「ぽすとかん」の灯をともそう。

札幌軟石の一大産地だった札幌市南区石山に残る貴重な建造物「ぽすとかん」。上部の郵便マークは郵便局時代の名残だ

かつて郵便局だった札幌市南区石山の建物がこの春、新たな交流スペースとして生まれ変わった。その名は「ぽすとかん(POST-O-KAN)」。地元で採掘される「札幌軟石」で建てられた空間は、土地の歴史を語る“生き証人”。ここから、新しい出会いや発見が生まれている。
新目七恵-text 伊田行孝-photo

「ぽすとかん再生プロジェクト」を知ったのは、昨年12月のことだった。仕事で知り合ったフリー編集者の吉村卓也さんから「実は今、クラウドファンディングに挑戦中なんです」と聞いたのがきっかけで調べてみると、札幌軟石造りの歴史的建造物「旧石山郵便局(通称・ぽすとかん)」を地域のシンボルとして後世に残す取り組みらしい。「ぽすとかん」はよく知らなかったけれど、札幌軟石に興味があった私は軟石雑貨がもらえる支援コースを申し込んだ。

それから約5カ月後の4月27日、「ぽすとかん」はリニューアルオープンの日を迎えた(もちろん、クラウドファンディングは無事成功した)。私が実際に建物を目にしたのは5月の連休明け。その第一印象は「素敵!」。軟石ならではの趣きがありながら、アーチ型玄関などファサードは可愛らしく、何より石山の街並みにしっくり溶け込んでいた。外観に心躍らせた私は、中に入ってますます興奮することになる。とはいえ、順を追って話そう。まずはプロジェクトの発案者・吉村さんの話から。

地域に住む者として

吉村さんが「ぽすとかん」の存在を知ったのは10年ほど前。当時は東海大学札幌キャンパスの教員で、学生と地域活動に取り組む中、自分が住む南区の石山エリアにも注目。といっても、「ぽすとかん」に関しては「札幌軟石でできている昔の郵便局なんだなぁ」という程度の認識だったという。

「近くを通るといつも閉まっていて、もったいないな、何かに使えないのかなぁと思っていました。まさか自分が借りる立場になるとは考えませんでしたけれど」と笑う吉村さん

転機は2017年。東海大学の海外教育機関「ハワイ東海インターナショナルカレッジ」で2年間学長として勤め、北海道に戻ってきた頃のことだった。
「また地域で活動しようと思ったら、石山エリアで学生がカフェを開いていて、住民から話を聞く機会が増えたんです。『ぽすとかん』オーナーの岩本憲和さんともそこで知り合い、固定資産税や火災保険、メンテナンス費などを個人負担している状況を知りました」

「残してほしい」と言うのは簡単。だが、歴史的建造物を個人が維持するのは大変なことだ。ならば地域に住む者として何かできないか…。大学を辞め、フリーとなった吉村さんのそんな思いに、同じく南区に住み、「ぽすとかん」を気に掛けていた人たちが共感。こうして、「ぽすとかん再生プロジェクト」が始動したのである。

リニューアルした「ぽすとかん」館内に並ぶプロジェクトメンバー。左から吉村卓也さん、植田亜紀さん、小原恵さん、岩本憲和さん

プロジェクトの主な内容は、貸しスペースとして休眠状態だった建物を修繕・改修し、軟石グッズの販売所とカフェを設けるもの。ここに“人が来る”仕組みを作り、維持費用と家賃をまかなう狙いだ。店舗の設置など必要な費用のうち、300万円をクラウドファンディングの目標額とした。

「高齢化率の高い石山エリアはインターネットが使えない方も多いのですが、まちづくりセンターが率先して協力してくれるなど、地元のサポートもあって目標を達成できました。活動するうち、郵便局時代を知る方が多く、地域に愛されている存在だと改めて実感。大変な場所を預かっちゃったという責任感が強まったのも事実です」

札幌軟石の求心力

さぁ、いよいよリニューアルした「ぽすとかん」の中を紹介したい。最初に目を引くのは、札幌軟石で彩られた階段踊り場の壁だ。まるでオブジェのような存在感で来館者を出迎える。

軟石の端材を並べた“世界にひとつだけの壁”。下半分はFacebookを通して集まった参加者延べ60人が貼り付け、名前が記念に刻印されている。「たとえば参加した子どもが成長して、友達を連れて見に来てくれたら嬉しいですね」とプロジェクトメンバーの小原さん

「建築材という札幌軟石本来の使い方を知ってほしいと企画しました。オレンジ色が差し込む島松軟石も一部並べているので、軟石の多様さも感じてもらえれば」と話すのは、1階で軟石グッズを販売する「軟石や」の小原恵さん。2016年のカイ特集「北海道のお土産」で紹介した通り彼女は個人で軟石雑貨を制作・販売する南区在住の作家。“軟石好き”の立場からも、「ぽすとかん」に強い関心を寄せていた一人だった。

「ここは立地もいいし、南区をPRするにも最適の場所。建物が100年後も残るような仕組みを作れればと思いました」と小原さん。リニューアルオープンを機にこれまでの店舗は工房とし、「ぽすとかん」をアンテナショップにして接客に立っている。

「軟石や」の商品は、札幌軟石の素材感を生かしたものばかり


「ぽすとかん」オリジナルの手ぬぐいやトートバッグのほか、南区ゆかりの作家やアーティストの商品、菓子なども販売する

入って右手は「ニシクルカフェ」だ。居心地の良さそうなカウンターの奥からは、コーヒーの香りがふんわり漂ってくる。店主の植田亜紀さんは、5年前にこの近くで道産素材・自家製酵母ベーグルなどを提供するカフェをオープンさせ、「ぽすとかん」を毎日のように目にしていた。プロジェクトの誘いを「楽しそう!」と引き受け、移転オープンという形で再出発した。

「お客様にさらに素敵な空間を提供でき、ライブやギャラリーなど新たなカフェの方向も実現できると思いました」と植田さんは意気込む。

オーナーの岩本さんによると、これまでも飲食店などから貸してほしいという依頼があったが、断っていたそう。それがなぜ、このプロジェクトを受け入れたかといえば、「軟石やの小原さんは前から知り合いだったし、カフェも一緒にやると知り、これなら人が集まるかもと思いました。吉村先生だけなら、たぶん貸さなかったでしょう(笑)」と説明する。

確かに「ぽすとかん×軟石雑貨×カフェ」という組み合わせは、ワクワクする響きがある。それは岩本さんの予感通り、彼女たちの魅力によるところが大きいだろう。もとをたどれば、吉村さんや彼女たちを惹き付けた「札幌軟石」の力ともいえる。

「札幌軟石」は約4万年前、支笏火山の大噴火によって火砕流が冷えて固まった岩石。白いはん点模様と温かみのある風合いが魅力だ。加工しやすく、耐火性や防寒に優れたことなどから、明治初期より札幌や道内の建造物に多く活用された

「札幌軟石」は昨年、新たな北海道遺産に認定された。「たまたまタイミングが合い、プロジェクトの追い風になりました」と吉村さんは顔をほころばせるが、そうした流れを引き寄せた「ぽすとかん」こそが、大きなポテンシャルを秘めているように思えてならない。

「ぽすとかん」秘話

ここで、「ぽすとかん(旧石山郵便局)」にまつわる、ある家族の歴史を伝えたい。それは、オーナーである岩本さん家族の物語。

現在ある札幌軟石造り2階建ての「石山郵便局」が建てられたのは1940(昭和15)年のこと。当時の局長であり、岩本さんの祖父に当たる岩本豊作(とよさく)さんが私財を投じた。その後、豊作さんの次男・光正さんが局長を務め、建物は息子の岩本さんへと引き継がれるのだが、実はここにもうひとり、重要な役割を果たした人物がいた。豊作さんの長男・一男さんである。

「父の兄に当たる一男は、軟石の郵便局建設で中心的な役割を果たし、いずれは局長になるはずだったと聞いています。でも戦争に取られて戦死してしまい、戦後は父の光正が局長になりました」と岩本さんは明かす。一男さんは、弟・光正さんや職人と一緒に軟石を積み上げる作業も手伝ったというから、悲報を知ったときの家族の無念たるや想像するに余りある。

1923(大正12)年ごろ、札幌軟石造りになる前の石山郵便局で撮られたもの。中央に並ぶ夫婦は当時の局長・岩本吉次郎と妻のセン。2人と手をつなぐ真ん中の男児が吉次郎の息子・豊作(右)の長男・一男だ。(提供:ぽすとかん再生プロジェクト)

1973(昭和48)年の閉局後、石山郵便局の建物は97年に道路拡幅で解体の危機にさらされるも、地域の要望もあって約6m奥へ曳家され、現在地に移された。「ぽすとかん」という愛称がついたのは、このときだ。写真は郵便局現役時代の一枚。(提供:サカ写真館)

驚いたことに、そうした岩本家のストーリーを吉村さんが知ったのは、プロジェクトに取り組み始めた後のことだった。岩本さんは「ここに来た方が、新しく何かを感じてくれればそれでいい。たとえば軟石に関心がなかった人が、なんか面白そうじゃんとなれば嬉しいです」と控えめに語る。

再び人が集い始めた「ぽすとかん」を見守るように、岩本家の写真は2階にそっと掲げられている。

南区を札幌のリゾートに!

リニューアルオープン後は、石山住民や南区以外の人も多く訪れ、順調に船出した「ぽすとかん」。だがプロジェクトは、もっと先を見据えている。目標は、ここを観光拠点に“南区を札幌市民の「ふだんづかいのリゾート」”にすることだ。

「南区は田舎だと言われますが、こんなに緑があって快適で、いかに恵まれているか! 逆に、なぜみんな来ないんだろうと不思議です」と吉村さんは熱く語る。山あり・川あり・温泉もあり。吉村さんいわく“オーチャードロード”と名付けたい果樹園通りや、ワイナリー・乗馬などアクティビティスポットも豊富。かつての石切り場をアート・パーク化した「石山緑地」や、旧定山渓鉄道で唯一保存された駅舎「石切山駅」もあり、「札幌軟石」を核にした観光ルートも展開できる。こうした観光情報を「ぽすとかん」からどんどん発信し、南区の魅力と誇りを高めていきたいと考えている。

聞けば聞くほど目が開かれる思いでいたが、こうした視点は、“よそ者”である吉村さんの経験から生まれたものだという。

そもそも吉村さんは埼玉県出身。大学卒業後、日本の大手新聞社でカメラマンとして働いていた20代後半にアメリカ・ミズーリ大学に一時留学。後に渡米し、同大学のジャーナリズムの修士課程を修了するとそのまま現地で働いていたそう。縁もゆかりもない北海道は札幌市南区に移住したのは、1996年のことだ。

「山が見え、雪の降るところに住むのが夢でした。知人に札幌を紹介され、下見に来たのが5月。あまりの心地良さに3カ月後の8月には引っ越し、夏の涼しさにびっくりしたのを覚えています」

それから約23年。日本の本州各地やアメリカ、ハワイで暮らした彼にとって、札幌市南区は「ゆったりしたリズム感が心地良く、真に贅沢な暮らしができる場所」だ。地域の高齢化が進む中、そんな魅力を若い世代にも伝えたいと願っている。

最後にこんな質問をした。
「ぽすとかん」を「広場」とするならば、どんな場所でありたいですか?

「行けば何か発見がある、誰かと出会える場所であるといいなと思います」と吉村さん。
それはまさに、吉村さんが体験したこと。そして、私の身に起きたことでもある。「札幌軟石」という宝を宿す「ぽすとかん」は、再び灯をともし、新たなコミュニティ空間としての役割を果たそうとしている。

POST-O-KAN(旧石山郵便局)
北海道札幌市南区石山2条3丁目1−26
TEL:070-4087-2975
営業時間:軟石や10:00~18:00、ニシクルカフェ11:00~18:00
定休日:月曜、第2・第4火曜
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