第2農場の「いま」を伝える(2)

アーティストたちの、札幌農学校第2農場

マップの原画。最初は、展示されている馬具がモチーフの枠があった。これをもとに完成したマップは、持ち歩きしやすいB5サイズで、半透明の紙を使い、保存してもらうことも想定している

第2農場の取り組みで、マップを担当した本田征爾さんと、グッズを手がけた蒲原みどりさん。2人のアーティストは、第2農場という場所をどんなふうに眺めたのだろう。まったく異なる作風の2人が、資料とどう向き合い制作したのかを語ってくれた。
柴田美幸-text 露口啓二-photo

本田征爾さんの、宝の地図

『重要文化財 札幌農学校第2農場に行こう!』という手書きの文字がいざなうのは、絵本のようにカラフルでかわいらしい風景の中。描かれているのは、北海道大学総合博物館から第2農場までの道のりだ。
キャンパス内を歩いたことがある人なら、たくさんの重厚な建物に、難しそうな名の研究棟が並んでいるのを知っているだろう。しかし、本田征爾(せいじ)さんが描いたマップをたどって歩いていくと、第2農場というどこか不思議な夢の世界へたどり着くのかもしれない、などと思う。

本田さんは、水彩画やアクリル画、墨などを用いて描いた平面作品、また、オブジェなどの立体作品を手がけるアーティスト。ちょっぴり奇妙で幻想的な作風で知られる。鳥や犬、キノコなどが頭や手にくっつき、混じり合っているような少年少女。愛嬌のある謎の生き物たち。本田さんの作品を見ていると、まるで自分の夢の中を覗かれたような、空想や妄想がかたちになって目の前に現れたような気がしてくる。

「虹の穴」

「月投げ人」

粘土や木による立体作品はすべて1点もの。「標本的なイメージで展示しています。博物館の標本も自分なりに作品化してみたい」(本田さん)

幻想的な本田さんの作風は、実際にある道や建物の位置を正確に描くマップと正反対に思える。しかし、総合博物館の山下さんと佐々木さんが注目したのは、まさにそこだった。「2人からは、手書きで“宝の地図”を描いてください、というオーダーを受けました」と本田さんは言う。多少デフォルメされていても、思わず歩いてみたくなるビジュアル。現実の場所だけれど、歩いてさまざまなものを見つけながら、自分だけの世界をつくることができるガイド。このマップには、そういう役割がしのばせてある。

普段の作品では、ほとんど下書きをしないという本田さんだが、マップ制作では自分で歩き、第2農場を見学し、資料も見て綿密に下書きをした。こだわったのは、図面のようなパースの正確さや位置などでなく細部だ。「第2農場は、建築物の木造の感じや、特に、モデルバーンの木彫の牛の顔は細かく描こうと思いました。北側にある古いほうです」。
第2農場のシンボルであるモデルバーンは、南と北の壁に木彫の牛がついている。南側は複製だが、北側は明治10(1877)年の建設当時からのものだ。頭のひび割れたところも描き、建物にも牛の顔がわかるよう大きく入れた(ページ冒頭写真の左上を参照)。

最終的に、本田さんが描いた動物やほかの施設などのパーツも加え、コーディネーターの佐々木蓉子さんがマップとしてレイアウトした

マップ全体を見ると、水彩のタッチもあいまって柔らかい印象だが、ひとつひとつを見ると、細部が描き込まれ緻密なことがわかる。描かれた動物も、実際に北大構内で見られるものだ。
このマップは、イメージと現実をつなぎ合わせ、コラージュした「作品」でもある。そして、博物館と第2農場をつなぎ合わせ、ひとつの世界として歩くという、新たな楽しみ方を教えてくれる。

本田征爾さんは北大水産学部出身。研究テーマは海中のプランクトンだった。北大美術部「黒百合会」に所属し、卒業後はマグロ調査船に乗りながら作品を制作していたこともあるとか

蒲原みどりさんの、記憶の標本

モデルバーンの木彫の牛は、アーティストにとって魅力的なモチーフらしい。美術家の蒲原(かんばら)みどりさんがデザインを手がけ、第2農場のガイドツアー参加者に配られた「札幌農学校第2農場トートバッグ」も、前面に大きくこの木彫の牛が描かれている。彫られたノミ跡までも表現され、生成りに白とクールな色使いながらインパクトを感じる。
「デザインは、どのようにすると見た人が『気になる』のかを考えました。その絵はなに?と興味を持って、行ってみたくなるもの。同時に、自分の部屋にあったらいいな、誰もが使ってみたいな、と思うもの。これは、人が第2農場に来るきっかけをどう作るか、という実験でもあるんです」と蒲原さん。美術家としてだけでなく、デザイナーとして広告や本の装丁、テキスタイルにアクセサリーも手がける蒲原さんは、自分の作品がどういう形になり、どんなふうに人の手に渡るか、つねに考えているという。

ガイドツアー参加者に配られたトートバッグ。これも古いほうの木彫の牛がモチーフ。「これの場合、ひび割れを入れると、ちょっと怖くなっちゃうので入れていません」と笑う

本田さんが「色」の人なら、蒲原さんは「線」の人だろう。自然の風景を繊細なタッチの線で描き、ほとんど色を使わないモノクロの世界。しかし、じっと見ていると色や手触りがだんだん見えてくるから不思議だ。植物の葉の葉脈、花びらの1枚に走る筋、鳥の羽の流れが丹念に描かれ、いのちが宿っているのがわかる。
この作風がどのように生まれたのか、少しだけ明かしてくれた。「植物の化石や鉱物などの標本が大好きで、この総合博物館にもよく通っています。いつも博物館から絵のモチーフをもらっているんです」。
博物館で見る標本は、遠い過去からの年月を経て、現在は自分の目の前にある。その不思議に気づいたという蒲原さんの絵は、過去のある瞬間を閉じ込めたように静かだ。しかし、描かれているのは現在の風景である。過去の空気感や手触りといった記憶が保存された絵は、過去と現在、さらに未来へとつながる“記憶の標本”のように見える。

「otogi no kuni」紙、ペン、木製パネル

「small garden」油彩、銀箔、キャンバス
蒲原さんの作品は、草花や鳥、虫など自然をモチーフに線を重ねて描き、静謐な雰囲気がただよう

蒲原さんは、トートバッグにも第2農場の記憶を込めた。牛の木彫のデザインを、シルクスクリーンでのプリントにしたのも理由がある。「第2農場の歴史を表現するのに、インクのかすれなど手書きの感じが出るアナログな方法にしました。本の装丁では、著者の魅力を質感でとらえて紙に置き換えますが、同じように、第2農場の木造建築の質感や魅力が一番伝わるように考えました」。
また、トートバッグには第2農場の簡単な説明が書かれた帯が巻かれ、手にした人は、木彫の牛がなぜ描かれているのかを知る。たんなるグッズではなく、保存された過去の記憶を――蒲原さんの手で作られた“標本”を日常の中で使うことで、第2農場の新たな価値や魅力の発見につなげる、という仕掛けだ。蒲原さんは、「時空を超えてきたものを目の前にできるのが、博物館の醍醐味。アートやプロダクトで、その価値と魅力を多くの人に知ってもらい、共有できれば」と話す。

美術家・ビジュアルデザイナーの蒲原みどりさん。もっとも影響を受けたという総合博物館の標本展示室にて

2人のアーティストが見た第2農場は、「いま」という時間の中で、普遍的な魅力を放つものがあふれる宝の山だった。そのひとつひとつを、思いもかけないアイデアやイメージでとらえ発信するアーティストの存在が、第2農場、そして博物館とどう関わっていくのか。どう変えていくのか。答えがわかるのは、未来だ。

【インフォメーション】
●本田征爾 展 『moon nook −月の片すみ−』
〜 2017年12月18日(月)
ギャラリー犬養 女中部屋ギャラリー(13:00〜22:30 火休)
Webサイト

●蒲原みどり『みどりさんの指輪と耳飾り展』
~2017年12月 24日(日)
TAMI(マルヤマクラス1F 10:00〜20:00)
Webサイト
MILL(ル・トロワ3F 10:00〜21:00)
Webサイト

北海道大学総合博物館
北海道札幌市北区北10条西8丁目
TEL: 011-706-2658
開館時間:10:00-17:00(6月~10月の金曜日のみ10:00-21:00)
休館日:月曜日(祝日は開館し、翌週平日を休館)、9/4、12/28-1/4、1/14-15、2/25、3/12
Webサイト

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