特集「バスツアーで行こう!」特別企画

東京学芸大の学生が「水」を学びに栗山町へ。水との関わりをめぐる2泊3日の旅

海外旅行に出かけたり、突然の災害に見舞われたりしたときに、水のありがたさを実感した経験はありませんか。
暮らしに欠かせない「水」の価値を知るには、もしかしたら、いつもの暮らしを離れた旅の時間が有効なのかもしれません。
水をテーマにしたツアーの企画づくりに取り組む東京学芸大学の学生たちも、この秋、キャンパスを飛び出して、はるばる北海道栗山町にやってきました。

学生が企画するスペシャル・インタレスト・ツアーとは?

スペシャル・インタレスト・ツアー(SIT)という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
一般的な観光スポットを周遊するのではなく、健康、文化鑑賞、動物など、特定のテーマに沿って組み立てられたパッケージツアーのことで、近年、画一的な旅行に飽きた層から支持され注目を集めています。
そこで、「水」をテーマにSITを企画・体験しようというのが、東京学芸大学の「水辺の学びデザインプロジェクト」(Water Special Interest Tours/通称WaSIT:ワズィット)。メンバーの大学生や大学院生16名が、この秋、北海道栗山町へやってきました。
「フィールド・スタディin北海道」と題した今回の旅は、学生が自分たちでツアーを企画する前の段階として、教員が企画したもの。水辺を知るプレ・ツアーという位置づけです。

10月3日、新千歳空港に到着した一行がまずバスで向かったのは、夕張シューパロダム。ダムの堤体内部に設けられた管理用の通路「監査廊」を、管理事務所の担当者の案内で見学しました。「下から見上げるようなアングルで見て、ダムの大きさに驚きました」というのは松原昌平さん(4年)。朝妻栞さん(大学院1年)も「北海道に来たのは初めて。以前に見たダムとは大きさが違う。北海道のダムは広大ですね」と、スケール感に圧倒された様子です。

初日は夕張シューパロダムを見学して栗山町へ。2日目は川での水生生物調査、小林酒造の酒蔵や町民手づくりの魚道見学、3日目はサケのふるさと千歳水族館、苫小牧の道の駅ぷらっとみなと市場、支笏湖などをまわる日程です

栗山周辺は、水辺の魅力をコンパクトに体験できるエリア

2泊3日の「水辺の学び」は、川に入って水生生物の調査をしたり、栗山の町民が手づくりした魚道や再生された湿原を見たり、サケのふるさと千歳水族館で館長の解説を聴いたり、苫小牧漁港で海鮮丼を食べたりと、プログラムが盛りだくさん。東京学芸大の先輩であり、栗山を活動拠点としている栗山英樹・北海道日本ハムファイターズ監督も応援に駆けつけてくれました。
「水辺の学びというと自然体験が思い浮かびますが、それだけではなくて、治水や利水などの役割を担うダムなどのインフラ施設、カヤックやスワンボートなどに乗って楽しむ水上のレジャー、そばや日本酒など水と関わりの深い食文化と、さまざまな切り口があります。今回の旅は水にまつわるさまざまなテーマに気づいてもらうことが目的です」

「水辺の学びデザインプロジェクト(WaSIT)」のプロジェクトリーダーを務める、東京学芸大学 環境教育研究センターの吉冨友恭准教授。

こう話すのは、このプロジェクトのリーダーを務める東京学芸大学環境教育研究センターの吉冨友恭准教授。旅の目的地に栗山町を選んだ理由を尋ねると「栗山には自然が豊かで活動に適した規模の河川があり、そこには早瀬や淵、河畔林、倒木など、さまざまなタイプの環境がみられ、多くの生きものが生息しています。ハサンベツ地区では湿地の再生や魚道づくりなど、地域の方々による環境保全の取り組みも見ることができます。また、近郊にダムや水族館などの施設があり、湖、漁港などにも足を運ぶことができるので、水辺を捉える視野を広げられることも魅力です。東京では特定の場所を拠点にこのように多面的に水辺の豊かさを体験できる場所はなかなかありません」との返答。なるほど、新千歳空港からさほど遠くないエリアに、水辺の楽しみ方を体験的に学べる場所が多いということなのですね。

学びのプロセスを学生たちがSNSで発信

このプロジェクトは大学の履修単位とは関係のない自主的な学びです。学内に広く呼びかけてメンバーを募集。学部の1年生から大学院生まで年齢もさまざまなら、専門も環境教育、地域研究、美術、家庭とばらばらですが、選考で選ばれただけあって、意欲的な学生が集まっています。

「もともとフィールドワークが好きなので、参加してみようと思った」(1年・吉田安理沙さん)、「居酒屋でアルバイトをしているので、小林酒造の酒蔵見学が楽しみ」(2年・小島諒子さん)、「水がどのように守られてきたのか知りたい」(4年・古谷恵莉子さん)、「グラフィックデザインが専門なので、環境教育の教材作りに活かしてみたい」(大学院1年・朝妻栞さん)と、参加の動機はそれぞれ違っても、主体的に取り組む姿勢が見て取れます。
学生が自ら興味のある切り口を見つけ、東京に戻ったら仲間とグループをつくってディスカッションしながら、水をテーマにしたツアーを企画。実際に旅に出かけた上で、ガイドマップやショートムービーなどの教材をデザインするまでの全てが「学び」であり、こうした学びのプロセスもfecebookで随時、発信される予定です。

「水というのは捉えにくい対象で、雨が大地に浸透し川に流れて海に出たり、蒸発したりと状態も変化します。めぐる水を意識し、水辺から視野を広げていけるようなプログラムができればいいなと考えています」と吉冨准教授。3年前に施行された「水循環基本法」を受けて、水に関する教育への社会的ニーズが高まるなか、このプロジェクトが観光と連動し、水環境の保全や普及啓発に携わる人材の育成につながればと期待しています。

地元の人との交流も、貴重な学びの機会

この「水辺の学びデザインプロジェクト」(WaSIT)は、アメリカのコカ・コーラ財団に申請し、5年間の事業として採択された取り組みです。
2016年度からスタートして、今年が2年目。昨年の第1期のメンバーは、助成金を活用し、熊本県で水俣湾再生の取り組みを学んだほか、茨城県の霞ヶ浦や小貝川の環境保全活動に関するフィールドワークにも参加。グループごとに水生生物、銭湯や温泉、氷上わかさぎ釣りなどをテーマにしたツアーを企画。報告書やガイドブックの作成に加えて、活動の様子を伝える写真展も開催しました。
また、今回、学生たちが宿泊する「雨煙別小学校コカ・コーラ環境ハウス」は、コカ・コーラ教育・環境財団の支援を受けて閉校した小学校を再生した施設。今は栗山町独自の「ふるさと教育」の拠点施設として運営されています。

体験型宿泊施設「雨煙別小学校コカ・コーラ環境ハウス」。廃校になった小学校の木造2階建て校舎を残すため、公益財団法人コカ・コーラ教育・環境財団の支援を受けて再生。環境教育の拠点として活用されています

「きれいにリノベーションされていて、シルバニアファミリーのハウスみたいでかわいい」(4年・古谷恵莉子さん)、「フィールドワークに行っても個室に振り分けられこともあるので、2段ベッドの部屋でみんなで寝泊まりできるのは貴重な体験」(4年・野間口道さん)など、学生にも好評でした。

栗山町ハサンベツ里山計画実行委員会の高橋慎さんが、20年計画で取り組んできた町民の里山づくりを紹介。ハサンベツ川の落差工を改修して魚道を手づくりしたところ、魚類や水生昆虫がよみがえってきたと教えてくれました

宿泊初日の夕食後には、栗山町ハサンベツ里山計画の実行委員長を務める高橋慎さんが、町民が中心となって取り組んできた里山づくり20年計画を紹介。手作りの魚道を設けるなど地道な水辺の復元活動の結果、昨年73年ぶりに栗山町の川でサケ・サクラマスの産卵を確認できた喜びを聞かせてくれました。学生たちからはアイヌ語由来の川名の意味や、観光客誘致とオーバーユースの兼ね合いなど次々と質問が飛び出し、予定時間を過ぎていることに誰も気づかないほどの白熱ぶりでした。
さて、北海道の地からスタートした学生たちの学びの旅。果たしてどこへたどり着くのか、今後の活動が楽しみです。

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