手づくりの工芸品に息づく、二風谷の矜持

平取町アイヌ文化情報センターは向かいの平取町立二風谷アイヌ文化博物館とともに、アイヌ文化の発信拠点の一つになっている

経済産業省が指定する伝統的工芸品に北海道で初めて選ばれた「二風谷イタ(木製のお盆)」と「二風谷アットゥ(樹皮の反物)」。数あるアイヌの工芸品のなかで、この二つが指定を受けたのはなぜなのか。平取町アイヌ文化情報センター内の二風谷工芸館を訪ねてみた。
井上由美-text 伊田行孝-photo

アイヌ工芸品のアンテナショップ、二風谷工芸館

二風谷アイヌ文化博物館に隣接してアイヌ文化の普及啓発と情報発信を目的とする施設「平取町アイヌ文化情報センター」がある。その中に併設されているのが「二風谷工芸館」。木彫りや機織りなどを仕事にする二風谷の工芸家たちの作品を展示・販売するアンテナショップだ。
「以前は二風谷工芸センターの片隅に物販コーナーがありましたが、2010年にこの工芸館ができ、充実した品揃えで展示販売できるようになりました」
工芸館を案内してくれたのは、アイヌ工芸家の関根真紀さん。平取町から工芸館の管理を任されており、来館者の対応を担当している。この日もアットゥの民族衣装にアイヌ文様をチクチク刺繍しながら、たくさんのことを教えてくれた。

アイヌ文様についていろいろな依頼が来るようになったという関根真紀さん

工芸館の棚に並んでいるのは、二風谷民芸組合に所属する組合員27人のうち14人の作品である。緻密な装飾が施された巨大なイタは、高級美術品としてアクリルの展示ケースに収まっているが、コイン数枚で買えるシールやポストカードなどの小物もある。
「博物館の帰りに立ち寄る修学旅行生や若い世代の観光客が、お土産を気軽に買えるようリーズナブルなアイテムを増やしました」と真紀さん。
確かにアイヌ文様が施されたマスキングテープやブレスレットから、ずっしりと重厚感のあるイタまで、幅広い作品が展示されている。時間をかけ、じっくり品定めをする来場者も多い。

 

工芸品づくりを体験できるプログラムも

工芸館では、展示販売だけではなく、事前に予約すれば工芸品づくりの体験もできる(有料)。基本は「木彫りコースター」「刺繍のコースター」「ムックリづくり」の三つ。いずれも二風谷民芸組合の組合員である工芸家が、直接、指導してくれる。作品を見るだけではなく、実際に手を動かしてアイヌ工芸の技を体感できるとあって人気が高い。
「木彫りや刺繍は約1時間半、ムックリ制作は30分から1時間程度。実際に自分で作ってみることで、こんなに手間と時間がかかるんだと気づいてくれる。作品の価格に納得してくれる方が多いですよ」
真紀さんによると、二風谷は一度来た観光客がリピーターとなって何度も通ってくれるケースが多いそう。「お金を貯めて作品を買いに来た」という海外や道外からの客も少なくないという。
「私の亡くなった父は木彫りの工芸家、母はアットウの現役の作り手なので、私は幼い頃からアイヌの古い工芸品や民具をたくさん目にしてきました。私は伝統と現代を融合させたものづくりを目指していますが、こだわっているのは二風谷らしいデザインです。これまでにない新しいアイテムに挑戦しても、二風谷らしい『型』から外れないのは、古いものをたくさん見て勉強したからだと思うんです」

真紀さんのもとには、さまざまなデザインの依頼が寄せられる。化粧品のパッケージ、清涼飲料水のボトル、イベントのポスターやトートバッグなど、そのオーダーはジャンルを問わない。最新作は岡山県の革細工の職人とのコラボで制作したアクセサリーだ。
「アイヌ語でつぼみを意味する『エプイ』というアクセサリーブランドを始めました。この牛革のピアスは私がデザインを担当、岡山の職人が牛革をなめして、ひとつひとつ手でカットしています」

アイヌ文様のモレウノカ(静かに曲がる曲線)で切りとられた、ふんわり軽いピアスは全10色。これから新千歳空港などで販売される予定だ

2019年4月には、工芸館から歩いて数分の場所に平取町アイヌ工芸伝承館「ウレパ」という施設が新たにオープンした。館内にはイタやアットゥづくりを学ぶスペースが用意されており、工芸家を目指す若手が研鑽を積んでいるほか、観光客がオリジナルグッズを制作したりすることもできる。
アイヌ文様が施されたパーツを組み合わせてペンダントをつくったり、レーザー加工機で金属製のタンブラーやマグボトルにアイヌ文様や名前を彫り込んだり、工芸館の手仕事とはひと味違う体験メニューだ(いずれも事前予約制・有料)。北海道を舞台にアイヌの女の子が登場するマンガ『ゴールデンカムイ』の人気もあって、アイヌ文化に興味を持つ若い世代が増えているが、二風谷工芸館やウレパのような施設は、きっとアイヌのものづくりの精神に触れる入り口になるに違いない。

「ウレパ」では作家が創作活動するスペースも設けられている

二風谷の魅力は、時間が止まっているような雰囲気

白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープンすることもあってか、アイヌ文化がクローズアップされるようになり、ここ数年アイヌ文様がデザインされた商品を見かけることも増えたように思うが、ひたむきにものづくりに取り組んできた工芸家は、それをどう感じているのだろう。
「コピーのような商品もあるけれど、それで本物のアイヌの工芸に興味を持つ人が増えれば、そこから調べて、二風谷には工芸館や工芸家の工房が建ち並ぶ『匠の道』がある、ぜひ行ってみたいな、と思ってくれるかもしれない。だから、 “アイヌ風”の商品もアイヌ文化を広めてくれるお手伝いなのかな、と。最終的に本物を求めるお客さんが、ここにたどり着いてくれればいいと思うんです」
意匠権やら商標やらでピリピリしがちな現代のビジネスとは違う答えに驚きながら、こう考えた。そう言えるのは、代々受け継いだ技術と精神に揺るぎのない自信と誇りがあるからなのだ、と。

「二風谷は時間が止まっているような雰囲気の場所で、みんながゆっくりのんびりと、ものづくりをしながら暮らしています。それができるのは20数人の工芸家がいて、組合をつくり、代々受け継いだ伝統の技をみんなで守り発展させてきたから。それが二風谷の強みだと思う」
二風谷には工芸館やウレパのほかに、工芸家の工房がいくつもあって、観光客でも気軽に会話を交わすことができる。作品を工芸家から直接買い求めることもできる。そうした交流を見て、工芸の道に進みたいと移住してきた若者もいる。
「二風谷は昔から二風谷。よそがどう変わろうが、ここに足を運んでくれる人たちをいつも暖かく迎え入れる地域だったし、これからもそうありたい。私はそんな思いで、自分にできることをできる範囲で、ひとつひとつこなしているだけだから」
昔ながらの方法で、自然に感謝をしながら丁寧にものをつくりたいと思う工芸家がいて、それを手に入れたいと遠くから訪れる人がいて、さらに伝統の技を受け継ぎたいとやってくる若者もいて——。北海道平取町二風谷は、昔も今もこれからも、ものづくりのまちとして多くの人を引き寄せ続けるだろう。


平取町アイヌ文化情報センター(二風谷工芸館)
北海道沙流郡平取町二風谷55
0145-2-3299
営業時間/9:00〜17:00
定休日/年末年始
【体験メニュー】
ムックリ制作/1人1,000円〜
コースター(木彫りまたは刺繍)づくり/1人2,000円〜
※体験は2人から。20人以上の場合は団体割引があります。
お申し込みは二風谷アイヌ文化博物館(01457-2-2892)へ。2週間前までに予約を。


平取町アイヌ工芸伝承館「ウレパ」
北海道沙流郡平取町字二風谷77-14
01457-3-7501
開館時間/9:00〜17:00
休館日/月曜日(祝日の場合は翌日)
【体験メニュー】
アイヌ文様入りペンダント組み立て体験/1,000円
アイヌ文様レーザー加工製作体験/マグボトル3,000円、タンブラー2,500円
※お申し込みはウレパへ。事前予約制です。