥを着る演目があります(「天竺徳兵衛韓噺」)。

 

今も変わらぬ製法と技術

道内各地の製作地はその後さまざまな変遷をたどりましたが、二風谷では現代まで技術と伝統が地域の工芸振興の中で継承されてきました。江戸時代にはすでにアットゥの反物が、すぐれた産品として重要視されていたことが文献からもわかります。
1878(明治11)年にここを旅した英国の旅行家イザベラ・バードは、著書の『日本奥地紀行』でこの地のアットゥのことにふれており、北海道の物産の産出状況をまとめた『諸物産表 明治十三年 明治十四年』にも、沙流川流域でさかんにアットゥが織られていたことが記録されています。また1881(明治14)年に発表されたオーストリアの外交官・考古学者ハインリッヒ・フォン・シーボルトの『蝦夷島におけるアイヌの民族学的研究』にも、現在とほぼ同じ織機のペラ(へら)が記録されています。さらに、米国シカゴ大学の人類学者フレデリック・スターが収集したアイヌ工芸品に沙流川流域のアットゥが含まれていたことが、1904(明治37)年の記録から見てとれます。

秦檍丸(はたあわきまろ)『蝦夷生計圖説』(19世紀初頭)より

織りは女の仕事ですが、山に入って良質の素材を調達してくる男たちとの協働も欠かせません。かつては、樹皮に限らず衣食住の生活資源を代々採取する場(イウォ)が集落ごとにあり、人々はそうした自然空間を大切に守り伝えてきたのです。
二風谷では、いまも百年前と同じ様式の道具を使い、二風谷民芸組合が中心となって、アットゥの技術の継承と製造販売が行われています。
着物や帯にとどまらずファブリック素材としての二風谷アットゥは、ファッションからインテリアまで、現代の私たちの暮らしのさまざまな分野で活用することができます。色合いも、伝統では生成りのモノが中心でしたが、現代の作家たちは自然の草木からさまざまな彩りを取り出しています。
二風谷アットゥに関わる人々は、先人たちが積み上げてきた伝統を大切に守りながら、さらに多彩な分野にも表現領域を広げています。
*本稿は2015年に二風谷民芸組合が発行した「伝統的工芸品・二風谷アットゥ」(制作:ノーザンクロス)から抜粋・再編集した

美しい織機のウォサ(おさ/上)とペラ(へら/下) 1884年 沙流収集(北海道大学植物園・博物館所蔵)
※こうした道具を製作する技(わざ)も男たちに伝えられている

【二風谷アットウの制作工程】
1.樹皮をはぐ
幹に切れ目を入れ下から上にはぐ(水分を多く含んだ時期が最適)。

2.荒皮をはぐ
糸にする内皮(靭皮)を取り出すために、外の荒皮をていねいにはがしていく。

3.樹皮を加工する
樹皮をやわらかくするために、灰汁などを加えて釜で数時間煮る。沼や温泉などに1週間程度漬ける方法も。

4.洗う
ぬめりを取るために、沢などで洗って内皮をきれいにする

5.内皮をはぐ
何層にもなっている内皮を、揉むようにして薄くはがしていく。

6.内皮を裂き糸をつくる
指先を使って内皮を一定の細さに裂き、その糸に撚りをかけながら結び目を小さくする機(はた)結びで糸をつないでいく。

7.糸のばし
糸玉から糸をのばし、数メートル離れた棒に回しかけ、もう一方を織り機に通していく。この段階でタテに入る色や柄が決まる。

8.機織り
(1)受け糸を取る
綿糸で下糸を順番にすくい上げ、ペカウンニ(糸をかける棒)に8の字のようにかけていく。

(2)横糸を通しペラで締める
ペカウンニによって上下に分けた縦糸のあいだに横糸を通す。横糸を通す1回ごとに縦糸を上下させ、ペラ(へら)で締める。

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