矢島あづさ-text & Illustration

vol.5   北海道大学 札幌農学校第2農場 【札幌市】

北海道の畜産は、この農場をモデルに始まった。

1876(明治9)年、札幌農学校(現・北海道大学)開校間もなく
クラーク博士が推し進めたのは、農場施設の建設だ。
一戸の酪農家をイメージした模範農場で、当初の名称は「農黌園(のうこうえん)」。
日本の農業にはなかった畜産のスタイルが、この北の大地から始まったのだ。

広大な原野を農地に変える
欧米式の大規模農業をめざした

北海道大学キャンパス内にある「札幌農学校第2農場」には、1877(明治10)年から1911(明治44)年にかけて建てられたモデルバーン、穀物庫、種牛舎、牧牛舎、収穫室・脱ぷ室、秤量所、釜場、精乳所、事務所の計9棟が現存する。北海道畜産の発祥地として、日本最古の洋風農場建築の価値が認められ、1969(昭和44)年、国の重要文化財に指定されている。「一戸の酪農家を想定したにしては大き過ぎやしないか?いったい何人で作業することを考えていたのだろう?」。そんな素朴な疑問を抱えながら、北海道大学名誉教授、農学博士の近藤誠司さんの解説に耳を傾けた。

当時、国の方針として二つの農学校が誕生した。一つは日本の伝統的な農業をさらに深めて研究していく駒場農学校(東京大学農学部の前身)、そして北海道という広大な原野を農地に変えていく欧米式の大規模農業を研究する札幌農学校。近藤教授によると「クラークは世界的な視野があったから最初から学位を出した。つまり、札幌農学校は世界に通用する大学だった。箱館戦争で刀を振り回していたような少年たちが、“これからは学問の時代”と大学に入学してみると、講義がすべて英語であったという衝撃。それでも必死に吸収し、消化していく。当時の記録を読むと、世界的にも最先端の講義をしていたことがわかります」

「サイロは、青草やトウモロコシを密封して乳酸発酵させて通年使えるようにする施設。19世紀中期にフランスで一般化して、イギリスで使われるようになり、クラークが札幌に来た時代には、アメリカでやっと試験が始まったくらい。でも、この牧牛舎を建てた1909(明治42)年には、もうサイロを採用している」という話を聞くと、当時の最先端施設で学んだ学生たちの高揚感が伝わってくる。

循環型農業スタイルは
本来あるべき酪農の姿

札幌農学校の校舎が、演武場(現・札幌時計台)周辺にあった時代、農黌園はサクシュコトニ川の東側、現在の正門近くにある事務局、地球環境科学研究院の一帯にあった。やがて、第1農場と第2農場に分けられ、第2農場が現在地に移転したのは1909(明治42)年~1911(明治44)年。畜産研究が隣接地に移転する1967(昭和42)年まで、この地は農場として現役だった。

「春から夏にかけて牛を放牧して青草を食べさせ、馬力を使って牧草を刈り取り、穀物を栽培し、冬はその干し草と雑穀を餌にし、家畜の糞尿は牧草や穀物を育てる肥料にする。牛乳からバターやチーズをつくり、そのときに出るホエー(乳清)を豚に与えて食肉にする。それが本来あるべき酪農の姿。ここの施設は循環型酪農生産の歴史を語り継ぐことができるし、いまもその発想は北大農学部に息づいている」

現在、モデルバーンの2階には、アメリカから輸入された明治時代の大型農機具や道内で試行錯誤しながら作られた農具など約300点が展示されている。「こんな大きな機械が明治の頃に入ってきたのに、なぜもっと早く普及しなかったのか、と質問される酪農家もいます。実際、大型機械を輸入して使えるようになったのは太平洋戦争後。ニセコに有島牧場や八雲に徳川農場があったように、北海道では華族や大資本家による大農場を広めていく予定だった。しかし、明治政府の農業政策が途中で中小規模自営農家へと転換していった」という。そんな時代背景を学びながら、鍬で畑を耕していた日本人にとって、西洋式の農作業がどれほど驚きの連続だったか、想像するのはおもしろい。

北18条周辺や北大構内を
歩いてみれば

子どもの頃、北大南門の近くに住んでいたので、旧門衛所の前から正門に抜けて小学校へ通ったし、中央ローンの芝生の上は絶好の遊び場だった。北18条にある第2農場には、サンドイッチやおにぎりを持ってピクニック気分でよく出かけていた記憶がある。全国でも、これほど観光客の多い、一般に開かれた大学はあるだろうか。

遺産めぐりをより楽しむために、北18条周辺や北大構内を散策してみた。まず、地下鉄南北線「北18条駅」を出てすぐに見つけたのが、コッペパンの専門店「こっぺ屋北18条」だ。米食よりも西洋料理を奨励したクラーク博士だもの、第2農場で開拓の「大志」を感じながら、コッペパンを頬張ったとしても叱られはしないだろう。

おすすめしたいカフェが2軒ほどある。かつて環状通エルムトンネルができる前、北18条から北大に入る交差点の角に、ケーキ好きが通う名店「ふれっぷ舘」があった。道路の拡張工事で泣く泣くクローズしたらしいが、そこでケーキを作っていた石原由美子さんが、斜め向かいに珈琲と自家製菓子と酒と音楽の店「keef」を開いている。

もう1軒は、店先に立っただけで香ばしい自家焙煎の匂いに誘われる「石田珈琲店」。棚には「愛人(らまん)」「甘苦」「寺町浪漫」など、そそられるネーミングの珈琲豆が10種類以上並ぶ。奥には隠れ家のような独特の雰囲気の空間にテーブル席がある。そこで私のために焙煎されたのではないか、と勘違いしそうなほど好みの豆に出合ってしまった。

テンションが上がり、イチョウ並木、大野池、北海道大学総合博物館まで歩いてみて気がついた。この地にそびえるエルムは、植樹されたのではなく、開拓時代から生き残ったものだ。新渡戸稲造が、内村鑑三が、有島武郎が同じ木の下を歩いたかと想像するだけで感慨深い。

重要文化財 北海道大学「札幌農学校第2農場」[map_btn url="https://goo.gl/maps/GzTxDe1d2yF2"]
公開期間・時間/屋外8:30~17:00(通年) 屋内10:00~16:00(4月29日~11月3日)
休館日/毎月第4月曜日
交通案内/地下鉄南北線「北18条駅」から徒歩10分
北海道札幌市北区北18条西8丁目 
問い合わせ先/北海道大学総合博物館 TEL:011-706-2658
WEBサイト

札幌農学校第2農場ガイドツアー

実施日:2017年10月28日(土)~30日(月)、11月1日(水)~3日(金)の計6日間
時 間:各日、10:00~、13:30~の2回実施。各90分程度
定 員:各時間に集まった方先着30人
事前申し込みは不要です。参加ご希望の方は、開始時刻までに札幌農学校第2農
場事務所前にお集まりください。
https://www.museum.hokudai.ac.jp/lifelongeducation/publicevents/12944/

問い合わせ先:北海道大学総合博物館
TEL:011-706-2658 e-mail:museum-jimu@museum.hokudai.ac.jp
※参加者には札幌農学校第2農場をモチーフにしたオリジナルグッズを贈呈

ちょっと寄り道

こっぺ屋 北18条 北海道札幌市北区北18条西4丁目2-47 G-STYLE. STELLA 1F
TEL:011-757-5525
keef 北海道札幌市北区北18条西6丁目1-6
TEL:011-717-7963
石田珈琲店 北海道札幌市北区北16条西3丁目1-18
TEL:011-792-5244
北大マルシェCafé & Labo 営業時間/10:00~18:00 定休日/毎週火曜日
北海道札幌市北区北8条西5丁目 北海道大学百年記念会館 1F

北海道遺産とは

北海道の豊かな自然、人々の歴史や文化、生活、産業など、道民参加により52件を選定。
北海道大学 札幌農学校第2農場