「このチセは博物館側から数えて8番目なので、トゥペサンチセと呼んでいます。トゥペサンは8です。または、ポロチセ(大きい家)とも呼びます」。今回案内してくださったのは二風谷アイヌ文化博物館の関根健司さん。アイヌ語指導が専門で、言葉の背景にある暮らしの様子も丁寧に説明してくださり、興味深い話に引き込まれる。
ポロチセは通常コタンに1軒、村長家族が住み、儀式の際の集会場にも使われる特別なチセである。内部は外から見るよりずっと広々として、天井が高く、煙を出す穴が二つ開いていて、窓は東側に一つ、南側に二つある。ふつうの家族が住むチセも構造はほぼ一緒だという。
部屋の中央には囲炉裏があり、その周りで家族が食事や仕事をしたり、語りあったり、生活の中心となる。炉の上には干したサケやイナキビ、オントゥレプアカム(オオウバユリの根でつくった保存食)などが吊り下げてある。東の窓からは、儀式の際に供えたイナウが風にゆれているのが見える。ふと、二風谷に暮らした萱野茂さんの著書『アイヌの昔話』の世界にポイと放り込まれたような気がした。
ふだんのポロチセにはチセ番の女性が一人いて、トマ(ござ)編みなどの手仕事をしながら見学者にいろいろな話をしてくれるそうだ。また、定期的にアイヌ語による「語り」のイベントも開かれ、二風谷の伝統や昔話を聞くこともできる。チセの中で聞く物語は臨場感たっぷりに違いない。他のチセでは、炉にかけた鉄鍋でオハウ(具だくさんの汁物)を温め、見学者にふるまう日もあるという。
「他の地域のアイヌの方が二風谷に来ると、コタンの充実ぶりを見て驚いたり、うらやましいと言われたりします。せっかくの立派なチセをどう活用するか、みんなでアイデアを出しながら考えています。この土地の大切な財産ですから」。関根さんがそう話してくれた。
萱野茂さんが書いた『アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心』にこんな記述を見つけた。
家はチセといい、もとはチセッ(チ=私たち、セッ=寝床)で、しゃべるときはチセとなる。
チセはアイヌの家にのみ用いるのではなく、ハチの巣はソヤチセ(ソヤ=ハチ)、カラスの巣はパシクルセッ(パシクル=カラス)、月の暈(かさ)はチュプチセ(チュプ=月)、仕掛け矢をおおうシラカバの筒はアイチセ(アイ=矢)、クマの穴はカムイチセ(神の家)という。このようにいろいろなものに家という言い方をするのである。
ハチやカラスはもちろん、月にも矢にも家がある。
チセは、この豊かな世界への入口なのだ。
二風谷コタンで一般開放しているチセ
◆イワンチセ(6番目の家):刺繍等の実演(女の手仕事)
◆アㇻワンチセ(7番目の家):木彫の実演(男の手仕事)
5月〜10月、10:00~12:00、13:00~16:00
◆トゥペサンチセ:編み物等の実演
5月〜10月、8:30~12:00、13:00~17:00
※トゥペサンチセではアイヌ語による語りや、地域の昔話を地元の人が語る催しがあり、だれでも無料で参加できる。5月〜9月(予定)毎週土曜日の午後1時間、問合せTEL:01457-2-2341 (平取町アイヌ施策推進課イオル整備推進係)
二風谷コタンのチセで特徴的なのは、アイヌ伝統工芸作家が日替わりで来て、ここで作品をつくっていることだ。二風谷在住の14名ほどの作家たちが二軒のチセで木彫りや刺繍などの作業をし、お客さんはその様子を目の前で見学できる。コタンの向いで貝沢民芸を営む貝澤守さんも作家の一人だ。
「チセでの実演はもう10年近く続けています。二風谷まで来てくださった方に、われわれの仕事を見てもらえるいい機会ですからね。お客さんと話すと手が止まるけれど、ぜんぜん気にしないので話しかけてください」
博物館に展示されている美しい工芸品には、貝澤さんたちの作品が数多くある。「遠い昔のもの」ではなく、今ここに住む人たちが、民族の伝統を受け継ぎ、今も日常的に手がける作品なのだ。チセは、伝統工芸作家たちに出会える場所でもある。