2022年は日本の鉄道開業150周年、北海道初の官営幌内鉄道全線開通140周年、という特別なメモリアルイヤーで、各地でいろいろなイベントが行われた。同じ年、室蘭-岩見沢間が結ばれて130年の節目を迎える室蘭本線では、記念列車のツアー「室蘭本線130周年記念号の旅」が実施された。企画したのは「道外禁止!?」鉄道プロジェクト実行委員会(いろいろな職業や団体のメンバーによって結成されるが、共通しているのは鉄道が大好きなこと)。
JR北海道の車両を1日貸し切り、通常ダイヤの合間をぬって運行を調整し、道中さまざまなお楽しみ企画を盛り込み、全国から約100名の「乗客」が集まった。実行委員会の事務局長、矢野友宏(やの・ともひろ)さんにスタートの経緯をお聞きした。
「私たちは以前から、道の駅あびらD51ステーションに保存されている『特急おおぞら(キハ183)』などを活用し、鉄道文化を継承するお手伝いをしてきました。安平町の追分は室蘭本線と石勝線が交差する鉄道のまちです。ところが現在、追分を含む室蘭本線の縦ライン(沼ノ端-岩見沢間)は鉄道会社が「単独で維持することが困難な線区(黄色線区)」となってしまいました。この路線はラベンダーが咲く富良野線や流氷や湿原が見られる釧網本線などに比べ、車窓の風景に変化が少なく、取り立てて観光地があるわけではありません。しかし明治から昭和40年代まで、日本の産業革命を支えてきた鉄道です。この歴史と文化に光をあて、沿線地域の魅力を伝えたいとずっと考えていました。室蘭本線130周年はその絶好のチャンスだったんです」
矢野さんら10数名の同志が集まって練り上げた企画は、(公社)北海道観光推進機構の令和4年度「地域の魅力を活かした観光地づくり推進事業」に採択され、実施する予算の見通しが立った。
実行委員会代表の石川成昭(いしかわ・しげあき)さんはこう振り返る。
「採択されたのが2022年6月で、すぐに鉄道会社との調整を始めました。こうした記念列車を走らせる場合、通常は半年以上前までに鉄道会社との調整を始めるそうです。でも、この事業は秋期の運行を計画していたので、10月頃までの間で、実現可能な日を教えてくださいとお願いしました」
最初は無茶な依頼と一蹴されたが、2022年9月24日の一択との返答が届き、この日に向けて大急ぎの準備が始まった。
ここでプロジェクト名にある「道外禁止!?」について説明しておこう。
昭和30年代の石炭輸送全盛期、室蘭本線には50〜60両もの石炭貨車が延々と連なり、多い時は1時間に上下4、5本の頻度で運行していた。産炭地から石炭を満載して室蘭港に到着した貨車は、専用船に石炭を積み替え、空になって再び産炭地へ向かった。その黒い貨車の側面に書いてあったのが「道外禁止」という言葉。「この貨車は北海道専用なので、道外へ出してはいけませんよ」という目印だった。聞き馴染みのないパワーワードを用いることで、当時を知らない人に「何だろう?」「そういうことだったのか!」と興味を持ってもらいたい、との思いが詰まっている。
最初に実行委員会のメンバーが手分けして行ったのは、記念列車が通るまち(岩見沢市、栗山町、由仁町、安平町、苫小牧市、白老町、登別市、室蘭市)の各行政機関、観光協会、駅弁会社、老舗菓子店、SL保存団体などに企画趣旨を説明し、一緒になって盛り上げていくことだった。「1回目は挨拶に行き、次に具体的な相談、それから細かい調整を重ねて、終わってからはお礼と報告。とにかく何度も足を運びました」と矢野さん。その甲斐あって多くの協力が得られ、今後の活動にもつながると確信した。これこそが記念列車を走らせた大きな成果となった。
各駅では市役所や町役場、観光協会などの職員や関係者が「ようこそ」の横断幕をかかげ、盛大な祝賀ムードを演出してくれた。地酒など特産品の販売も行われ、全国から集まった参加者を喜ばせた。苫小牧駅ではかつて駅弁を販売していた「まるい弁当」(現在はやきとり弁当店を経営)が限定の駅弁を作り、昔使っていた立ち売りの箱まで探して持ってきてくれた。このお弁当はツアー料金に含まれていて、参加者は引換券を渡して受け取るのだが、その渡し方も昔ながらの鉄道旅を味わえるように工夫を凝らした。また、長い乗車時間を飽きずに楽しめるように、街歩き研究家や鉄道写真家など専門家による車内アナウンス(ガイド)を実施。石炭列車が走っていた時代から親しまれてきた、なつかしの沿線銘菓詰め合わせも販売した。
「かつての駅前の風景は変わっていますが、なつかしの銘菓は今も変わらず残っているんですよね。今回の記念列車のことを話すと、古くからあるお店や当時を知る住民の方々がすごく喜んでくれました。みなさんの思い出をたくさん拾い集めて、この企画が完成できたと思います」という矢野さんの言葉が印象的だった。
2022年に実行委員会では記念列車のほかに二つの企画を実施した。
一つは「つながる追分」という企画で、安平町の追分駅と、台湾にある追分駅を結ぶオンライン交流会を開催した。台湾の追分駅は1922年の日本統治時代に開業し、2022年はこれまた開業100周年のメモリアルイヤーにあたる。この「つながる追分」企画は石川さんのある出会いから実現した。
街道の分岐点を意味する「追分」という地名は日本各地に存在するが、北海道の追分駅は鉄道分岐に由来する。石川さんは台湾にも鉄道分岐に由来する追分駅があることを知り、いつか行ってみたいと思っていた。また、地図をみると安平町の追分と同じように、台湾でも駅の近くに小学校(追分國小)があり、この学校が2019年4月に開校100周年を迎えることがわかった。追分つながりでお祝いメッセージを伝えたいと思った石川さんは、2018年の年末に台湾の小学校へメールを送ってみた。すると2時間もしないうちにこんな返信が届いた。
「2018年9月に起きた北海道胆振東部地震の影響で、北海道の追分が大変なのでは…と心配していました。だれにどう連絡したらよいか思っていたところ、あなたからメールがきました。台湾に来ることがあれば、ぜひうちの学校に来てください!」
石川さんは年末年始に家族で台湾にでかけ、学校を訪れると多くの児童や先生たちが大歓迎してくれた。安平町の追分小学校へのメッセージやプレゼントも渡され、帰国後にそれを届けると学校同士の交流に発展。そして3年後の2022年10月9日、今度は台湾の追分駅の開業100周年を記念して、道外禁止!?鉄道プロジェクト実行委員会が主体となって、両方の追分駅をつなぐオンライン交流会を開催することに。道の駅あびらD51ステーションにブースを設置し、台湾の追分駅から祝賀イベントを生中継したほか、日本の秋田・三重・京都にある追分駅について石川さんらが事前に現地取材したレポートを発表するなど、盛りだくさんの企画となった。
もう一つの企画は、日本とタイのキハ183系車両の保存と復活を称えるオンライン交流会(略称「タイ- 北海道のキハ183」)。こちらは矢野さんのキハ183への情熱と、これまた驚きの出会いによって実現した。そもそも矢野さんは2018年に北海道で現役を引退したキハ183の保存に力を注いできた一人で、クラウドファンディングなどの努力が実り、安平町に2両のキハ183が保存された。ほかの車両は2021年にタイ国鉄に譲渡され、整備後に観光列車として復活することが決まった。
そんななか矢野さんがたまたまSNSで、工場で整備中のキハ183の写真を発見。「友達申請してみよう」とメッセージを送ってみると、まさにその整備を手がける工場長であることが判明した。2022年はちょうど整備が終わり運行を開始するタイミングで、それなら北海道に保存されているキハ183と、タイで復活するキハ183を記念して、オンライン交流会をやりませんか?と提案。こうして2022年12月17日、バンコクにあるタイ国鉄の工場と、道の駅あびらD51ステーションを結ぶ企画が実現したのである。
「道外禁止!?鉄道プロジェクトで、いろんなものがつながったのは確かだと思います。記念列車も、台湾やタイとの交流も、それをきっかけに北海道の石炭の歴史や室蘭本線に興味を持つ人が増え、沿線のまちを訪れる人が増えることが一番の目的。そのための強力なネットワークができました」と石川さん。約50年前に消えた「道外禁止」の黄色い文字に再び光があたり、力強い輝きを増している。
「道外禁止!?」鉄道プロジェクト
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