いまも鮭は暮らしとともに

秋鮭漁のシーズンを前にまだ静かな標津漁港。目の前に広がる根室海峡に国後島が青く浮かんで見える

昭和40年代、人工ふ化事業がついに実を結び、長く不漁が続いていた鮭漁は驚異的な漁獲量を更新。かつての高級魚は日本の食卓に欠かせない食材の一つとなった。縄文時代から鮭とともに暮らす根室海峡沿岸のまちで、いま人々は鮭とどう向き合っているのだろう。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

地域HACCPの先へ

標津町では2000年から、漁業者、卸売市場、水産加工場、運送業者が「標津町地域HACCP推進協議会」に加盟し、徹底した衛生管理と安全性確保の対策を続けている。
標津漁業協同組合、代表理事組合長の西山良一さんらにお話を聞いた。
「この地域HACCPは全国初で、各地から視察の方が大勢訪れ高い評価をいただきました。といっても、我々漁業者にとって特別なことではなく、基本は『魚の鮮度保持』です。それぞれの船が氷を持って海に出て、船倉に入れた海水を0度くらいまで下げ、とった鮭を入れて冷やしておく。とにかく魚体の温度を上げないことで、これは以前から行っていました」
かつて北海道産のイクラでO157による食中毒が発生し、標津町はその風評被害に苦しんだことを背景に、2000年に独自の取り組みとして地域HACCPを導入。水揚げから卸売、加工、輸送まで一貫した体制を整えるようになり、そのなかで漁業者が具体的に何をしているかというと、海水温度を測ったり、衛生状態を確認したり、毎日多くのチェックポイントにそって記録をつけ、それらを全部一ヵ所に集めて保管しておく。
「記録したからといって、鮭の価格が急に上がるわけではないし、誰かが手間賃をくれるわけでもありません。ですが、もう20年近くが経ってこれが当たり前になりました。常に鮮度保持を意識し、もしどこかで問題が発生しても、自分たちは責任持って管理しています、と堂々と答えられるプライドがあります。こういった意識がすべての段階で徹底されていることが、標津産の鮭の品質につながっていると思います」

鮭をめぐる取り組みは、さらに進化を続けている。町の秋鮭水揚げ量は1990年代後半から2000年代初めにかけて1万8000〜1万5000トンという高い数字を記録していたが、2008年に約6000トンと激減し、現在まで不漁傾向が続いている。また、ノルウェーやチリ産などの養殖鮭が輸入されて人気が高まるとともに、国内産秋鮭の価格が急激に下落。こうした苦しい状況のなか、「船上一本〆」の開発が始まった。
標津町役場水産課の佐々木克之さんは言う。
「鮭の数が減った、単価が下がった、と嘆いていても、問題は解決しません。2008年から、町と漁協、釧路水産試験場とが共同で独自の活締め技術の研究をスタートしました」
3年間の研究の末、最適な脱血方法を確立し、船に持ち込んで自動化する機械も考案。現在は数が少ないため機械化はせず、漁業者が1尾ずつ手作業で行っているが、活締めの鮭はイクラや白子も圧倒的に色が良く、鮮度を保って加工できる。とくに白子はそれまであまり消費されていなかったが、関東方面を中心に新たな取引が生まれた。昨年は関東の回転寿司チェーンが生寿司に使い、大好評となった。
「これまで標津の鮭は『量』で勝負していましたが、これからは別の方向も考える必要があります。地域HACCPが定着し、次のステージに進むときが来たのかもしれません」

秋鮭の網おこし。現在、標津町で鮭定置網漁にたずさわる漁業者は約130名(写真提供:標津町)

標津漁業協同組合、代表理事組合長の西山良一さん。「漁協では今後マイクロプラスチックなど海の環境問題に積極的に取り組む予定です」

標津町役場水産課主幹の佐々木克之さん。「本州の商談会で船上一本〆の白子を紹介すると、『ふぐの白子よりおいしい』と言われます」

「船上一本〆」は、船上で魚が生きているうちに血液を抜く「脱血」を行い、魚の品質や鮮度を向上させる標津町独自の技術。肉質の色や張りが良く、鮮度を保つことができる(写真提供:標津町

「船上一本〆」のPRポスター(写真提供:標津町)

標津町漁業協同組合

北海道標津郡標津町北6条東1丁目1-1
TEL: 0153-82-2035
直売所営業時間:8:30〜17:00、日曜定休
WEBサイト

まちを支える水族館

標津町には鮭を漁業資源としてはもちろん、科学的、文化的な視点からとらえる場所がある。1991(平成3)年にオープンした「標津サーモン科学館」だ。サケ科魚類や標津の海や川にすむ魚を展示する「水族館」と、鮭の生態や文化を紹介する「博物館」の機能をもち、大学など研究機関との共同研究に力を入れるほか、2012年から漁業関係者とともに町内河川で鮭の自然産卵調査と改善に向けた活動を続けている。

オープン当初からのスタッフであり現在、館長をつとめる市村政樹さんにお話を聞いた。
「鮭の資源量を維持するには、人工ふ化・放流事業が絶対に必要です。しかし、これまではあまり顧みることがなかった自然産卵についても、もっと積極的に考えていこう、というのがこの活動のきっかけです。漁協、サケ定置部会、根室管内さけ・ます増殖事業協会、町、サーモン科学館で、『標津町サケマス自然産卵調査協議会』を結成し、私は実行隊長といった役目です。これまで、ふ化場がある町内5つの河川で鮭の産卵数や卵の生存率(発眼率)、河川状況などの調査をしてきました」

調査した河川は、もともと鮭の自然産卵数が多くない。鮭の捕獲場があり、ウライ(川をふさいで上流へ行けないようにする仕切り)があるので当然のことだろう。ウライを超えるほど川が増水すると鮭が上って自然産卵するが、この調査により、密集した区間で産卵が繰り返されており、卵の生存率が低いことがわかった。また、改修等で河川が直線化されていると、河床の砂利に新鮮な水が浸透しにくいため、卵が窒息死することが多いという。
こうした状況を改善するため、市村さんたちはいくつかの取り組みを実施した。その一つが、2017年から行っているバーブ工設置である。ネットに石などを詰めて手作りした「バーブ」と呼ばれる構造物を川の中に設置し、人工的に水の蛇行や河床の高低差を作り、産卵に適した場所を増やすのだ。これにより、かつて平均20%ほどだった卵の生存率が、設置付近では70%まで上昇した。

また、標津サーモン科学館では、学生をはじめ研究者の受け入れを積極的に行っている。科学館に隣接する町営の「研究・研修拠点センター」は1泊720円で宿泊できるため、大学の研究チームが長期滞在することも多い。市村さんはこう続ける。
「標津をはじめ根室海峡沿岸は魚類研究者にとってすごく魅力的な場所です。ここを調査のフィールドとして学術論文が書かれることも多いのですが、かつては地域からの情報が不足し、研究に支障をきたす場面が多くありました。また、論文が完成しても、まちの人はその存在すら知らないことが多かった。これは両方にとって非常に残念なことです。そこで、我々が学生や研究者に地域の情報を提供し、関連団体と調整を行う体制を整えるようにしました。また、研究成果については、サーモン科学館で講演会を開いたり、特別展で紹介したり、研究成果を地域に還元するようにしています。
私たちは小さなまちの小さな水族館ですが、地域に根差した展示と研究を続ける『ご当地研究者』であり、地域と研究機関を結ぶ『ご当地研究コーディネーター』でありたい。これからも、サケ科魚類の研究と地域の暮らしにプラスになる存在でありたいと思います」

「標津サーモン科学館」はサケの仲間30種類以上を展示する、サケ科魚類展示数日本一の水族館。サケ科魚類の多くは卵から成魚まで育て、その卵を人工授精させる「継代飼育」を実施。写真はシロザケ、カラフトマス、イトウなどを展示する大水槽


9〜10月になると、科学館の横を流れる標津川とつながる魚道水槽。秋鮭やカラフトマスの遡上を観察できる(写真提供:標津サーモン科学館)

標津サーモン科学館、館長の市村政樹さん。小学校6年生の卒業文集に「将来の夢は鮭の研究者」と書いたとおりに夢を実現した

標津サーモン科学館(サケの水族館)

北海道標津郡標津町北1条西6丁目1-1 標津サーモンパーク内
TEL:0153-82-1141
開館時間:9:30〜17:00
開館日:5〜10月無休、2〜11月水曜休館(祝日の場合は翌日)、冬季(12月〜1月)休館
入館料:一般610円、高校生400円、小中学生200円、70歳以上500円
WEBサイト 

まちの誇りを美味しく食べてほしいから

住宅や会社の建物が並ぶ一角に、2010年、全国でも珍しい鮭節の工場ができた。建てたのは町内で建設業を営む田村正範さん。ふ化場で卵や白子を取り出したあとの鮭は、身の脂分が抜け食用に向かないため、以前はほとんど肥料や廃棄処分となっていた。田村さんは、この利用価値の低い鮭を使ってカツオ節ならぬ「鮭節」をつくることにしたのだ。

「最初は、ソバ打ち仲間と美味しいつゆを作るため、ダシに向く食材はないか、と探していたとき、まちの特産である鮭を使えたら…という話がスタートでした。できれば、せっかく標津に帰ってきた鮭を最後まで美味しく利用したいと思って」と田村さん。
鮭節づくりを模索するうち、静岡県焼津市で長年カツオ節を製造する増田商店と出会い、「手火山(てびやま)造り」という伝統製法にたどり着いた。現地で製法を学んだのち、「知床標津マルワ食品」を立ち上げ、「鮭ぶし華ふぶき」が誕生する。
製法は焼津の伝統にならい、さらに標津のアレンジを加える。薪に地元産ナラの間伐材を使い、三枚おろしにした鮭を直火で燻煙し、一旦休ませ、それを約1ヵ月間繰り返して内部までしっかり乾燥させる。その後1カ月熟成させてやっと完成。ほどよい甘さと香りの良い鮭節は、クセがなく、繊細な味の野菜の煮物をはじめ、麺類のつゆ、ラーメンスープなどにすると美味しさが際立ち、全国から注文があとを絶たない人気商品となっている。昨年秋、田村さんがふ化場から仕入れた原料の鮭は約80トンに達する。ここにも鮭のまちの誇りが見えた。

知床標津マルワ食品、代表取締役の田村正範さん。「鮭節は何にでも合いますが、ごはんにまぶして少し醤油を落として食べるとやめられない味わいです」

燻煙後、約1ヵ月熟成させてほぼ完成状態の鮭節。このあと細かく削って商品となる。「地元でとれた山菜のおひたしに、鮭節をたっぷりかけて食べるのが大好き」と言うのは、工場長の田村憲二さん

知床標津マルワ食品

北海道標津郡標津町字川北63
TEL:0153-85-2235
WEBサイト

今回最後にお話を聞いたのは、鮭を使ったオリジナル料理を制作する「しべつAmie(アミー)」代表の外崎嘉代さん。現在のメンバー11人は漁業者の妻が多く、これからの地元漁業や、ふるさと標津町がもっと良くなるために何かしたいと集まった仲間だ。2014年から、魚を手軽に美味しく食べてもらう活動をスタートした。
「うちの実家は鮭定置漁業者ですが、私はずっと生魚が苦手で、ほとんど食べずに育ちました。小さいころは親が漁師だと気づかないほど、魚料理が食卓に上りませんでした。そういう私だからこそ、魚嫌いの子どもの気持ちがわかります。メンバーでいろいろ試作し、オリジナル第1号の鮭コロッケが完成しました」
コロッケのほか、鮭春巻きや鮭かまぼこも作り、毎年9月の「しべつあきあじまつり」をはじめ、町内外のイベントに出店している。
「秋鮭漁の時期はみんな家の仕事が忙しくなりますが、無理せず、楽しく、そして志を大切に活動しています。5年間続けていると少しずつ知名度も上がり、あちこちからお呼びがかかるようになりました。鮭コロッケのファンも増え、毎回必ず来てくださる方もいるんですよ」

この土地の鮭は、私たちの命をつなぐ食材であると同時に、もっと大きな存在だと改めて思う。
人と人、人とまちをつなぎ、まちと自然をつなぎ、この土地に暮らす人みんなの根っこにいつも光っていて、過去と未来を照らすもの。1万年続く「鮭の聖地」の物語は、これからも続いていくのだろう。

しべつAmie、代表の外崎嘉代さん。「いつか町民全員に私たちのコロッケを食べてもらいたい。それから、鮭以外にもホタテやチーズなど、町の特産品でいろいろなコロッケを展開できたらうれしいです」


しべつAmieメンバーのみなさん。Amieはフランス語で「女友だち」の意味。Amieが作る人気の鮭コロッケは標津産の生鮭をミンチにし、炒めたタマネギを合わせ、塩と砂糖少々で味付け。全体の約6割以上が鮭ミンチと存在感たっぷり

しべつアミー

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しべつあきあじまつり
開催時期:9月下旬日曜(2019年は9月29日開催)
開催場所:標津サーモンパーク広場(北海道標津郡標津町北1条西6-1-1)
内容:あきあじ激安販売、つかみどり、グルメ屋台村、イクラ丼無料提供、各種催し等
問い合わせTEL:0153-82-2131(標津町観光協会)
WEBサイト 

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