まちの特産品やサービスはいかに売り込むか? —中川町の地域商社を例に

東京都世田谷区下高井戸商店街にあるサテライトスペース「ナカガワのナカガワ」。道北の小さな町がなぜ東京にアンテナショップを開設したのか?(提供:中川町)

地元の資源を生かした特産品や観光プログラムを開発したとして、次のステップは、それらをどうやって売り出すか、ではないだろうか。とにかくまず多くの人に知ってもらい、商品やサービスの魅力に触れてもらう機会や場所を増やさなくてはならない。そのために道北の中川町では「地域商社」が組織され、町ぐるみで売り込みに力を入れている。
井上由美-text 伊田行孝-photo

既存の第三セクターを「地域商社」に再構築

せっかく魅力的な商品や観光プログラムを開発しても、多くの人に知ってもらわなければ、販売や集客にはつながらない。ある意味「ものづくり」より難しいのが、プロモーションだろう。

上川地方の一番北にある中川町は、宗谷地方の天塩町と隣接し、天塩川に沿って細長く広がる、人口1302人の小さなまちである(2023年7月31日)。
町内に高校がないため、子どもの教育のため母子だけで旭川へ転居したり、高齢者が医療機関の充実している都市部へ転出したりで、人口の流出に歯止めがかからないこと、二次産業が弱体化し若い女性の働く場が少ないこと、公共住宅への依存度が高く移住者を受け入れる住宅がないことなど、山積する課題があるという。

「教育や医療の問題はすぐに解決できなくても、住宅と仕事については改善できるのではないかと。移住促進、観光誘致、製造業の振興などもあわせて網羅的に解決したいというねらいで企図されたのが、地域商社の設立です」

こう説明するのは、中川町産業振興課産業振興室の髙橋直樹さん。地域商社設立支援室の中心を担ったキーマンである。
「地域商社は、新規でイチから立ち上げるのではなく、第三セクターである地域開発振興公社を母体に、半官半民での運営を考えました。本来なら役場が後方支援にまわって、民間企業にお願いするのがベストでしょうけど、働き手が不足してどこも余力がないので、リスクは役場で負いつつ民間企業に稼いでもらうというフレームです」

中川町産業振興課産業振興室の髙橋直樹さん

白羽の矢が立った(株)中川町地域開発振興公社は、町営の温泉宿泊施設ポンピラアクアリズイングの指定管理を受託している第三セクター。従来業務を担う「温泉運営課」のほかに、新たに「公共支援課」と「事業推進課」を設置して人員を拡充。分かりやすく「地域振興の旗振り役」として位置づけた。

温泉宿泊施設ポンピラアクアリズイング

東京都世田谷区のサテライトスペースの機能を強化

新設の「公共支援課」は、特産品の開発、地域おこし協力隊の募集、移住定住施策、ふるさと納税の企画、タウンプロモーションなど、個別の民間企業ではまかないきれない領域を担う部門として想定され、その中には観光プログラムの企画・販売を手掛ける部門として「観光推進グループ」も設置された。
髙橋さんは、その業務内容を分かりやすくこう表現する。
「やる気満々の行政マンがいれば役場でもできるけど、異動になったらダメになったというケースも多いので、継続性の観点から役場の機能を一部、第三セクターへスライドさせた感じです」

一方、「事業推進課」には「道の駅なかがわ」の運営をサポートする「道の駅支援グループ」と、東京都世田谷区にあるサテライトスペースを管理する「サテライト運営グループ」の2部門を設けた。

中川町がなぜ世田谷区にショップを出しているのか、疑問に思う人もいるだろう。
「もともと商工会の青年部が世田谷区下高井戸商店街の青年部と交流を続けていたことがきっかけです。首都圏向けのテストマーケティングの場として2016年にサテライトスペースを開設したものの、コロナ禍もあってうまく機能できていませんでした」

下高井戸商店街に隣接する日本大学文理学部ともつながりができ、2021年には同学部と中川町で「相互連携・協力に関する包括協定」を締結。大学側からの誘いでキャンパス内に「ナカガワのナカガワ日大店」を出店したところ、中川町産の食材を使ったソフトクリームや牛丼などの売れ行きが絶好調。さらに首都圏や関西の百貨店の催事にも積極的に参加して、大手百貨店と直接、取り引きできる道筋もつけた。
 

地域おこし協力隊の自主的な活動を促す委託契約

既存の公社の地域商社化にあたり、最大の課題は担い手の確保だった。何をやるにせよ「人がいないと難しいよね」という一言が、これまで何度もため息交じりに繰り返されてきた。

そこで頼りにしたのが地域おこし協力隊である。
中川町では協力隊員を会計年度任用職員として任用する「任用型」のほかに、雇用契約はせずに委託契約で、協力隊が自らビジネスを始められる「起業型」と、地域商社の正職員として働く「課題解決型」の仕組みをつくり、起業マインドを持つ人が自由に活動できる環境を整えた。

現在、活動中の8人に加え、すでに3年間の任期を終えた協力隊OB9人も中川町に定住して、自分のスキルを生かしたビジネスを展開している。

木工作家として活動するRawwood(ロウウッド)代表の福田隼人さんもその一人。
京都の大学で建築やデザインを学んだあと、イギリスで大学院に進み、ドイツでの生活も経験。帰国後に岐阜県高山で2年間、木工の技術を学んでから「林業に近いところでものづくりがしたい」と中川町にやってきた。

山口県出身の福田さん。妻の芽生さんは京都出身

いまはアトリエで中川町の木材を使った家具や木工品を制作。アウトドアプロダクト開発を専門とする協力隊仲間とのコラボで制作したアウトドアテーブルは、さまざまなショップで取り扱いが決まるなど、熱い注目を集めている。

「今まで催事の物販にも行ってましたが、地域商社にお任せできるようになり、そのぶん制作に集中できるようになりました。お客さんの感触などは商社のスタッフがフィードバックしてくれますし、こんなアイテムはどうですか、と提案もしてくれるので、すごくありがたいです」(福田さん)

折りたたんで持ち運べるアウトドアテーブルORIGAMI(中川エディション)(提供:Rawwood)

ミズナラのコースター。Rawwoodというブランド名は、加工されていない(Raw)木材を表す造語。中川町の森の魅力を発信したいと思いが込められている(提供:Rawwood)

福田さんは町の委託を受け、木材流通コーディネーターとしても活動している。
「木材の流通経路は効率が重視され、使いにくい小径木は未利用材として森の中に残されています。北海道の木材を使いたいというクラフト作家や家具メーカーに可能な範囲で提供する方法を考え、木材の付加価値を高める仕事です」(福田さん)

去年は地元の木と土を使った地産地消の小屋づくりのプロジェクトに参加。中川町産のアカエゾマツやヤチダモで「なかがわスタイルの小屋」を完成させた。
中川町にはほかにも木の挽物、樹皮細工、鹿角彫刻などの工芸家をはじめ、写真家、民泊やバルの経営者、猟師など、さまざまなスキルを持つ若者が移住してきており、中川町産のチップでいぶした「燻製ピスタチオ」や、フィンランドサウナで使う白樺の葉を束ねたヴィヒタなど、新しい商品も続々と生まれつつある。
 

エコ・モビリティを核にした観光コンテンツ

特産品づくりとは別に、観光コンテンツづくりを推し進めているのは、地域商社の公共支援課観光推進グループで、中心になっているのは観光協会から移籍した日置友幸さんである。

「観光協会では地域のお祭りの運営が中心でした。任意団体で法人格がないので、人を雇用したり、補助金を活用してモニターツアーを開催したりはできなかった。そこで商社で力を入れて取り組もうとなったのです」(日置さん)

サイクリングガイドの資格を持つ日置さん

中川町出身の日置さんは札幌で会社員をしていたが2015年にUターン。観光協会に勤めながら、道北9市町村が広域連携する「スイス・モビリティ」の取り組みの事務局を担った。スイス・モビリティとは自転車やカヌー、フットパスなどと公共交通を組み合わせて、移動そのものを楽しむ旅のスタイルだという。
中川町はその後「エコ・モビリティ」と名づけて独自に取り組みを展開。日置さん自身もサイクリングツアーのガイド資格を取得など、普及に力を入れてきた。

「中川町は山や川でさまざまな体験ができるのが魅力です。自分も走ったり登ったりするのが単純に楽しいので、ただ車で目的地に向かう旅ではなく、移動そのものを楽しむ旅を多くの人に体験してほしいと思っています」(日置さん)

今は、ふるさと納税の返礼品にサイクリング体験をエントリーしているが、中川町にはほかにもカヌーガイドやフィッシングガイド、トレイルランナーなど、さまざまな民間ガイドが揃ってきたので、今後はそれらもコンテンツ化していく計画だ。

「ここは国道40号と天塩川と宗谷本線が3つ並行に走っている珍しいエリア。自転車を輪行バックに入れてJRで帰ってくることも、その逆もできる。オホーツク側、日本海側に足を伸ばして2~3町村またぐようなツアーもできます」(日置さん)

公共支援課観光推進グループのメンバー。事務所も役場の2階にあり、町との連携もスムーズ

もうすぐ音威子府村と中川町を結ぶバイパスが開通すれば、車は新道を通るようになり、国道は自転車専用のように走りやすくなると期待もふくらむ。
アドベンチャートラベル・ワールドサミットが北海道で開催され、「アクティビティ」と「自然」を組み合わせた旅行が世界的に注目されているのも追い風だ。

「体験は外で売ることができないので、ぜひ中川町を訪れて、自然の中で楽しい体験をしてほしい。気に入って通ってくれる人が増え、その中からちょっと住んでみようかなという人が出てきたら…うれしいですね」(日置さん)

 

まちづくりを森の時間で考える

地域の木材を活かした工芸品のような一定の流通経路がない特産品を一括して取り扱い、町外へと売り込む。特色のある観光コンテンツを発信して、国内外の観光客を呼び込む。
「地域商社」の役割は、これからますます大きくなっていくだろう。
今後はプロモーションを強化するほか、空き家などの不動産情報も一元化し、移住定住対策にも本腰を入れていく計画だ。

人口減少に高齢化、人手不足に住宅不足、雇用のミスマッチ、教育や医療の格差…。地域を取り巻く課題は数えきれず、解決の糸口さえつかめない。
それでも、できるところから始めれば、少しずつ変わっていくに違いない。お試し移住の希望者が増え続けているのも大きな希望だ。

「森林管理の業界ではアダプティブ・マネジメントという考え方があって、日本語だと順応的管理とか適応型管理といわれています。なにか施業をしたら何らかの反応がある、その反応にあわせて次の施業を考えていくというやり方なんですけど、それと同じ。結論を急がない、でも今日やることを間違えないのが大事なのかな」

以前は役場で森林管理を担当していたという髙橋さん、まちづくりを「森の時間」で考える方法を教えてくれた。

株式会社中川町地域開発振興公社 公共支援課
北海道中川郡中川町字中川1337番地 中川町役場庁舎内
TEL:01656-8-7588
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