釧路市 福司酒造

毎日の食事といっしょに飲まれる酒を

昔ながらの「よいお酒」の文字が白壁に映える福司酒造。釧路駅から車で10分ほどの高台に、酒蔵と直売所が併設されている

道東釧路の冬は、連日のように雪に降り込められる日本海側と違い、カラリと晴れる日が多い。霧のイメージが強い釧路だけれど、冬場の日照時間は全国トップクラスを誇る。そんな冬の青空にすっくと立つ酒蔵の煙突。釧路管内唯一の造り酒屋、1919(大正8)年創業の「福司酒造株式会社」を訪ねた。
石田美恵-text 伊藤留美子-photo

「福司、どんどん良くなってるね」

酒蔵を案内してくださったのは、釧路で生まれ育った青木光博さん。福司酒造に入社してこの冬で13シーズンになる。以前は酒や食料品を扱う卸問屋に勤務し、福司を含め全国の酒造メーカーの製品を扱っていた。仕事としては順調だったが「もっと地元の酒を売りたい」と思いはじめたころと同じ時期、20年ほど勤めた会社をやめ次の仕事を探していたところ、福司で人手が不足しているという話を聞いた。

「たまたまタイミングが合ったんです」と青木さん。その年の酒造りが始まった直後の11月、製造部のスタッフとして働くことになった。
それまで日本酒はもちろん食品製造に関わった経験が一切なかったので、現場では毎日驚くことばかりだった。とくに福司は酒蔵としては小規模なほうで、一部機械化はしているものの文字通り「手造り」の仕事が多くを占める。どの作業にも決まった手順はあるが、毎回同じように動いても良い結果につながるとは限らない。
「こんなに多くの手をかけて酒ができているのか」と実感した青木さんは、その後営業部に移ってからも「一粒のお米も、一滴のお酒も無駄にしない」という気持ちが強くなった。むろん酒は嗜好品なので、「この酒が美味しい」と押しつけることはできないが、丁寧に造った酒であることはもっと多くの人に伝えたい。そう強く思うようになった。

青木さんの元に、ここ5、6年、うれしい言葉が届くようになった。
「福司のお酒、最近どんどん良くなってるね」
そう言われることがぐんと増えたのだ。これまで、地元の人はどちらかというと釧路以外の酒を好むことが多く、自分で飲むのも人にすすめるのも、隣まちのお酒のほうが優勢だったという。「今もまだまだかないませんが、釧路のお土産として福司を選んでくださる人が増えてきました。外に出しても恥ずかしくない酒と認めてくれたのでしょうか」。

実際、ここ数年の新酒品評会などで福司は多くの賞を獲得している。その要因は何かたずねると、「年々造り手が育ってきたことや、科学的に裏付けのある技術を生かすようになったこと、少しずつ設備を整えてきたこと、ブログなどで情報発信を続けてきたことなど、いろいろな要素がかみ合ってきたというか、一つひとつを大事にしてきた成果というか、どれが大きな要因ということはないんです。もちろん現状がゴールでもありません。これからも地元で親しまれ、ここで続いていく企業として、常に前進しなければ」と話してくれた。
釧路で生まれた福司の歴史はもうすぐ百年を迎える。ずっと使われてきた宣伝文句、「よいお酒 福司」の文字が青空の下でますます誇らしく見えた。

福司酒造株式会社 取締役、営業・管理部長の青木光博さん。福司と釧路のまちを愛する気持ちが言葉の端々からにじみ出る


純米酒の麹に使う道産酒米「吟風」が蒸し上がったところ。若い蔵人たちがテキパキと蒸米をすくい上げる


アツアツの蒸米はすぐさま蔵の2階に運ばれて…


広げて冷ます。蒸米の表面が乾かないよう、手早く均一に温度を下げる。蔵の中は米の香りと湯気で満ちる


その後、室温35℃前後に保たれた麹室(こうじむろ)に移し、麹菌を振りかけ増殖させる。酒造りの期間中、蔵人とその家族は納豆やキムチなど強い菌の食べものを口にしない。余計な菌を蔵に持ち込まないためだ

このまちらしい酒を

福司酒造は1919(大正8)年、初代・梁瀬長太郎が釧路市米町2丁目にて、酒類・清涼飲料・雑貨・食品卸売りの目的で「合名会社敷島商会」を設立したのがはじまり。3年後、現在の住吉2丁目に酒蔵を新築し、翌年から醸造を開始した。明治から大正にかけて釧路管内には最盛期で10軒ほどの酒蔵があったというが、現在製造を続けるのは福司のみ。また、太平洋戦争中は国策による酒蔵の統廃合や原料不足による休業を余儀なくされるなか、福司は全国でもめずらしく一度も休業することなく醸造を続けてきたという。「福司」という名前は、設立時に酒造りの指南を受けた新潟の関原酒造から受け継いだもの。1990(平成2)年から社名も「福司酒造株式会社」として新しいスタートをきった。

福司では例年10月下旬から4月下旬まで「寒仕込み」で酒を造る。冬は気温マイナス10℃を下回ることも多い釧路だが、酒蔵内は5℃を下らず、酒造りでもっとも重要な低温長期発酵に最適な環境が保たれる。一方、夏はひんやり涼しく酒の低温貯蔵にはもってこいの環境となり、両方の好条件を満たしている。酒蔵の宝でもある仕込み水は、今も昔も広大な道東の大自然でゆっくりと濾過された伏流水。酒蔵の近くにある専用の井戸からくみ上げて使用している。

福司の酒造りの信条の一つに、「地元の食材と相性のよい酒造り」がある。イメージは「毎日の食事といっしょに飲みたくなるお酒」だ。蔵を訪ねる前の晩、私たちは福司の純米酒と釧路のシシャモ一夜干しで乾杯したのだが、これがなんとも喉にしみた。目の前の海や風が身体にしみ込んでいくような感覚。
店で偶然隣り合わせた客からは、福司の数量限定品「海底力(そこぢから)」の発売を楽しみにしていると聞いた。これは石炭採掘会社の釧路コールマインが保有する海底炭鉱の坑道で、1年近くかけて貯蔵したお酒。発売後すぐに売り切れになることが多く、釧路のまちを物語る特別な酒として愛されている。いつか、そのまろやかな味わいを口にしてみたいと思う。

もうすぐ百年を迎える酒蔵。かつてはこの急な階段を、蒸米をかついだ蔵人たちが駆け上がっていたのだろう。現在は1階から2階へリフトが設置され、荷物の上げ下ろしは格段に楽になった


タンクに酒母(しゅぼ)と麹、蒸米、水を入れて仕込みの作業


ふつふつと発酵中のもろみ。仕込み後、20〜30日間発酵させてから搾る


併設の直売所にて。「ふだんの食事に合わせるなら純米酒がおすすめ。道産の酒米『吟風』を使った味わい豊かな酒です。ぬる燗もいいですよ」

福司酒造株式会社
北海道釧路市住吉2丁目13-23
TEL:0154-41-3100
直売所営業時間
平日10:00〜16:00、土曜10:00〜14:00、日曜・祝日・年末年始は休み
※酒蔵の見学は通常行っていません
WEBサイト

福司×釧路菓子処なかじま

ふんわり地酒が香るケーキ

福司をたっぷりと染み込ませた焼き菓子がある。その名もずばり、地酒ケーキ「福司」。作っているのは1976(昭和51)年創業の「釧路菓子処なかじま」二代目当主の中島徳政さん。ケーキのレシピは今から15年ほど前に誕生し、以前は市内の別の菓子店が作っていたが閉店することになり、そのまま中島さんが引き継いだ。大きなデラックスとミニサイズがあり、手のひらサイズのミニにも1個あたり猪口2杯分のお酒が使われている。しっとりしたきめ細かな生地に、日本酒のいい香りがふわりと漂う。

地酒ケーキ「福司」。清酒(左)と純米酒(右)の2種があり、どちらも焼く前に酒の半量を生地に練り込み、焼き上がってからも全体に注入するので香りが飛んでしまうことがない。市内の観光施設売店、土産物店などでも販売


「釧路菓子処なかじま」の中島徳政さん。手切りで平たく丸めた団子や中華まんじゅう、どら焼き、カステラにロールケーキ、季節の上生菓子など、和・洋を問わず、釧路市民のおやつにも贈答品にも応えてくれる頼もしい存在

釧路菓子処なかじま
浦見店 北海道釧路市浦見3丁目3-16
TEL:0154-41-2347
営業時間9:00〜19:00、第2・4日曜定休
中園店 北海道釧路市中園町12-1
TEL:0154-24-8227
営業時間10:00〜19:00、第2・4日曜定休
WEBサイト

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