「僕はもともと農業が嫌いで、農家をやりたくなくて、東京の飲食店で働いていました」と打ち明けてくれたのは、農猿の会長である米田昌樹(よねた・まさき)さん。北海道産の農作物が、全国的にも価値があると気がついたのは、沖縄で開かれた北海道物産展を手伝ったときだ。北海道の特産品として知られる粒が白いトウモロコシ「ピュアホワイト」は、実は南幌町が発祥の地。「試作段階から親たちが25年ほど栽培してきた品種ですが、最初は見向きもされず、なかなか売れなかったそうです。今は逆に人気が出過ぎて、南幌の人はあまり食べたことがないかも。物産展では飛ぶように売れ、農業のおもしろさを実感しました。これだけ注目されていることを誇りに思えたし、南幌産の農作物をもっとPRしたくて地元に帰る決心をしました」と米田さん。現在は、農業生産法人(有)NOAHに勤務し、水稲・納豆用大豆・スイートコーンなどを生産している。
気の合う農業仲間と飲み会で話すうちに「南幌の農作物を知ってもらうなら祭をやるのが一番。やるなら、組織をつくらなきゃ」と、とんとんとんと2016年に結成したのが最初は8人の農猿だ。「こんなことをやりたい。あんなこともやりたい」と酒を酌み交わし、焼肉を食べながら飛び出すアイデアはおもしろかった。水稲・スイートコーン・野菜農家で農猿事務局の城地真吾(じょうち・しんご)さんは「JA青年部や町の青年団などにも関わっているけれど、いろいろなことをやろうとしても、管轄外のことにはタッチできなかった。このメンバーでやれば、もっとおもしろいことができるかもしれない。可能性が広がる」と結成したきっかけを話す。
「静岡から2012年に戻ってきて、塾の講師をやりながら、同級生の農家を手伝っていたんですね。その友人に誘われて、いつの間にかメンバーになっていました」と事務局の橋本壮吉(はしもと・そうきち)さん。農猿入会の条件は、南幌町出身であることのみ。主軸のメンバーは町内の農業者だが、「自分ができることを手伝える人」であれば、町外在住でも大歓迎。現在は、町外メンバーも含めると21人に膨らんでいる。
南幌町には、地元の特産品を販売できる道の駅がない。そこで、農猿が地元の農作物を広めるために取り組んでいるのが、毎年8月31日「野菜の日」前後の休日に開催するイベント「野祭」だ。地元で収穫された米や野菜を格安で販売し、全道から集まるキッチンカー、子ども縁日も並ぶ。城地さんが「自分たちで田んぼや排水溝からドジョウを捕まえてきて、金魚すくいのポイを使ったドジョウすくいをやったこともあります(笑)。南幌町にも、いるんだよって、子どもたちに伝えたいから。田んぼにはヤチウグイもいるしね。そんな地元の魅力を学ばせたいの」と語れば、「そうそう、ドジョウが取れるような場所に行くのは、学校で禁止されているから、野祭の役割は大きいよね」と橋本さん。
子どもたちが最も目を輝かせたのがトラクターの試乗だ。「子どもには実体験が一番早い。子どもの視点は低いので、大きな機械はより大きく見えるんですよ」と米田さん。トラクターメーカーである北海道クボタや日本ニューホランドに協賛してもらい、子どもたちを150~160馬力の大型トラクターに乗せて自動操舵させたこともあった。「ほんの思いつきのアイデアだけど、僕らにとって飲み会議はめちゃくちゃ大事なんですよ」と、おそらく少年時代と同じように目を輝かす城地さん。
「野祭はもちろんですが、僕らがこれから力を入れていきたいのは農業体験や食育活動。できるだけ種まきや田植え、収穫、食べることまで、一連の流れで体験してもらえるようにしています。農作物は植えてから収穫できるまで、こんなに時間や人の手がかかっていることもきちんと伝えたいし、最後に食べるカレーの味も違ってくると思うから」と米田さん。受け入れ人数は特に決めていないが、メンバーの農家は基本的にみんな稲作なので、手分けをしながら対応してくれる。トウモロコシの収穫体験も要望が多いという。
コロナ禍で南幌町まで収穫体験に来ることができない札幌の琴似あやめ保育園に、畑が出張したこともある。収穫間際のトウモロコシやキャベツを土ごとトラックの荷台に移植して札幌まで運んだ。城地さんは「野祭のオブジェとして軽トラの上に野菜畑を作ったらおもしろいよねーというアイデアは出ていたので、保育園から相談を受けた時、あ、できるかも…」と即決。当時の動画を見せてもらうと、生き生きとした園児たちの表情や声を聞くだけで、「子どもたちの食べ物に対する意識が変わる瞬間」を目撃しているようだ。
【北海道の移動畑】都会の子供たちに、「畑」を感じてもらいたい!
(動画提供:農猿)
農猿の活動でおもしろいのは、自分たちで栽培しているブランド米「ゆめぴりか」を100%使用し、専門家のアドバイスを受けながら商品開発してネット販売していることだ。きっかけは、米田さんの「米粉でうどんは作れないの?」という素朴な発想だった。まずは、原料が豊富にある米で米粉を作ろう。空知管内は米どころが多いから、差別化を図るために南幌産「ゆめぴりか」にこだわろう。「う~ん、ネーミングは、ゆめぴり粉(こ)で、いいんじゃない?」。その経緯を聞くと、まるで学生時代の学園祭のノリのようだ。
しかし、彼らがすごいのは、採算よりも自分たちの誇りを前面に押し出すところだ。普通、米粉の原料には、砕けた加工用米が使用される。農猿の「ゆめぴり粉」は、主食としてそのまま食べられる米を惜しげもなく米粉にしているのだ。「だから、しっかり米の風味がするんですよ」「ずっしりと腹持ちするしね」「お好み焼き、たこ焼き、チヂミ、うちの粉もん料理に小麦粉は使わない。この米粉を使うと食感が全く違うから」と、3人とも口々に絶賛する。実際にお好み焼きを試作してみると、生地の風味はもちろんだが、長いもを入れずともふっくら膨らみ、表面はカリッとしながらも、中はもっちりと弾力があり、米粉がこれからの粉もん文化を支える気がした。
そして、家族と過ごす時間を見つめ直すコロナ禍に誕生したのが、米粉ホットケーキミックスだ。粉や甜菜糖などの配合は、札幌で活躍するパティシエ沖浩二(おき・ひろつぐ)さんに依頼した。米粉は、軟らかさと粘りのある「ゆめぴりか」だけを使うことで、焼いてもパサパサせず、冷めてもおいしい生地が実現した。
さらに驚いたのが、自分たちで養蜂まで行っていることだ。農猿のメンバーに南幌町で唯一の養蜂家・山本徹雄(やまもと・てつお)さんの孫がおり、「高齢なので引退することになったが、祖父の持っている南幌エリアを一度手放してしまうと、他の地域の養蜂家がすぐに入り、南幌で再び始めるのは難しくなる。町の養蜂を何とか守りたい」と相談されたからだ。現在、有志メンバー4人が蜂の管理をし、蜜を採取している。橋本さんは「僕らは5月下旬に九州の養蜂家から巣箱を買い、南幌での蜂蜜を採り終えた10月初旬に、南へと移動する養蜂家に巣箱を売っています。やってみるか…で始めたことだけど、どんなことも、やらなきゃよかったと思うことが一つもない。やったことは全部、経験になるから」と前向きだ。「採取した蜜は加熱せずに瓶に詰めるだけ。生の蜂蜜は、とても貴重。今まで花を気にしたことなんてないのに、あ、南幌のここにもアカシアが咲いているって目が行くようになった」と城地さんも笑う。
取材して感じたのは、農業という仕事に誇りを持っているからこそ、農猿の活動も遊び感覚で心底楽しんでいるように見える。毎日食べているお米や野菜はどうやって育つのか、生産者はどんな苦労をしているのか。彼らによって農作業に触れた子どもたちは、スーパーに並んだ野菜しか知らない子と比べて、食べ物の選び方も扱い方も違ってくるような気がした。
農猿
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