これまでにない新しい合板・ペーパーウッドが世に出たのは2010年のこと。滝澤ベニヤ株式会社、代表取締役の瀧澤貴弘(たきざわ・たかひろ)さんはこう語る。
「僕は大学をでて東京の旅行会社で働いていましたが、先代の父が60歳になるとき芦別に戻り、地元の単板メーカーで修行してから当社に入りました。当時うちには営業をする人がいなくて、これじゃいけないと思って営業部をつくり、一人で営業活動を始めたんです」
ところが、取引先はすでに滝澤ベニヤの製品をよく知っていて、営業にいってもほとんど効果がない。その頃は会社の売り上げが下降気味で、瀧澤さんは「インパクトのある自社製品を作りたい」と考えていた。新しいヒントを得るため東京で開催されていたデザイン関連の展示会に初めて行き、これまた初めて聞く「合板研究所」というブースを見つけ、ドリルデザインとフルスイングという二つのデザインスタジオと出会う。かれらは市販の合板に布やアクリル、色紙などを挟んだ合板を制作し、オリジナルの作品を出品していた。「これは面白い」と直感した瀧澤さんは「うちで商品化しませんか?」とその場で声をかけ、次の週には工場に来てもらい一緒に商品開発をスタートした。
ここで基礎的な説明を少し。家具や建材などさまざまな木製品に使われる「合板(ごうはん)」は、原木の丸太を大根のかつらむきのように薄くスライスし、木の繊維が交互になるように重ね、接着剤で貼り合わせて作る。貼り合わせる前の一枚板を「単板(たんぱん)」とよぶ。
1980年代以降、国内の多くの合板メーカーは、かつて持っていた単板製造の部門を閉鎖し、中国など海外から単板を仕入れるようになった。そのほうが安く効率的に製造できるためである。しかし、1936年に単板工場として操業を始めた滝澤ベニヤは、ずっと単板製造をやめなかった。「うちの本社工場では単板製造までで、あとは東川町にある合板工場で合板にしています。会社の原点を潰すわけにはいきませんから、長い間赤字続きでしたがなんとか閉鎖せず頑張りました」と瀧澤社長。守り続けてきた技術と拠点があったからこそ、ペーパーウッドの開発に取り組むことができたのだ。
かくして何度も試作を重ね、北海道産シラカバの間伐材を1ミリまで薄く剥いた単板と、0.5ミリ~0.8ミリの色再生紙を貼り合わせたペーパーウッドの量産が実現。2010年に東京の建築建材展で発表すると、国内の建築関係者の注目を集めた。
「最初はなかなか売れませんでしたが、東京の展示会などに出展し、3、4年経つと少しずつ広がり、海外からも問い合わせが来るようになりました。ただし、ペーパーウッドを板のまま輸出すると運送費が非常に高くなるうえ、コンテナで運ぶと温度が90度近くまで上がることがあり、品質の保証が難しいので販売はお断りしていました」
しかし、瀧澤さんはあきらめない。板での輸出が難しいなら製品(プロダクト)を作って販売しようと、2015年にプロダクトライン「PLYWOOD laboratory(プライウッドラボラトリ)」をスタートした。デザインは生みの親であるデザインスタジオが担当し、加工は家具のまち・旭川や東川の木工所に依頼、ペーパーウッドの特性を生かしたスツールやペーパーウエイト、時計などの販売を始める。売り先はすべて海外だ。これには瀧澤さんのもくろみがあった。
「僕らのような単板・合板メーカーが『製品を作りました』といっても、国内の取引では掛け率を叩かれると聞いていました。それなら先に海外で実績をつくろうと、パリの展示会に出すことにしたんです」
2016年から3年間、パリで開催されるメゾン・エ・オブジェという世界最高峰のインテリアとデザインの展示会に出展すると、ブースには1年目から多くの人が訪れ、2年目にはイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館とニューヨーク近代美術館(MoMA)での販売が決まった。
「ブースにたくさんの人が来てくれて、『トレビアン!』という言葉が聞こえました。うれしかったですね。MoMAとの契約が決まったとき実はどういう美術館かよく知らなかったんです。それまでデザインのことは全然知らなかったので……。あとでデザイナーさんに報告したら、『それはすごいことだよ!!』って言われました」
その後、ニューヨークの展示会では米・グーグル本社の設計を担当する会社から問い合わせがあり、2021年にオリジナルカラーのスツールをグーグル本社へ納品した。こうした動きと合わせて国内での取引契約も増加している。
国内では設計事務所などを中心にペーパーウッドの営業を続けた。その頃、通常の合板と比べて約10倍もの価格差があったにもかかわらず、瀧澤さんが丁寧に営業を続けるうちに注文が入るようになる。
「ペーパーウッドができた当初、工務店などからは『安くするなら使うよ』と言われました。でも、設計事務所がこの板の特徴を生かしてデザインに取り入れてくれると、もう価格を下げる必要がなくなって、工務店もそのままの価格で納得してくれました。むちゃな安売り合戦に参加することもなく、収益的に健全な状態になりました。ここまで来るのにずいぶん失敗して時間がかかりましたけどね」
ペーパーウッドが注目されると、すでに発売していた商品にもスポットライトが当たり始めた。たとえば道産シラカバ間伐材を利用した「ecoシラ合板」は、従来の合板に比べて見た目が美しく、塗装しやすいことが特徴の一つ。これが保育園や幼稚園、学校などの机や椅子、棚に多く採用され、注文が急増した。また、同社がずっと貫いてきたノンホルマリン接着剤の使用や、国産や北海道産材へのこだわりも時代の流れにぴったりと重なった。
もちろんその根底には品質を支える技術がある。
たとえばペーパーウッドのように積層数の多い合板は、単板のわずかな厚さの違いが最終的には1ミリ以上の狂いにつながる。そのため滝澤ベニヤでは、プラスマイナス0.05ミリの精度で単板を剥き出す。剥くのは当然機械だが、それを調整する職人の感覚が大きな鍵となる。
また、滝澤ベニヤはお菓子の箱や牛乳パック、洋服などを作るときに使う、さまざまな「抜型用の合板」を長年にわたり手がけてきた。箱などの展開図に沿ってレーザーで合板をカットし、刃物をはめ込んで抜型にするのだが、合板に少しでもねじれや反りがあると正確な抜型が完成しないうえ、合板の芯材に穴が空いていると中の酸素にレーザーが当たった途端、発火する場合もある。そのため抜型用の合板は建材用などよりも厳しい基準をクリアしなければならず、工場への返品やクレームも多いため、抜型用には手を出さないメーカーも多かったという。
「私たちは長年厳しい基準に応えてきたこともあって、どんな注文がきてもお客さんのグレードに合わせて多様な合板を作ることができます。当社は合板メーカーとしては国内でいちばん規模が小さいと思います。でも、合板の価格はいちばん高いです。ほかがやらないことを選んで進んできたので、お客さんが『滝澤さんのを使うよ』と言ってくれるようになりました。これまで続けてきたことがやっと少し花開いたかなと思います」
「多品種、高品質、少量生産」に取り組み続ける滝澤ベニヤのたくましさに、心から拍手を送りたい。
滝澤ベニヤ株式会社
本社:北海道芦別市野花南町1000番地
TEL:0124-27-3111
FAX:0124-27-3113
WEBサイト
PLYWOOD laboratory
WEBサイト