「なえぼのアートスタジオ」

札幌のまちと、アートの“今”が出会う場へ

「なえぼのアートスタジオ」運営メンバーの、美術家の高橋喜代史さん(左)・今村育子さん(右)と、“管理人”の荒岡信孝さん(中央)

札幌駅の東、苗穂エリアに位置する「なえぼのアートスタジオ」は、札幌を拠点とする現代美術家が集まるシェアスタジオ。制作にとどまらず、まちとアートが出会う場としてアーティスト自身が運営し活動を行うユニークな空間だ。苗穂から、札幌のアートシーンに新たな水脈が生まれつつある。
柴田美幸-text 伊藤留美子-photo

管理人のいるシェアスタジオ

札幌駅からJRで東へ。新しくなった苗穂駅を通り過ぎてまもなく、線路沿い右側にベージュピンクの建物が見えてくる。ここはおもに現代美術のアーティストやクリエイターのアトリエが集まる「なえぼのアートスタジオ」だ。2階建てで約270坪あり、12室のアトリエとギャラリーとして使えるフリースペースを備える。美術系アーティストのシェアスタジオとしてはかなり広いと言えるだろう。現在、入居するのは16人のアーティストと1つのNPO法人、そして、こうしたシェアスタジオには通常いないであろう“管理人”が存在する。
管理人を務める荒岡信孝さんは、ここを立ち上げた張本人だ。荒岡さんは不動産業に携わる傍ら、札幌駅前通まちづくり株式会社主催の、アートとまちづくりを学ぶ「シンクスクール」に入学。卒業企画で「アートを使ったシニアの社会貢献」としてアートに触れる機会が少ないシニア層に興味を持ってもらうため、古い空き物件を活用した交流の場を構想した。そのアイデアをもとに、缶詰工場の倉庫だった建物を活用したのが「なえぼのアートスタジオ」である。

築50年ほどの、旧缶詰工場の倉庫だった建物をリノベーション。入居者は現代美術の若手アーティストを中心に、企画者やギャラリストなど様々なメンバーが集まっている

「この建物を見て『まちづくりとリンクする場として何かに使えないか』と思い、カフェやゲストハウスも考えましたが、多様性のあるアートとマッチングさせました」(荒岡)

「自分はあくまでも管理人」と言うように、荒岡さんは事務的な作業や雑務に徹し、アーティストが制作に没頭できるよう、環境を整える役割を担う。「こういう形態のシェアスタジオは全国的にも珍しいし、アーティストにとって理想的」と話すのは、美術家の今村育子さんと高橋喜代史(きよし)さんだ。シンクスクールの講師として荒岡さんと出会い、立ち上げ時から運営メンバーとして関わってきた。「たんにアトリエが集まっているだけではなく、スペースとして作品を多くの人に見てもらう機会が提供されています。アーティスト同士が話し合ってここを生かしていく。ここはアーティストを結びつける場であり、アートと市民を結びつける場でもあるんです」と2人は言う。

「『電灯が切れた!』『ネズミが出た!』など、荒岡さんが全部対応してくれる。客観的に管理する人がいることで作家は運営に疲れず、創作のモチベーションにつながっています」(高橋・今村)

札幌の“今”がわかるオープンな場へ

たとえば、各アトリエを一般公開し、誰でも制作の現場を見られる「オープンスタジオ」を年に数回開催している。「表では荒岡さんが焼肉をしているので、匂いにつられてやってくる人もいますよ」と2人が笑うように、普段はアートにあまり関心がない人もふらりと立ち寄っていく。敷居が高いと思われがちなアートの制作風景を実際に見てもらい、アーティストや作品との出会いと交流の場にしていくのが狙いだ。同時に、フリースペースでは展覧会やトークイベントが行われ、札幌の“今”の表現を知ることができる。

オープンスタジオのようす(スタジオ1 風間天心)(写真提供:なえぼのアートスタジオ)

フリースペースでの展覧会「Grafting 接ぎ木」(2019年8月)(写真提供:なえぼのアートスタジオ)

レクチャーとして行われた、タグチコレクション球体のパレット関連企画「アート・アドバイザー塩原将志に訊く!!アーティスト、ギャラリー、コレクターのリアルな場」(2019年11月)(写真提供:なえぼのアートスタジオ)

今村さんは次のように語る。「札幌国際芸術祭があり、美術館やギャラリーなどの施設も多く、デザインや建築などさまざまな分野が密に結びついている札幌のまちは、アートにとってオープンな空間と言えます。でも、市民が“今”の表現に触れる機会はそう多くありません。札幌に現代アートの美術館はないし、美術を学べるところも少ないですよね。なえぼのアートスタジオは、札幌のまちとアートの交流の場であると同時に、市民とのあいだの齟齬(そご)を埋める場でもあると考えています」

 

ムーブメントは札幌の東から起こる

なえぼのアートスタジオに、2017年のオープン当初から入居しているのが、現代美術家の山本雄基(ゆうき)さんだ。実は、広いアトリエを探していた山本さんが、倉庫を活用しようとしていた荒岡さんに申し出たのがアートスタジオ誕生のきっかけになった。到底1人では使い切れないほど広いため、山本さんがほかのアーティストにも声をかけ、今村さんや高橋さんら7人でスタートを切ったのである。
山本さんは「ここは今の札幌の、現代美術の情報が集まってくる場所」と話す。各アーティストがそれぞれの活動から得たものをここでフィードバックすることで、お互いの知識の深まりや刺激となり、次の創作へつながるという。

一番広いスペースに入居する山本雄基さん。「前の場所の6倍くらい広くて制作には最高の環境。また、ほかのアーティストがいることで刺激や安心感もあります。一番長くいるので、いつのまにかみんなの相談相手になっています(笑)」

その言葉を裏付けるように、道内外から札幌を訪れる美術関係者やアーティストは、必ずここに立ち寄って札幌の動向をリサーチしていく。オープンから3年が経った今、札幌の現代美術の重要な発信拠点になったと言っていいだろう。
では、アーティストにとって苗穂というエリアはどのような意味を持っているのだろうか。今村さんと高橋さんは「苗穂エリアにこだわりはないです」ときっぱり。「まちづくりや地域おこしを考えるときに、アーティストを呼んでイベントをやって盛り上げよう、というパターンがよくあります。でも、本当のまちづくりは違うと思います。外からまちに意味を付加するのではなく、アーティストが集まったところに内側からムーブメントが起こる。まちづくりは、結果として自然に湧き起ってくるものではないでしょうか」
さらに、プレーヤーになれる人がいることが重要だと2人は口を揃える。「アートとまちを結び付けるプレーヤーとして荒岡さんのような人がいることで、さまざまな人たちがここに集まってきます。なえぼのアートスタジオは、そうやって集まった人たちをゴチャゴチャに混ぜ合あわせて、新しいものを生み出す場なんです」

「ほかのスタジオとのネットワークづくりも、今後必要になるのでは。東京のアートスタジオと連携する予定がコロナ禍で延期になりましたが、新たな活動が生まれそうです」(高橋)

「なんだかニューヨークみたいだね」と、誰かが冗談めかして言う。ニューヨークの東の地区の倉庫街にアーティストが住み始めると、アートの発信地として最先端のエリアになっていく。札幌の東にあたる苗穂も、倉庫や工場が集まっていたエリアだ。これから再開発が進み、新たなまちづくりが始まるもっともおもしろいエリアで、どんな札幌の“今”が表現されていくのだろう。

※取材は、撮影時のみマスクをはずしています。

なえぼのアートスタジオ
北海道札幌市中央区北2条東15丁目26-28
WEBサイト

今村育子 https://www.imamuraikuko.com/
高橋喜代史 https://www.takahashikiyoshi.com/
山本雄基 http://yamamotoyuki.com/
札幌駅前通まちづくり株式会社 https://www.sapporoekimae-management.jp/
シンクスクール https://www.thinkschool.info/

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