コタンのチセで観る・知る

伝統的なアイヌの集落を再現した「二風谷コタン」に建つチセ群。5月から10月は一部内部を一般開放し、自由に見学できる

二風谷アイヌ文化博物館でたくさんの展示品を見たあと、外に出て周囲を見渡すと、さっきとは別の空間に足を踏み入れた気分になる。広場には9棟のチセが建ち、それらを巡る小道があり、周りを木々が取り囲む。ヨシでおおわれたチセに入ると、さらに世界が広がった。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

アイヌのくらしと心にふれる場所

「このチセは博物館側から数えて8番目なので、トゥペサンチセと呼んでいます。トゥペサンは8です。または、ポロチセ(大きい家)とも呼びます」。今回案内してくださったのは二風谷アイヌ文化博物館の関根健司さん。アイヌ語指導が専門で、言葉の背景にある暮らしの様子も丁寧に説明してくださり、興味深い話に引き込まれる。

ポロチセは通常コタンに1軒、村長家族が住み、儀式の際の集会場にも使われる特別なチセである。内部は外から見るよりずっと広々として、天井が高く、煙を出す穴が二つ開いていて、窓は東側に一つ、南側に二つある。ふつうの家族が住むチセも構造はほぼ一緒だという。
部屋の中央には囲炉裏があり、その周りで家族が食事や仕事をしたり、語りあったり、生活の中心となる。炉の上には干したサケやイナキビ、オントゥレアカ(オオウバユリの根でつくった保存食)などが吊り下げてある。東の窓からは、儀式の際に供えたイナウが風にゆれているのが見える。ふと、二風谷に暮らした萱野茂さんの著書『アイヌの昔話』の世界にポイと放り込まれたような気がした。

ふだんのポロチセにはチセ番の女性が一人いて、トマ(ござ)編みなどの手仕事をしながら見学者にいろいろな話をしてくれるそうだ。また、定期的にアイヌ語による「語り」のイベントも開かれ、二風谷の伝統や昔話を聞くこともできる。チセの中で聞く物語は臨場感たっぷりに違いない。他のチセでは、炉にかけた鉄鍋でオハウ(具だくさんの汁物)を温め、見学者にふるまう日もあるという。
「他の地域のアイヌの方が二風谷に来ると、コタンの充実ぶりを見て驚いたり、うらやましいと言われたりします。せっかくの立派なチセをどう活用するか、みんなでアイデアを出しながら考えています。この土地の大切な財産ですから」。関根さんがそう話してくれた。

萱野茂さんが書いた『アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心』にこんな記述を見つけた。

家はチセといい、もとはチセッ(チ=私たち、セッ=寝床)で、しゃべるときはチセとなる。
チセはアイヌの家にのみ用いるのではなく、ハチの巣はソヤチセ(ソヤ=ハチ)、カラスの巣はパシクルセッ(パシクル=カラス)、月の暈(かさ)はチュプチセ(チュプ=月)、仕掛け矢をおおうシラカバの筒はアイチセ(アイ=矢)、クマの穴はカムイチセ(神の家)という。このようにいろいろなものに家という言い方をするのである。

ハチやカラスはもちろん、月にも矢にも家がある。
チセは、この豊かな世界への入口なのだ。

かつてのチセは一年中火を焚いていたので、地面全体が温まり、冬でもそれほど寒くなかったという。建材はすべて周囲で調達するため地域によって多少違いはあるが、壁や屋根には群生するヨシを使う。柱は腐りにくいエンジュやハシドイを使い、クギではなくブドウのツルなどで固定する。建物自体に柔軟性があるので地震に強い

壁に飾ってある幾何学文様のチタペ(花ござ)は、儀式や酒宴に使う。色つきの部分はオヒョウの繊維を染めたもので、黒色はクルミ、赤色はハンノキが染料となる。床に敷いたり窓にかけたりする無地のござはトマ。両方ともガマを編んでつくる

白いドーナツ型のものがオントゥレアカ。何年間も保存でき、「食料の中心となる重要なもの」という意味のハルイッケウとも呼ばれる。二風谷では赤ツツジの花が咲く6月ころ、オオウバユリの根を掘ってデンプンを取った。一番粉は胃腸薬のように煎じて飲み、残りは丸めてフキの葉で包み、2〜3週間おいて発酵させ、カチカチになるまで干す。食べるときは砕いて粉にし、団子にする

内臓を取った秋サケは、炉の煙でゆっくりと燻す。産卵後のホッチャレは適度に脂が抜けているため、長期間おいても脂焼けしないうえ、資源が枯渇する心配も少ない

チセの上座、東側の壁にある窓はカムイプヤ、またはロルンプヤと呼ばれ、神さまが出入りする神聖な窓とされる。獲ってきた熊や鹿もこの窓からチセに入れる

チセの東隅に設けたイヨイキはイコ(宝物)を置く場所。和人との交易で得た漆器などが並んでいる

二風谷アイヌ文化博物館学芸員補の関根健司さん。「アイヌ民族のユカはふつう男性が語るものですが、沙流川流域には女性のユカ伝承者もいました。どんな言語でも最後の伝承者は女性であることが多く、外で働く男性より、女性のほうが長く高齢者と付き合っていたかったからでしょう。男ができないなら女がやればいい。ここはそういう寛容さがある土地だと思います」

二風谷コタンで一般開放しているチセ
◆イワンチセ(6番目の家):刺繍等の実演(女の手仕事)
◆アワンチセ(7番目の家):木彫の実演(男の手仕事)
5月〜10月、10:00~12:00、13:00~16:00
◆トゥペサンチセ:編み物等の実演
5月〜10月、8:30~12:00、13:00~17:00
※トゥペサンチセではアイヌ語による語りや、地域の昔話を地元の人が語る催しがあり、だれでも無料で参加できる。5月〜9月(予定)毎週土曜日の午後1時間、問合せTEL:01457-2-2341 (平取町アイヌ施策推進課イオル整備推進係)

 

伝統工芸のいまを感じる場所

二風谷コタンのチセで特徴的なのは、アイヌ伝統工芸作家が日替わりで来て、ここで作品をつくっていることだ。二風谷在住の14名ほどの作家たちが二軒のチセで木彫りや刺繍などの作業をし、お客さんはその様子を目の前で見学できる。コタンの向いで貝沢民芸を営む貝澤守さんも作家の一人だ。
「チセでの実演はもう10年近く続けています。二風谷まで来てくださった方に、われわれの仕事を見てもらえるいい機会ですからね。お客さんと話すと手が止まるけれど、ぜんぜん気にしないので話しかけてください」
博物館に展示されている美しい工芸品には、貝澤さんたちの作品が数多くある。「遠い昔のもの」ではなく、今ここに住む人たちが、民族の伝統を受け継ぎ、今も日常的に手がける作品なのだ。チセは、伝統工芸作家たちに出会える場所でもある。

長年に渡り二風谷民芸組合の代表理事も務める貝澤守さん。現在の目標は、アイヌ伝統工芸の道に進む若い人材を育てること。「2019年春にオープンした平取町アイヌ工芸伝承館ウレパもそうですが、伝統技術を身につける場所や機会が少し増えました。それと同時に、作品が売れていく仕組みを考えなければ若い作り手は増えません。まだまだやることがたくさんあります」

ふだん使う彫刻刀の柄は、貝澤さんご自身が彫っている。独特の形をした柄は、力を入れて彫っても指先が疲れにくい。繊細な文様を彫るときも、「この4本があればだいたい足ります」

使う素材はクルミやカツラの木が多く、「クルミは特に刃物の当たりがいいので好きです」という。美しい文様が、見る間に浮かび上がっていく

貝沢民芸
北海道沙流郡平取町字二風谷75-2
TEL:01457-2-2584
8:00〜18:00、不定休

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