津軽人が描く蝦夷地の悲劇『珈琲法要』〜TGR2016〜
北海道が蝦夷地と呼ばれていた頃のこと。江戸幕府は開国を迫るロシアに備え、1807年、東北諸藩に北方警備のための出兵を命じた。宗谷岬を経由して知床に入った津軽藩兵100名は、寒さと栄養不足による浮腫病で次々に命を落とし、津軽に生還できたのは17名だった。
TGR札幌劇場祭2016で大賞を受賞した青年団リンク ホエイ(拠点は東京)の『珈琲法要』は、この津軽藩兵殉難事件を題材にした作品だ。
作・演出は青森県出身の山田百次。登場人物は津軽藩兵の文吉と忠助、世話係のアイヌ女性・弁慶の三人で、セリフは全て津軽弁だ。
忠助役で出演した山田は、蝦夷地の冬の厳しさに驚き、望郷の念を募らせつつ病み衰える様子を圧倒的な演技力で表現。庶民視点ならではの滑稽さを織り混ぜつつ、無辜の人々が死んでいく理不尽を描き出した。
TGRの審査会では、作品の完成度や演技の迫力、北海道の歴史の悲劇を扱った物語性、欲望のままに所有・拡張していくことへの警鐘を込めたラストなどを、どの審査員も評価した。だが圧倒され尽くすには若干の不足、という感想も共通した。
私にとっては、その理由は以下の3点だった。
1点目は、忠助の蘇り。一度は闇の中で呼吸が絶えて、二度目は譫妄(せんもう)状態になったところで首を絞められて死ぬのだが、二度ともなぜか生き返るのだ。むごさに引き込まれた気持ちが宙に浮いてしまった。
2点目は、忠助の首を絞めた後の弁慶のセリフ。子守歌を歌いつつの行動は忠助を楽にするために思えたが、弁慶は「シャモ(和人)への恨みだ」と言う。これがわかりづらい。そう口にしつつも情のある行動か。本当に恨みか。相まった感情か。
3点目は、珈琲を飲む場面の登場。苦さに吐き出す滑稽さも含め、物語の中で「なぜここに?」という違和感があった。
アフタートークでは、「幕府は北方警備兵に薬として珈琲を配給した」「弘前には犠牲者を偲んで珈琲を飲む“珈琲法要”がある」と聞いた。しかし調べると、幕府が珈琲を配給したのは事件の約50年後から。史実と違うのであれば、やはり場面の挿入は疑問だ。タイトル通りの“珈琲法要”なら、薬が間に合って助かる夢のラストを、供養の思いを込めて加えるなりするほうが自然に思える。
弘前の“珈琲法要”での上演なら問題ないのかもしれない。けれど札幌の観客には「なぜ珈琲?」「なぜ珈琲法要?」ということが腑に落ちない展開だったように思う。
とはいえ、『珈琲法要』には強く心に残るシーンも多かった。私が一番引き込まれたのは、文吉と忠助が酒を飲み茶碗を叩きながら、死者の名前を次々に呼び上げていく場面。二人の悲しみと憤りを共有し、死んでいった一人ひとりの無念に思いを馳せることは、まさに法要だった。
また、広がる水田と岩木山、城と桜の美しさの語りでは、津軽の風景がまざまざと浮かび、望郷の想いに胸を締め付けられた。アイヌ女性のムックリ演奏や危急の叫び(ペウタンケ)なども見事だった。
TGRの大賞作品には、札幌での再演の機会が与えられる。道民が忘れ去っている北海道の成り立ちを思い出させてくれる『珈琲法要』を、私たちが再び観ることができるのは嬉しい。それに演劇の面白さは、作品が変化していく点にある。一昨年の大賞作品である韓国の『アイランド』も、昨年の再演時にはブラッシュアップされ、獄中の二人の友情が胸に染み入るようだった。『珈琲法要』もよりよい形でまた、私たちの前に来てくれるだろう。
さて、今年のTGR大賞ではコンカリーニョプロデュースの10周年記念公演『ちゃっかり八兵衛』が次点、特別賞を受賞した。たっぷりの遊び心を盛り込みつつテンポよく演出した時代劇コメディーで、役者の身体を張った演技や、枡席を作りスタッフも着物を着るなど劇場一丸となって盛り上げた祝祭性などが高く評価された。
演出の南参(yhs)は個人としては三回連続の特別賞受賞となり、「来年は大賞を狙う」と明言している。そうこなくては! 観る側としては、演劇人がこの賞レースを競い合うそぶりをして見せてくれてこそのお祭りだ。
舞台芸術は社会においては「遊び」だ。舞台芸術の祭なら、それは遊びの中の遊び。札幌の演劇人が夢中になって遊んでいるように見えれば、市民も「どれどれ?」と関心をそそられるというもの。遊びのルールは時代に合わせて変える必要もあるだろうが、市民に開かれた祭という形を保ちつつ、もっともよく遊んでいる人たちが遊びながら変えていくのがふさわしいように思う。
岩﨑真紀(いわさき・まき)
情報誌・広報誌の制作などに携わるフリーランスのライター・編集者。特に農業分野に強い。来道した劇作家・演出家への取材をきっかけに、北海道で上演される舞台に興味を持つ。TGR札幌劇場祭2014~2016年審査員、シアターZOO企画・提携公演【Re:Z】2015~2016年度幹事。サンピアザ劇場神谷演劇賞2017年度審査員。