彼らが畑に集まる理由。~由仁と栗山で育つサツマイモ「由栗いも」~

「そらち南さつまいもクラブ」メンバーの皆さん。手にするのは自慢の「由栗いも」!(写真提供:そらち南さつまいもクラブ)

「イモ」といえば、ジャガイモが主流の北海道で、2つの町が結束して、サツマイモの産地化を目指している。空知管内の由仁町と栗山町だ。「由栗(ゆっくり)いも」のブランド名に込められた思いとは。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

2町の若手農家が連携

年の瀬も押し迫った12月半ば。収穫を終えたサツマイモ畑は、真っ白な雪に覆われていた。
ここは栗山町の井澤農園。笑顔で迎えてくれたのは、「由栗いも」の生産に取り組む農家団体「そらち南さつまいもクラブ」のメンバー、井澤綾華(いざわ・あやか)さんだ。
まずは自宅そばの貯蔵庫を案内してもらう。中に入ると、サツマイモがぎっしり詰まった箱が山積み!

出荷前、サイズ分けを待つ「由栗いも」。どれも立派な出来栄えで、持つとずっしり重たい

品種は「紅あずま」。本州ではほくほくした食感で知られるが、「由栗いも」のブランド名で「そらち南さつまいもクラブ」が育てる「紅あずま」は、ねっとり滑らかな舌触りと、甘さに黒糖のようなコクも感じ入られるのが特徴という。おいしさの秘密はこれから“ゆっくり”教わるとして、なぜ、由仁町と栗山町の生産者がつながり、活動が始まったのか。経緯を伺おう。

井澤綾華さんは、井澤農園の4代目・孝宏(たかひろ)さんの妻。管理栄養士などの資格を持ち、フリーランスの料理研究家としても活躍。「農家フェチ」と自称するほど、農業への思い入れは強い

「きっかけは、農協が合併したことなんです」と井澤さん。栗山町と由仁町のJAが合併し、「そらち南農業協同組合」という一つの組織体となったのは2009年のこと。「青年部も合併したのですが、育った背景も作物も違うし、町も違うとなると、仲良しというわけにはいかなくて。一緒に活動しようとしても、なかなか同じ方向を向けなかったようなんですね」。
そうした中、「将来を見つめ、自分たちで協力できることに挑戦しよう!」と動き出したのが、若者による組織「4Hクラブ」の両町のメンバー。「合同プロジェクト」という形で、当初は6戸でサツマイモ栽培を始めたのが、2016年頃のことだった。

努力と技術で“ゆっくり”おいしく

「なぜ、サツマイモを?」という疑問に対し、返ってきた答えは「子どもに喜んでもらえるから」。
2町とも農業を基幹産業とし、作れる野菜の種類も豊富だが、これといった特産品は意外と無いのだそう。後継者不足も共通の悩みで、「子どもにおいしいサツマイモをお腹いっぱい食べさせてあげて、こんなおいしい作物が作れるんだよ!と誇れる地域にしたい」との思いが一致したという。
また、「北海道ではまだ産地化されていないので面白いのでは」という思惑もあった。そもそもサツマイモは寒さに弱く、冷涼な北海道には不向きの作物とされてきた。現在も主産地は九州や関東だ。ところが近年、道内各地で焼酎用や食用栽培が拡大中。生産者の工夫と努力に加え、温暖化による気温上昇が後押ししているそうだ。

焼き芋ブームも追い風のサツマイモ。農林水産省によると、主要品種は約60種類。2019年の作付け1位は「黄金千貫」、2位は「紅はるか」、3位が「紅あずま」だった(撮影:伊田行孝)

数ある品種の中から「紅あずま」を選んだ決め手は「作りやすさ」と「美味しさ」。サツマイモは収穫までに必要な積算温度(日ごとの平均気温の合計)があり、品種ごとに少し異なるそうだが、「紅あずま」の場合、約2400度と比較的少ない。それでも、本州より1カ月ほど長い期間が必要で、苗植えは5月中旬、収穫は9月末頃から。「霜が降りると土の中で腐ってしまうので、収穫のタイムリミットは本州より短いんです」と井澤さんは説明するが、土の中で過ごす期間の長さこそが、「由栗いも」のネーミングの由来の一つ目=「“ゆっくり”時間を掛けて育つ」である。

ネーミングの由来はもう一つあって、それに欠かせないのが、この施設。

サツマイモ色に塗られた四角い倉庫。その目的は?

これは、「キュアリング」という貯蔵法のための専用施設。キュアリングとは「傷を治す」という意味で、収穫時にできるサツマイモの傷から病原菌が侵入しないよう、ある条件下に3日間程度置くことで傷をかさぶたのようにコルク化させ、腐敗を防ぐことを指す。条件とは「温度30~40度・湿度90%以上」。先の倉庫は、その特殊環境を人為的に作り出す施設なのだ。キュアリングは品質保持や長期保管に有効な上、追熟することで糖度が上がり、甘みが増すメリットもある。これでお分かりだと思うが、ネーミングの由来二つ目は「“ゆっくり”時間を掛けて熟成させる」ことである。

施設の天井には蒸気を噴出する装置が設けられている。稼働時は内部の湿度を一気に高め、サツマイモのための“サウナ”状態を作り出す

「砂壌土や火山灰土で作付けしている本州の農家さんなら全量キュアリングはしないそうですが、様々な土質があり、土質によっては傷がつきやすい北海道での栽培には必須の技術でした。倉庫は農機メーカーにオーダーメイドで製作してもらいました」と井澤さん。
2022年秋に完成した施設は井澤農園が所有し、クラブ員が共同使用するスタイルで運用している。

老舗菓子舗とコラボも

“ゆっくり”育て、“ゆっくり”寝かせたサツマイモ。そのブランド名に「由」と「栗」を当てはめたのは、もちろん、由仁町と栗山町という2町の特産品になればという思いからだ。地元農家の取り組みを応援しようという動きも、町ぐるみで広がっている。
「サツマイモフェスティバル」もその一つ。主催は同クラブだが、会場は地元のコンビニ・セブン―イレブンが駐車場スペースを無償提供。2023年11月には、由仁町で5回目が開かれた。

2023年11月に開催された「サツマイモフェスティバル」。秋に収穫した生のサツマイモ販売のほか、焼きいもや各種スイーツがずらり並んだ(撮影:伊田行孝)

「栗山なら生活・教育分野、由仁なら観光など、それぞれの町の得意分野に関する支援協力が得られるのも、2町の農家で取り組む良さの一つかもしれません」と井澤さん。たとえば、栗山では2つの小学校で植え付けから収穫までを体験してもらう食育授業を実施。一方の由仁では、観光協会が率先してソフトクリームやおはぎなどの商品加工を展開しているという。

「スイーツなどの加工品は、通年味わってもらえる上、今まで破棄していたはね品を使うことでフードロス対策にもつながります」と話す「そらち南さつまいもクラブ」の川端祐平(かわばた・ゆうへい)会長。川端さんは由仁町で農業を営む(撮影:伊田行孝)

「きびだんご」で知られる栗山・谷田製菓とコラボした「由栗いも 畑のキャラメル」は2023年9月に誕生した新商品。「製法はきびだんごと同じですが、サツマイモが入ることで洋風の味わい、優しい甘みが加わり、新鮮に味わえます。お子さんがいる家族世代にも気軽に手にしてもらいたくて、知り合いのデザイナーにデザインを依頼しました」。地元菓子メーカーとの接点は、2022年に公益財団法人空知しんきん産業文化振興基金の産業技術奨励賞を受賞したことがきっかけだったそう。老舗菓子舗×若手農家の挑戦は話題を呼んでいる。

左が「由栗いも 畑のキャラメル」。右は「由栗いも」のペーストを使ったタルトケーキで、どちらも「そらち南さつまいもクラブ」が立ち上げた合同会社ベジタボが直販。ほかにも、地元飲食店が「由栗いも」メニューを考案する事例も増えている

2017年にクラブが発足し、今年で7年目。今や会員は30人(うち農家26戸)に増え、メディアで取り上げられるなど、知名度は徐々に高まっている。
「本州産のサツマイモは、北海道のスーパーではどうしても割高に見てしまいますが、地元産なら輸送費分を抑えられます。私たち生産者も、できる限りコストを下げながら、たくさん収穫できるように努力を重ねています。『由栗いも』は料理にもスイーツにもしやすく、使い勝手がいいのも魅力。いつも食べれる、身近なブランド野菜を目指しています」と井澤さん。

「『干し芋を作りたい』『自分たちの専門店を持ちたい』など、クラブ員の夢は広がっています」と語る井澤さん

パートナーの孝宏さんも「地域貢献のため、福祉分野とつながる『農福連携』にもいずれは挑戦したい。こういう活動を通して『農業が楽しい!』という僕たちの姿を見せることで、農業に関わりたいという人が増えると嬉しい」と話す。
井澤さんも「農家は各家によってやり方も作物もこだわりも違う。だからこうして26戸が集まり、協働することで、家族経営ではできない可能性が広がるし、作物への愛着も増します。何より、私のような農家の嫁同士でコミュニケーションできたり、新しい出会いがあったりするのも楽しいです」と話してくれた。

若者が、町の垣根を越えて、畑に集まる理由。
その一つが「楽しさ」にあることが、消費者としても嬉しい。
作り手のワクワクした思いも吸い込みながら、広い畑で“ゆっくり”育ち、特別な部屋で“ゆっくり”眠った「由栗いも」は、人と企業をつなげ、たくさんのおいしい喜びを生み出している。

そらち南さつまいもクラブ
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