次の100年へつなぐ、地域の記憶装置となる ―札幌大学埋蔵文化財展示室

企画展『「片隅の足跡」移り変わる豊平』の展示リーダーを務めた、地域共創学群 歴史文化専攻 3年の加藤はるなさん。専門は考古学で、出身地の枝幸町に代表的な遺跡があるオホーツク文化を研究

知る人ぞ知る大学のミュージアム巡りの第二弾は、「札幌大学埋蔵文化財展示室」。実はこの春、移転リニューアルし「歴史文化財展示室」となる。「埋蔵文化財展示室」として最後となった企画展からは、これからの展示室が地域で果たす役割が見えてきた。
柴田美幸-text 黒瀬ミチオ-photo

更新され続ける埋蔵文化財展示室

展示室を設けている札幌エリアの私立大学の中でも、古くから開館しているひとつが「札幌大学埋蔵文化財展示室」である。1967年の大学開校時から教員や考古ゼミナールが調査・収集している資料を学生が活用することと、資料を一般に展示公開する施設として1989年にオープン。考古学ゼミナールの教員が主導し、また自治体と協力して、遠軽町や枝幸町など道内の遺跡で発掘調査をおこなってきた。最初の展示室は現在とは違う建物内にあったが、2010年に移転。2代目展示室の常設展示は、学芸員課程を履修する学生が一から携わった。そして今年2023年5月、移転しリニューアルオープンする3代目の展示室では、これまでの調査にかかわる関係資料を収蔵し、その一部を展示している。

2010年〜2023年3月まで使用されていた展示室の常設展のようす (写真提供:札幌大学)

学生が一から手掛ける企画展を開催

毎年1月末から5月までは学生が企画から展示、解説まですべてを手掛ける企画展が開催されている(今年は展示室の移転準備のため3月17日で終了)。2代目展示室のフィナーレを飾ったのが、『「片隅の足跡」移り変わる豊平』だ。学芸員課程を履修する3年生16名が3班に分かれ、大学がある豊平区西岡エリアの変遷について交通・産業・歴史の3つのテーマで取り上げた。
1つ目の交通テーマ「定山渓鉄道から地下鉄南北線へ」では、物流や人の移動に着目し、なぜ定山渓鉄道が衰退してから南北線が生まれたのかについて展示。交通班の班長を務めた前川康生(こうせい)さんは、札幌市博物館活動センターから所蔵する資料を借りる際の日程調整など、展示資料を集めるのに苦労したとか。
2つ目の産業テーマ「豊平りんごストーリー」は、かつて豊平区ではリンゴの栽培が盛んだったことから、リンゴ産業にまつわる道具や建築物についての展示を行った。果樹園で実際に使用していた器具や、現存するリンゴ倉庫のジオラマを作製し展示。産業班の班長・村上結菜(ゆうな)さんは、コロナ禍でハンズオン展示を活用できなかったことが少し残念だったという。
3つ目の歴史テーマ「西岡ものがたり」では、開拓による西岡の誕生から一大農業地帯、高度経済成長期を経た西岡100年の歴史をたどった。歴史班の班長・加藤はるなさんは企画展全体のリーダーも務め、3つのテーマを豊平区および西岡のまちづくりという一つのストーリーとして関連づける大役を果たした。

「定山渓鉄道から地下鉄南北線へ」では、定山渓鉄道で運搬され建材としてリンゴ倉庫にも使われた札幌軟石を展示し、産業テーマにつながるよう工夫した

「豊平りんごストーリー」では、実際に使われていたリンゴの大きさを測定する道具を再現し、測定体験ができるハンズオンの予定だった

「西岡ものがたり」では、ジャガイモ畑やサッポロビール直営のホップ畑などが広がる農地から、高度経済成長期に新興住宅地へと変貌していく歴史を紹介

そしてもうひとつ、異色の展示が。「筆を取れ!ペンを握れ!〜鳥獣戯画から漫画へ〜」は、4年生の曽我寛司(かんじ)さんの持ち込み企画だ。平安時代の鳥獣戯画から江戸時代の葛飾北斎による北斎漫画、そして現代のマンガへのつながりに焦点を当てた。「展示を行う上で工夫した点は、パネルの色です。『鳥獣戯画』は墨を使った色なので、パネルは黒を基調とし、北斎の浮世絵は当時ベロ藍(プルシアンブルー)があったので青系に、漫画はそれぞれの作品に相応しいと思う色にしました」と曽我さん。
聞けば、3年生のときに博物館で実習を行うはずだったが、コロナ禍で実習そのものがなくなってしまったという。4年生になり、このままでは博物館の仕事を知ることなく終わってしまうと展示を志願。結局、無事に希望した博物館で実習を行うことができ、その経験を生かせたと話してくれた。

「筆を取れ!ペンを握れ!〜鳥獣戯画から漫画へ〜」では、札幌大学図書館が所蔵する鳥獣戯画のレプリカと、企画した曽我さんが所蔵する希少コミックの復刻版などを合わせて展示

今回の企画展は、学生にとって少しチャレンジングな内容だったと言える。埋蔵文化財展示室室長の松友知香子(まつとも ちかこ)教授によると、これまでは大学が豊富に持つ考古資料やアイヌ文化の資料を駆使できるテーマが多かったが、今回は大学が持っていない資料でほとんどを構成しなければならなかった。博物館や企業に資料の貸し出しを依頼し、ときには人づてに個人から借りたり譲り受けたりして展示を組み立てた。
学生たちは、「やはり限られた時間内で資料や情報を集めて展示の形にするのが難しかった」と言う。なにより、コロナ禍で一般の来館者を受け入れられず、自分たちの展示を地域の人に見てもらえなかったことが悔しかっただろう。そんな中でも、「博物館や美術館の展示にどれだけの知識と労力を要するのか、身を持って体験できた」と感じ、学芸員の仕事を再認識する経験になったようである。

松友教授(前列中央)と、企画展を手掛けた学芸員課程の地域共創学群 歴史文化専攻の学生たち。(前列右から)村上さん、中村凱人(かいと)さん、(後列右から)前川さん、加藤さん、曽我さん、鳥居瑚太郎(こたろう)さん

地域の歴史を記憶する拠点としての役割

札幌大学埋蔵文化財展示室は、たんに大学の施設というだけでなく、地域の中で重要な役割を果たしている。実は、西岡地区には歴史資料館がない。松友教授は、「歴史を保存しておく場所がないと、地域の歴史がどんどん忘れ去られてしまう」と危惧する。「歴史文化専攻があり展示室も持つ札幌大学が、地域の記憶装置として西岡の歴史の保存拠点の役割を担い、次の100年へ継承していかなければならないと思っています。だから今回、学生が西岡の歴史を振り返るテーマを選んだことは、大きな意味があるのです」。
企画展でも取り上げられていたように、札幌大学が開学した当時のキャンパス周辺には、サッポロビールの直営ホップ園があった。2022年、新校舎の完成とともに構内にホップが植えられたのも、次の100年へ地域の歴史を継承していく取り組みのひとつだ。
また、札幌大学では2022年3月1日、むかわ町および鵡川高校と包括連携協定を締結し「高校・大学・地域」の三者を結ぶ事業を実施。鵡川高校の課題探究型学習「むかわ学」に学生が参加し、高校生とともに町への地域課題解決策の提言や、町内のイベントに参画するなど、先進的な取り組みを推進している。昨年12月に鵡川高校の生徒を招いた見学会では、学芸員課程の学生が展示室の解説やアイヌ工芸品の製作実演を行った。こうした体験をした高校生が学芸員課程を目指して入学し、未来にそれぞれの地域の歴史を伝えていく人材となるかもしれない。

もうすぐオープンする3代目の展示室は、「札幌大学歴史文化財展示室」と名称が変わり、企画展がメインの展示室に生まれ変わるという。今後、学生によってどんな展示が行われていくのか注目だ。

※学生の学年は取材時の2023年2月現在

札幌大学歴史文化財展示室(旧・札幌大学埋蔵文化財展示室) ※2023年5月オープン予定
北海道札幌市豊平区西岡3条7丁目3-1 札幌大学1号館
電話:011-852-9182
開館時間:9:30〜14:30
開館日:火〜金曜
入館料:無料

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