ランプが光を放つとき―札幌映像機材博物館

フィルムカメラや映写機など、多種多様な機材が並ぶ「札幌映像機材博物館」

YouTubeやTikTok、テレビにスマホと、“映像”に触れない日はないこのデジタル全盛時代に、手触り感のあるアナログな映像機材を集めた私設博物館が誕生した。館長は、映像制作の現場で長くプロとして活動した道産子カメラマンだ。
新目七恵-text 黒瀬ミチオ-photo

手廻し映写機からテレビ業務用VTRまで

映画館で使われた35ミリフィルム映写機を見て、「蒸気機関車だ!」と言った男の子がいた。
その言葉に笑った私だって、フィルムで映画を観る機会は今やほとんどない。さみしい気もするけれど、考えてみれば『フィルム上映』を意識したのは、映画館がデジタル化されたつい10年ほど前から。映画は子供の頃から大好きだが、上映機材に注目してはこなかった。ましてや、もっと身近なテレビの番組制作に欠かせない撮影機材に対しても。

「札幌映像機材博物館」は、フィルムやビデオカメラ、映写機など、“映像”にまつわる機材を紹介する施設。運営するのは、東京と札幌の映像プロダクション勤務を経て、フリーとして道内で活動した映像カメラマンの山本敏(やまもと・びん)さん(74)。数百点に上るコレクション展示は、2015年に故郷・登別で始め、2022年6月、念願だった札幌に移転し、新たなスタートを切った。山本さんは「ガラス戸やロープ柵もない自由にできる空間を目指して」と話す。

映画好きが高じて、高校卒業後に勤めた会社を2年半で辞め、映像業界に「潜り込んだ」山本さん。20代からさまざまな現場で撮影技術を磨いてきた

約130平方メートルのスペースに所せましと並べられた展示機材の中でも、最も古いものは、製造から110年は超えているというイギリス製の手廻し(!)映写機。ほかにも、1920年代のフランス・パテ社製9.5ミリフィルムの家庭用映写機や、北海道にあった映画館「日高劇場」が1970年代の巡回上映時に使った組み立て式移動映写機など、国内外の貴重な上映機材がずらり。映画分野だけでなく、テレビ放送業務用の制作機材も充実しており、山本さんが愛用したカセット式のビデオテープレコーダー(VTR)をはじめ、さまざまな機種のビデオカメラや関連資料が目に飛び込む。

土台となる木箱に「1910年頃」と記されたイギリス製の手廻し映写機。箱は後付けとみられ、「映写機自体はもっと古い可能性があります」と山本さん

映画に関する書籍やVHS、レーザーディスクなどもあり、映像文化の奥行きを感じられる

機種の特徴を、山本さんが体験談交じりに紹介してあるのも、ここならでは。もちろん、質問すれば山本さんが何でも答えてくれる!

ハード機器もまた文化遺産

「『捨てるくらいなら私にください』と、現場で使わなくなったビデオカメラを譲り受けたのが始まりです」と振り返る山本さんが、機材収集を始めたのは40代前半の頃。フィルムからビデオへ—。1970年代以降、映像制作技術は目覚ましく発展し、若き山本さんの“相棒”である撮影機材も次々と変転。少し前まで現役だったものが無用となる中、「廃棄処分にするなら記念に取っておこう」という軽い気持ちからの行動だった。

ところが、放送局や制作会社から提供を受けるうち、保管機材の数は徐々に増え、特にテレビが地デジ放送に切り替わった2011年以降は急増し、「気づけば自宅の部屋が満杯状態に」。幅広い年代の主要機材があることから、「ひょっとしたら博物館的な展示ができるのでは」と考えたことが、私設ミュージアム構想へとつながる。

映像を記録するテープひとつとっても、さまざまな種類が開発されたのがよく分かる

フィルムやテープなど、アナログな映像機材に愛着があるのは、「メカ部分が多く、動く構造が見えて面白いから」。「映像ソフトを時代の文化とするなら、それを生み出したハード機器もまた文化遺産なのでは」との思いを持つ山本さんは、この博物館を通して映像機材の変遷を伝えたいという。

映画のフィルムを編集するこんな機材も発見!

見て、触れて、動かして

こうした貴重な映写機やカメラ機材を、ただ飾るのではなく、“触れて動かせる”のが、この博物館のユニークな点だ。
「実際に手に取って重さを感じ、動かして楽しんでもらうことで、映像機器の在り方を体感できる学習空間にしたい」と山本さんは語るが、それを実現できるのは、40年以上にわたって映像業界で働いてきた山本さん自らが修理・メンテナンスできる技術を持っているから。入館無料の気安さに加え、こうした自由で豊かな運営スタイルが、私設博物館ならではの魅力ともいえる。
「映画や本は別にしてほかにお金のかかる趣味はないので、年金の大半をつぎ込んでの気ままなひとり運営(笑)。色々な方との出会いが支えになっています」と山本さんは話す。

さっそく、イギリス製の手廻し映写機を触らせてもらった。取っ手をぐるぐる回すと、フィルムがカタカタ動き出し、小さなスクリーンに映像が投影される。回すリズムで映像の速度が変わるのが面白い。「動くメカが好き」と話す山本さんの、少年のような“初期衝動”に共感した瞬間だった。

この手廻し映写機も、もちろん山本さんが部品を作り直し、動かせる状態にしたそう。フィルムは登別時代に入手したという時代劇のワンシーンだった

「機材修理はお手の物」という山本さんのもとには、家族の思い出を記録した8ミリフィルム映写機の修理依頼も後を絶たないそう。修理用具はひと通りそろえており、実費程度で引き受けているという。
また、「自宅に眠る8ミリフィルムカメラを譲りたい」との申し出も時にあり、「高価な機材もあり、ありがたい限りです」と山本さん。「時間があればメンテナンスや稀な機材の収集をしている」と笑う彼のそばで鎮座する映像機材たちは、どこか誇らしげな表情に見えてくる。

展示施設は、もともとアンティークカメラなどを飾った個人ギャラリーだったそうで、どこか縁を感じるのも嬉しい

札幌に移設して半年以上が過ぎ、モノだけでなく、人の交流も広がってきた。
昨秋からは月イチでイベントを開催し、これまでに音楽会や講演会を実施。2023年3月12日には室蘭在住の映画監督・坪川拓史さんの短編「十二月の三輪車」の活弁付き上映会(コーヒー付きチケット2000円)、3月18日には藤田実季子さんの歌と中岡洋介さんのギター演奏を企画している。※各日午後2時

また、2022年11月には、館内の一角に喫茶店「朱音(あやね)珈琲」がオープン。店主の時田朱子(ときた・あやこ)さんが、自家焙煎した豆でいれるネルドリップコーヒーや水出しコーヒー、手作りスイーツなどを提供し、今まで以上にじっくり過ごせるようになった。

レトロな館内の雰囲気にぴったりな「朱音珈琲」。店主の時田さんイチオシのアンティークカップで、薫り高いコーヒーが味わえる

「若い人に気軽に足を運んでもらい、映像文化を広め、育てる空間になれば」という山本さんの想いを聞き、私はふと考えた。ワンクリックで世界中の多彩な動画コンテンツを見ることができる世代に、こうしたアナログ機材はどう映るのだろう。

映写機ランプが光を放つとき。少なくとも、私の心は躍った。そのワクワク感は、映写機を蒸気機関車と間違えた、あの男の子の目の輝きに通じるのではないか。とすれば、デジタル全盛の今だからこそ、“見て、触れて、動かせる”機材の秘める魅力は、ますます高まっていくのかもしれない。

札幌映像機材博物館
北海道札幌市白石区平和通2丁目南1-6
TEL:090-8631-7050(山本敏館長直通)
MAIL:binmuseum●gmail.com ※●を@に入れ替えて使用してください
開館時間 10:30~17:00、火・水曜休館
※館内喫茶「朱音珈琲」の営業時間は11:30~18:00、定休日は博物館と同じ(火・水曜)
入館料:無料
WEBサイト

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