展示方法も企画もオリジナリティを貫く ―HOKUBU記念絵画館

靴を脱いで入館すると、展示室には家具が置かれてあり、くつろいで絵を鑑賞できる

豊平川にほど近い住宅街にひっそりと建つHOKUBU記念絵画館。控え目なたたずまいの館内では、いつもユニークな企画展が行われている。2023年最初の展覧会は「足よ、お前は美しい」、3月からは「足を見るのにしくはない」——。こんな変わったタイトルの展覧会は一体、誰がどのように組み立てているのだろう。
井上由美-text 伊藤留美子-photo

1枚の絵とじっくり向き合う、贅沢な展示空間

HOKUBU記念絵画館は、約20の会社・法人からなる北武グループ会長・小西政秀さんがコレクションした絵画を公開するため、1996(平成8)年にオープンした私設の美術館である。
一般的な美術館とは大きく異なり、入館はエントランスで靴を脱ぎ、スリッパに履き替えなくてはならない。よく知らない邸宅にお邪魔するような緊張感がある。

1階から3階まである展示室も想像をはるかに超える。広々とした空間の壁にかかる絵は、たっぷりと余白をとり、ゆったりと贅沢に配置されているのに驚く。

北武グループとは札幌に本社を置き、土木・医療・福祉・ソフトウエア・食品加工など約20の会社に1000人の従業員を抱える企業グループ。絵画館は今年でオープン26年目になる

一般的な美術館やギャラリーなら、パーテーションで壁を増やし、できるだけ多くの作品を展示しようとするが、ここは正反対。
展示室の一角には座り心地のよさそうなソファやチェアも配置されていて、腰掛けて書架の画集や美術書を眺めたり、デスクで絵や文字を書いたりもできる。
照明も独特だ。作品の前にぶらさがる和紙のペンダント照明や、通路の足もとをほのかに照らす灯りもある。
インテリアを含めて空間そのものが美術作品のような、印象的な展示スタイルだ。

書架には画集や美術書がいっぱい。自由に閲覧できる

「油絵と木版画が中心ですが、立体作品や写真、陶器、家具、文学なども含めて見てもらえるよう配置をしています」
こう話すのは、小西政秀オーナーのご子息、小西政幸さん。学芸員であり館長も務めている。
1枚の絵の前にずっと立っていてもいい。イスに腰掛けてしばらく眺めてもいい。
人波の速度に従いながら順路に添って作品を見ざるをえない大きな美術館とはまるで違う、自由な鑑賞が楽しめる空間だ。

価値観が多様化した時代、展覧会も多様でなくてはならない

展示方法だけではなく展覧会のテーマも独特だ。これまでの展覧会のタイトルを知れば、興味がそそられない人はいないだろう。
「目をつぶり感じるもの」(2018年)、「感覚とは何か」(2019年)、「絵画の写真的経験」(2020年)、「抽象的であろうとする具象」「色彩の積極的排除から見えてくる表現」(2021年)……。
どのような作品の紹介なのか想像がつかないだけに、余計に気になる、にくいタイトルではないだろうか。

2023年最初の展覧会は「足よ、お前は美しい」
そのあと3月からは「足を見るのにしくはない」
足をテーマにした展覧会なんて、一体どのように思いつくのだろうか。
「考えているのは、うちの所蔵品に光を与える場をつくりたいということ。展覧会のアイデアというかストックはまだまだたくさんあるんです。ただ、テーマがあまり具体的すぎると、作品にテーマを押しつけてしまう危険性があるので、そこは気をつけています」
小西館長はそう静かに語る。

ステンドグラスが印象的な2階ホール。キャンバスに写真を投影して展示していた

絵画だけではなく写真作品を展示しているコーナーも

テーマに合わせて一部作品を借りる場合もあるが、ほとんどは絵画館の収蔵品だという。
オーナーが収集した日本の具象洋画と木版画に加え、政幸さんが学芸員となってから購入した現代美術の作品も少なくない。
その数、5000点以上。歌麿の浮世絵をはじめ棟方志功、斎藤清など著名作家の作品も多いが、知る人ぞ知る作家や、まだ評価の定まっていない若手作家の作品も積極的に購入してきた。
「父は一作家多点主義で、特に木版画は近代から現代への流れをたどれるだけの作品数を集めました。自分の目を信じ、有名無名にかかわらず、いいと思ったものを購入してきた父の考えを私も踏襲しています」
時代の先端を追うのではなく、技術や創造性など古びない価値を求めてコレクションに加えているそうだ。

取材時は人の足から馬の足まで、足に注目した展覧会「足よ、お前は美しい」を開催中

展示中の「足よ、お前は美しい」の場合は、風景の一部に女性の足が紛れ込んだ写真作品から、人物の足が目立つポージングの洋画、馬の足が美しい版画や彫刻まで、さまざまな作品が全館にわたって展示されている。

フェティシズムで女性の足を捉えるのではなく、男性の足、動物の足も含め、進化論を裏テーマにしている

「影のテーマは“進化論”。展示の解説を読んでもらえれば分かるようになっています」と小西館長。静かな声で少し楽しそうに話す。
テーマを決めて作品を選び、これだけ広い空間に自由に展示できるのは、学芸員にとっては理想的な環境だと言えるだろう。
「いまや絵画は芸術の主流ではなく、映像などのテクノロジーと結びついた表現や、サイトスペシフィックと呼ばれるような特定の場所と密着した作品が時代を席巻しています。作品を評価する価値観も多様化していますから、展覧会もまた多様でなくてはなりません。ですから展覧会とは常に新しい文脈で作品を問い直すこと。作品の可能性を引き出す手助けをすることが学芸員の仕事だと思っています」

文化芸術を支える企業の力

北武グループの社会貢献としてスタートした絵画館は、2010(平成22)年に組織を財団法人化。いまは北武グループ企業各社からの寄付金によって運営されている。

オーナーが応接室として使用した部屋も開放。無料のコーヒーやお茶菓子も用意されており、鑑賞後のひとときをくつろいで過ごせる

「採算性のない事業ですから、いつまで続けられるかは分かりません。貸しギャラリーをすれば一時的に賑わうかもしれませんが、一過性のものでしょう。安易に流行に迎合するのではなく、当館は地道な研究と企画力で地元のファンやリピーターを増やす努力を続けたい」と小西館長。
SNSなどで宣伝を続けるだけではなく、将来に向けて作品のデジタルアーカイブ化も進めている。作品の撮影を担当するのは、学芸員補佐として働く写真家の松井宏樹さん。作品の展示替えからフライヤーづくり、トイレ掃除まで、なにもかも二人で行っているというから恐れ入る。

館長兼学芸員の小西政幸さん(右)と、学芸員補佐の松井宏樹さん(左)。小西館長は油絵画家や小説家、松井さんは写真家としての顔を持つ

「今後は社会に内在するテーマ、たとえば戦前の強制労働やアイヌ民族に対する迫害など、タブーとされがちな政治や歴史を浮き彫りにするような展示会もしてみたいですね。そんなに注目されてない当館だからこそ、できるんじゃないかなと(笑)」

札幌には本郷新記念札幌彫刻美術館や、北海道立三岸好太郎美術館など、一人の作家に焦点を当てた美術館もあるが、ここは今まで知らない作家に出会う場所として希有な存在だ。
テーマや作品に惹かれて道外から訪ねてきたり、会期中に繰り返し来館したりする客もいるという。

展示室に置かれた感想ノート。感想はもちろん質問や相談を書き込む人もいて、館長がていねいに返事をしている

開館以来26年と長く続いているのに、いまだ知る人ぞ知るHOKUBU記念絵画館。私はここで、公立美術館の展示方法だけが正解ではないと気づくことができた。作家の創作活動を応援し、美術界を潤す意味でも、こんな変わった美術館があっていい。いや、なくちゃ困る、と切に思う。

(写真提供:HOKUBU記念絵画館)

HOKUBU記念絵画館 
北海道札幌市豊平区旭町1丁目1−36
TEL:011−822−0306
開館日:会期中の木・金・土・日曜(冬季は土日のみ)
時間:10:00〜17:00(金・日曜は時間別予約制)
入館料:木・土曜700円
    金・日曜800円(要予約)
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