矢島あづさ-text & Illustration

vol.3   北海道の馬文化 【帯広市】

世界でただひとつ、十勝に生き残る競馬

北海道開拓の労働力だった農耕馬は、人間と苦労を共にする仲間であり、家族だった。
その力試しとして「お祭りばん馬」が行われ、重種馬による「ばんえい競馬」に発展した。
速さを競う軽種馬の生産地・日高とはまったく違う馬文化が、十勝には根づいている。

人が生き抜くために働いた
開拓期と同じ馬力を競う

江戸時代、ニシン漁場で働いた南部馬が厳しい冬を生き延び、野生化したのが北海道産馬「どさんこ」のルーツといわれている。馬体はかなり小型だが、同じ側の前脚と後ろ脚を一緒に出す側対歩なので、起伏の激しい山道でも揺れが少なく、物資の輸送や乗り物として重宝された。

明治開拓期、切り株を引き抜き、田畑を耕し、山から巨木を運び出し、石炭を掘り出すために、馬はなくてはならない存在だった。開拓が進むとより馬力の強さが求められ、海外からペルシュロン種など重種馬を輸入、積極的に品種改良が行われた。日露戦争後、日本は国策として馬匹改良に本腰を入れ、北海道から戦地に送り出した軍馬も多い。

農業や林業の働き手だった馬の能力を競う「お祭りばん馬」が各地で開かれ、やがて重種馬がそりを引いて順位を競う「ばんえい競馬」に発展した。1年間に旭川、岩見沢、北見、帯広にある4つの競馬場を移動して行われていたが、帯広のみの開催となり10年を迎えた。

コースは200mの直線。途中に2つの障害(高さ1m、1.6mの坂)があり、馬はこれを乗り越えてゴールを目指す。騎手は重りを載せた480㎏~1トン前後の鉄そりに乗り、長い手綱を巧みに操る。第2障害を通過するまで、馬を止めて駆け引きすることもあり、ゴールは鼻先ではなく、そりの後端で決まる。世界中を探しても、こんなルールの競馬はない。そのおもしろさは、1トン以上もある重種馬の迫力、そして単なるスピードではなく、農耕馬だった時代と同じ“馬力”を競うところにある。

バックヤードに漂う
緊張感と職人魂

普段は関係者以外立ち入り禁止のバックヤードを案内してもらった。調教師や厩務員、その家族が馬と共に暮らす厩舎が建ち並び、人の気配よりも圧倒的に馬の存在感が強い。気軽に声を掛けられない緊張感、独特な空気が流れている。「ペットを飼っているわけではないのでシビア。負けが続くと他の厩舎に替える馬主さんもいますから」と、広報マネージャーの徳田奈穂子さん。馬主から預かった馬をベストコンディションに仕上げるため、どれだけの働きがあるのだろう。

装蹄所に立ち寄ると、冬用の蹄鉄に交換中の馬がいた。装蹄師は馬の姿勢や歩き方、蹄の状態を見極め、走りやすくするのが仕事。真っ赤に焼けた鉄をたたき、蹄に合わせて微妙に調整する作業は職人技だ。診療所では、獣医師が馬に針治療を行っていた。レースに向けて筋肉の疲労回復を行うアスリートのようだ。馬の表情を見れば、医師への信頼の大きさがわかる。次に食欲のない馬がやってきて、歯を削る治療が始まった。

翌朝6時30分、朝調教ツアーに参加した。11月に帯広では珍しい雪が降る中、馬たちが運動場でゆっくりとそりを引く姿はなかなか幻想的だ。おそらく氷点下だと思うが「今日は暖かいですね。朝調教はしばれる冬ほど馬体から湯気が立ち上り、吐く白い息も朝陽を浴びて美しい。-15℃になる1月中旬くらいからおすすめ」とのこと。道外からのばん馬ファンが「音更町の十勝牧場では2月に、身ごもった馬を運動のため走らせるとか。かなり迫力あるみたいですよ」と、タクシー運転手からの情報を教えてくれた。

競馬場がグンと楽しくなる
ビストロや産直市場

「ばんえい競馬」の開催日は毎週土・日・月曜日。初めて訪れて、家族連れや若い女性が多いのに驚いた。ギャンブルというよりも、まちのイベントに集まってきた雰囲気さえする。おそらく、十勝ならではのグルメやショッピングが楽しめる観光施設「とかちむら」があるからだろう。

まず足を踏み入れてほしいのは、十勝開拓に活躍した馬の貴重な資料が展示されている「馬の資料館」だ。地域の人々が使ってきた馬具や農具はもちろん、図書館でも閲覧できないような記録や写真を見ていると、「北海道は馬が拓いた」といっても過言ではないような気がする。日中戦争中、家族同然の馬が青紙1枚で戦地に駆り出され、出征馬50万~70万頭のうち故郷の地を踏むことができたのは、30頭もいなかったという悲しい歴史も知ることができる。

ビストロや産直市場では「とかちマッシュ」をお忘れなく。帯広競馬場の厩舎から出る麦の敷きワラのおかげで、フランス産並みのマッシュルームが味わえる。そもそも馬の敷ワラを発酵させた堆肥で栽培するものだが、国内産の場合、その堆肥原料はほとんど稲。「麦は稲よりも繊維が強く、香りも出やすい。特にブラウンは濃厚で原種に近い」という。十勝が日本一の生産量を誇る小麦の生産地であり、ばんえい競馬があるから実現したおいしさだ。ばん馬に感謝したい。

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●ばんえい十勝 帯広競馬場
開催/ほぼ通年で毎週土・日・月曜日開催
(1~3月 第1レース13:00発走予定 最終レース 18:40発走予定)
入場料/100円 ※開催日に「とかちむら」ご利用の方は各店で招待券を進呈
駐車場/1100台(無料)
北海道帯広市西13条南9丁目 TEL:0155-34-0825
WEBサイト

◎バックヤードツアー
普段は関係者以外立ち入り禁止の装鞍所、厩舎地区、旧実況室などをシャトルバスに乗ってめぐるツアー。
受付時間/12:00~13:00頃まで
受付場所/帯広競馬場スタンド1階奥 総合案内所
開始時間/1月4日~3月末(薄暮開催時)第1レース発走後から約45分 ※レース発走時刻にあわせて変動があるので要問合せ
料金/大人500円(おみやげ付き)、小学生以下無料
定員/20人(団体の申し込みは10人以上)

◎朝調教ツアー
早朝6時から馬たちのトレーニング風景を間近で見られるツアー。幻想的な冬は道外観光客からも人気。プレミアムラウンジ利用券(有効期限:ツアー当日又は前日)付き。
実施日/毎週日曜日(12~3月)、重賞競走実施日(4~11月)
集合場所/厩舎門出入り口 警備室
開始時間/6:00頃~ ※時期によって6:30
料金/大人2000円(おみやげ付き)、小・中学生500円、小学生未満無料
定員/15人
申し込み方法/電話にて帯広競馬場広報に要予約 ※実施前日の土曜日18:00まで
受付/帯広競馬場 広報担当 TEL:0155-34-0825
※水・木曜除く9:30~18:15 ※薄暮開催日(土・日・月曜)11:00~19:00
※ツアー時間や内容は都合により変更する場合があります。また悪天候などにより中止する場合もあります。

ちょっと寄り道

とかちむら 北海道帯広市西13条南8丁目1(帯広競馬場内)
SPCとかちむら株式会社 TEL:0155-34-7307
millionsante (ミリオン・サンテ)TEL:0155-66-6778
とかちむら産直市場 TEL:0155-66-6830
鎌田きのこ(株) 北海道帯広市川西町基線50-10 TEL:0155-59-2642
十勝とやま農場 北海道帯広市美栄町西6線128番地 TEL:0155-60-2110

北海道遺産とは

北海道の豊かな自然、人々の歴史や文化、生活、産業など、道民参加により52件を選定。
北海道の馬文化