札幌市民交流プラザは地域の「新しい広場」

文化の厚みは、住みやすさのしるし

札幌市役所の斜め向かい、北一条通りと創成川通りの交わる一角に誕生した「札幌市民交流プラザ」。地下街から直結でアクセスも便利

昨年10月、北1条西1丁目にオープンした複合文化施設「札幌市民交流プラザ」。単に「豪華な劇場の入ったガラス張りのビル」と捉えてしまうなら大間違い。期待されているのは「新しい広場」としての機能だという。そもそも市民交流プラザの「プラザ」とは、「都市にある公共の広場」を意味するスペイン語。どのように活用されるのか、その理念と役割をくわしく探ってみた。
井上由美-text 伊田行孝-photo

ひとことでは説明できない、多機能な公共施設

「市民交流プラザ」と聞いて、なんのための施設かピンとこないと感じるのは私だけではないだろう。でも、それは仕方がないことなのかもしれない。なにせこれまでにはない、新しい理念を体現した公共施設だからだ。

札幌市民交流プラザは「札幌文化芸術劇場hitaru(ヒタル)」「札幌文化芸術交流センターSCARTS(スカーツ)」「札幌市図書・情報館」の三つの施設が入った複合施設である。
メインの施設は、9階建ての4〜9階を占める「札幌文化芸術劇場hitaru(ヒタル)」。北海道初の多面舞台を備え、大がかりな舞台装置を使ったセットチェンジが行えるため、これまで上演が難しかった多幕もののグランド・オペラやバレエ、大規模なミュージカルなども札幌で観られるようになった。
取材に伺った日は宝塚歌劇団の公演が行われていたが、ゴールデンウィークに開催された「ゴジラVS札響〜伊福部昭の世界〜」では、ゴジラ映画の映像にあわせ札幌交響楽団が生演奏するなど、ここでしかできない新しいスタイルの演奏会も企画されている。

3層バルコニー構造で約2300席の客席を持つ札幌文化芸術劇場(写真提供:札幌文化芸術劇場hitaru(札幌市芸術文化財団))

劇場の階下1〜2階に入っているのは「札幌市文化芸術交流センターSCARTS(スカーツ)」。展覧会や演奏会に貸しスペースを提供するほか、自主事業を企画して市民のクリエイティブな活動を後押しする施設である。
取材時は「砂澤ビッキウィーク」と題して、彫刻家・砂澤ビッキに関する映像や写真の展示が行われ、週末にはゆかりのある人々のトークショーが予定されていた。

砂澤ビッキ没後30年を機に、札幌芸術の森美術館と本郷新記念札幌彫刻美術館で大規模な展覧会が行われるのに連動した自主事業「砂澤ビッキウィーク」

SCARTSの2階には、札幌市内で行われる文化芸術活動のフライヤーを集めたインフォメーションコーナーを開設。その場でチケットを入手できるチケットセンターも併設して利便性を高めている。
隣のインフォメーションセンターは、アートのよろず相談所。「地域のイベントにいくらの予算で出演してくれる演奏家を紹介してほしい」など、アーティストのコーディネートを頼めるという。

チラシやリーフレットを集めたインフォメーションセンター。奥にはチケットセンターを設置

文化芸術に関する相談ごとを受け付けるインフォメーションカウンター

ほかにもアーティスト向けのレクチャーシリーズとして、展示手法やセルフプロデュース術などの無料講座を定期的に開催。さらに、「市民とアートのつなぎ手」となるアートコミュニケーターを市民から35人公募、オリジナルの企画やワークショップを通して情報発信を行っている。

ワーク、ライフ、アート関連の図書が充実している札幌市図書・情報館

劇場とSCARTSに加わる、もうひとつの施設が1〜2階の「札幌市図書・情報館」である。
一般的な図書館とは違い、図書の貸し出しは行っていない。調査相談・情報提供に力を入れた課題解決型図書館として、ビジネスユースを想定し、起業や新規事業などについて相談できる窓口を用意しているのが特徴だ。

図書・情報館と一体化したカフェ。飲み物や本を持ったまま自由に移動できる

これまでの公共ホールは、お目当ての音楽や演劇の公演時だけ出かける場所に過ぎなかったが、市民交流プラザはまるで違う。
舞台を観る人、作品をつくる人、学ぶ人、調べたり相談したりする人、さまざまな目的の人が立ち寄りふれあう、多機能な場所として設定されている。
だから、とてもひとことでは説明しづらい。施設名だけで中身が捉えづらいのは、そうした多様な役割を表現する言葉が見当たらないからなのだろう。

 

多様な人が集う「広場」の可能性

市民交流プラザの館長、石井正治さんは、施設の役割をひとことで表現するなら「広場」だと説明する。
「2012年に施行された劇場法(劇場、音楽堂等の活性化に関する法律)の前文には、こうあります。『劇場、音楽堂等は、人々の共感と参加を得ることにより〈新しい広場〉として、地域コミュニティの創造と再生を通じて、地域の発展を支える機能も期待されている』と。要するに、劇場は単なる芸術鑑賞のためのホールではないということ。文化芸術を媒介に人々が出会い、ゆるやかに結びつき、重層的なコミュニティを築く拠点になりうるのです」

市民交流プラザになによりも大切なのは「にぎわい」だと語る石井正治館長

そう言われて見渡してみると、市民交流プラザには確かに多様な人が滞在している。
1・2階の吹き抜けSCARTSモールでは、この日、ブックシェアリングの古本バザーが行われていたほか、2階窓際のカウンターではテキストを広げて勉強している学生、図書館では熱心に本を読むビジネスマンや高齢者、カフェではおしゃべりに花を咲かせる女性グループなど、さまざまな年代の人が思い思いの時間を過ごしている。
たとえ用がなくても、ふらりと来て雑誌をめくったり、カフェでコーヒーを飲んだりできる、包容力のあるスペースだ。

2階窓際のカウンターは常時満席。受験が近づくと制服姿の高校生が増える

「特にSCARTSモールのカウンター席は、開館前から並んで場所を確保する人がいるほど人気です。利用時間を制限すべきだという声もあるんですが、そうすると申請の手続きが面倒で利用しにくくなってしまう。私はにぎわいこそが大切だと思っているので、規制はかけたくないと考えています」と石井館長。
職員が見回り、荷物を置いたまま席を占有しているような場合には警告の文書を置くなどしているが、がんじがらめの管理はせず、なるべく自由に使えるように配慮しているという。

 

万が一の避難場所としても活用

札幌市民交流プラザが、誰もが立ち寄れる広場であることは理解できた。けれども、この施設に期待される機能はそれだけではないと石井館長は話す。
「ここは去年10月7日にオープンしたのですが、その1カ月前の9月6日、胆振東部地震の際は、緊急避難場所として外国人旅行者等550名を受け入れました」

胆振東部地震のブラックアウトの際は、外国人旅行者550名がここで一夜を明かした

あの日、停電で営業できなくなったホテルから出ざるを得なくなった旅行客は、情報を求めて、スマホの充電ができる市役所ロビーと札幌市民ホール(現カナモトホール)に詰めかけ、長い行列ができた。

「ここはまだオープン前の準備期間でしたけど、行き場のない人々に開放しようと市長が決断。観光客をこちらに誘導しました。最新設備のビルですから、72時間の非常用電源があるほか、停電時にも発電できるコージェネレーションシステムが導入されていて、災害時の拠点としての利用も想定されています」

車寄せが整備されているため、物資の運び入れもスムーズ。必要な水や食糧は自衛隊がすぐに届けてくれた。
夜間は床が絨毯になっている劇場のホワイエを開放。毛布にくるまって横になれるようにするなど、できる限りのサポートを行って、大きな混乱もなく交通機関の復旧を待つことができた。
「これも市民交流プラザの役割のひとつ。困っている人、社会的に弱い立場の人が身を寄せることができる施設が、都心部にある必要性を実感しましたね」

 

多様性を認め合うまちに

石井館長によると、文化芸術を創造し享受することは、法律で「人々の生まれながらの権利」と明記され、国や自治体には文化芸術に関する施策を策定し実施する義務があると位置づけられているのだという(文化芸術基本法)。

劇場法の整備に尽力した劇作家、平田オリザさんも、著書『新しい広場をつくる』で、次のように記している。
「芸術家の生きやすい町とは、すなわち多様性を認め合う都市であり、それは社会的弱者にとっても暮らしやすい町になる。それが創造都市の発想の根源である」

札幌市は2006年に「創造都市」を宣言したまちだ。文化芸術の振興に理解が深く、創造的な活動を積極的に支援している。
私たち市民はこうした恵まれた環境をフルに活用しない手はないだろう。
興味のある催しに足を運ぶ。感想を人に話し共有する。同じ趣味や関心を持つ人で声をかけあい、ものをつくり、発表する。好きなアーティストを招く。中高生を劇場に連れ出してみる。芸術文化と仲良くなる方法はいくらでもある。
ともすると、生活に直接関係のない余計なもの、一部の人たちの高尚な趣味と、真っ先に切り捨てられがちな文化芸術活動こそ、住みよいまちに欠かせないものなのかもしれない。

札幌市民交流プラザ
北海道札幌市中央区北1条西1丁目 
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