古い建物はまちの歴史をいまに伝える宝物。
時代が移り変わっても、大切に使い続けられている「愛され建築」を訪ねました。
井上由美-text
第3回

スタジオ・アン EAST

記念写真の撮影スタジオは…元タマネギ倉庫!?

札幌軟石の建物というと、戦前の古い建築のようなイメージがありますが、実は戦後になって建てられたものも少なくありません。札幌建築鑑賞会の杉浦正人さんが案内してくれたのは、札幌市東区、札幌新道のそばに建つ軟石の倉庫。現在は写真館「スタジオ・アン」として利用されています。

「ここは1962(昭和37)年に建てられたもの。ほら見てください。軟石の表面がゴツゴツしていなくて、つるっと平らでしょう。これは機械で掘られているから。昔は手掘りでしたが、たぶん昭和30年代の後半くらいに軟石を機械で切り出す技術が導入されたのでしょう」

チェンソーで切り出された軟石は、ツルハシを使った手掘りと違ってフラット。縁取りをわざとギザギザに加工しています。

確かに! よく見ると、表面のでこぼこがなく、なめらか。そうか、軟石の表面をみると、建物の建築年を知る手がかりがつかめるわけですね。

それにしても、石造りの倉庫を写真館に使うとは珍しくありませんか?
「スタジオ・アン」東エリアのオペレーションマネージャー・渡辺将大さんにお願いして、中を見せてもらいました。

倉庫内には天井が設けられ、1階と2階をセパレートして利用されています。

倉庫は窓が少なく天井が高いから撮影に適しているのかと思いきや、中に入ると空間は一階と二階で完全にセパレート。衣装室とフィッティングルーム、セットが組まれた撮影スタジオがレイアウトされた1階は、内壁は壁で覆われていれて軟石が見えるような場所はありません。

スタジオ・アンの店舗の中で一番大きな店舗。撮影用のセットもたくさん準備されています。

「うちの店舗は商業ビルにテナントとして入居していことが多く、古い建物を借りているのはここだけ。元タマネギ倉庫というのは聞いてますが、いつオープンしたか、なぜここを選んだのかは、途中で経営母体が変わっているので正直わからないんです」と渡辺さん。
杉浦さんが「私たちの調査では写真館になったのは2002(平成14)年。その前は中古車ショップだった時代もあります」と伝えると、渡辺さんは「車屋ですか!」と驚いた様子でした。

そして、倉庫として使っている2階部分にもお邪魔することに。2階は1階と違って軟石の内壁がむき出しの状態。屋根裏みたいになっていて、壁はコンクリート、屋根は鉄骨で補強されているのが分かります。

鉄骨で補強した切妻屋根。屋根を支える柱が一本もありません。

「ぐるっと見回してみても、内部に柱が一切ないですよね。車も出し入れしやすいし、石造りの倉庫は使い勝手がよく再利
用しやい面があったのではでしょうか」と杉浦さん。渡辺さんも「そうですね、間仕切りが自由にできるのは便利だったはず」とうなずきます。

「スタジオ・アン」東エリアのオペレーションマネージャー、渡辺将大さん(写真左)と、札幌建築鑑賞会の杉浦正人さん

とはいえ築55年を超える建物、使い続けるのは大変な面もあるのでは?
「妻壁の上の窓がゆるんでとれかかり修理したことはありますが、特別苦労していることはないですよ。雨漏りしたこともないですし。しいていえば風が抜けないことでしょうか。かといって湿気で困ったとか、衣装にカビが生えたとかは一切ありません」と渡辺さん。
「軟石の倉庫は、冬場でもタマネギの収蔵に適していたと聞きます。温度湿度を一定に保つのに向いているのでしょう」と杉浦さんは推測します。

フィッティングルームには、着物からドレスまで撮影用の衣装が多彩に用意されています。

元タマネギ倉庫の写真館には、いま小さな子どもを連れた家族がひっきりなしにやってきます。百日祝い、七五三、入園、卒園、誕生日…子どもを中心に両親や祖父母の笑顔が広がる光景は、まさにしあわせそのもの。カメラマンでもある渡辺さんは、こう話します。
「ここは外観が珍しいので、商業ビルのテナントとは違って、お客さまに記憶してもらいやすい。近隣の方に親しまれ長く営業できているのは、ひときわ存在感がある、この建物のおかげかもしれません」
そんな渡辺さんに杉浦さんからお願いが…。
「私の勝手な願望ですけど、できればスタジオの中だけではなく、この建物を背景に外で写真を取ってもらえたらいいですね」
人生の節目に、石造りの大きな建物で写真を撮った思い出が、たくさんの子どもたちの記憶に刻まれるとしたら、タマネギ倉庫の余生としてこれほどしあわせなことはないでしょう。

Writer's eye
茨戸から篠路、丘珠、元町を経て札幌駅の北口まで斜めに走る、通称「タマネギ街道」。かつては、収穫と同時にこの道を通って、馬車で仲買人の倉庫までタマネギが運ばれました。
タマネギ農家が自前で倉庫を建てるようになったのは昭和30年代。それまでは仲買人に安い値で買いたたかれていた生産者が、自ら販路を開拓し市場を見ながら出荷できるようになったのです。杉浦さんは「個人所有の倉庫は、タマネギ農家の方々が長い間かけて築いた経済的自立の証し。努力の結晶」だと表現します。その誇りを後世に伝えるためにも、いつまでも倉庫が残っていてほしいと願わずにはいられません。

●スタジオ・アン EAST店
北海道札幌市東区北28条東21丁目5-28目
TEL:011-784-7330
営業時間/9:00〜18:00、木曜定休
WEBサイト

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