神恵内村に住む有志24名でつくる「神恵内村魅力創造研究会」(以下『魅力研』)は、SNSなどを使って村のいろいろな情報を発信するまちおこしグループ。その名の通り、村の魅力を創造することを目指し、毎年5月に道の駅で行う観光イベントと、8月に盆踊りとビアガーデンを併せた「神恵内魅力まつり」を開催している。スタートは2012年9月。20代から30代の若者たちが集まって結成した。当初からメンバーを引っ張る会長の松本遊(まつもと・ゆう)さんが、この6年をふり返って話してくれた。
「ぼくらは小・中学の同級生が14人しかいないんですが、久しぶりに集まってクラス会をしようと相談していたとき、まちおこしでFacebookやってみない?ともちかけたのが始まりです。少し前に参加した地域活性化セミナーで、Facebookを活用した事例を聞いて、無料だし、これならできそうだと思って」
それから、村内の美しい夕日や季節の絶景、おすすめの隠れた名所、特産品のことなどをFacebookに投稿するようになった。日本海に沈む幻想的な夕日の#(ハッシュタグ)は、“恋する夕日”。
松本さんは以前からずっと神恵内のために「何かしたい」と考えていた。
高校、大学と札幌、旭川に出て、社会人になって村へ戻ったときに、故郷の疲弊を実感したことが理由の一つ(1980年代まで2000人代だった人口が、2012年には1000人を割っていた)。それから、同管内の倶知安町で旅行会社に10年ほど勤め、全国を飛び回っているうちにあることに気づいた。
「お客さんは旅先で豪華な食事をしますが、ぼくら添乗員やバスの運転手には別の食事が用意されています。もっと値段が安くて、地元の野菜の漬け物とか、昔ながらの煮物とか、ごくごく日常的な郷土料理。高いお金を払えばいくらでも贅沢はできますが、土地の知恵が詰まったそういう料理はなかなか表に出てきません。でも、それがいちばん美味しいんですよね。そういう魅力を掘り起こしたいと思っていました」
その気持ちから生まれたのが、『魅力研』のオリジナル企画の一つ「マスカレー」だ。
かつて断崖が連なり「陸の孤島」と呼ばれていた神恵内では、入手困難な肉ではなく、春にたくさんとれるサクラマスのカレーが作られていた。1922(大正11)年に隣町と道路がつながり交通の便がよくなると、次第に普通のカレーが作られるようになるが、それでも一部の家庭ではサクラマスのカレーを作っていた。
「何でもそうですが、漁期になると漁師さんが大量にくれるんです。たとえばイカの季節になると、朝起きると玄関の外にイカがびっしり詰まった箱が置いてある。朝は刺身で食べて、夜はフライや煮付けにして、内臓は塩辛にして…と工夫して調理します。そしてまた翌朝も新しいイカが一箱届き、しばらくはこのくりかえし。サクラマスも同じで煮たり焼いたり、フライにしたり、カレーにもしないと食べきれません。サクラマスは脂がすごく上品なので、何にしても美味しいんですよ」
これこそ隠れた郷土の味。イベントで出せば評判になるに違いない。
松本さんたちは村に足を運んでもらうきっかけに、村の道の駅で観光イベントを企画し、マスカレーの研究を開始した。中心となったのは、松本さんの同級生で『魅力研』の事務局長を務める池本美紀(いけもと・みき)さん。彼女の本業は村の民宿「きのえ荘」の女将で、いつも地元産の新鮮な魚介を扱っているので、料理はお手のものである。
「でも、サクラマスは1本ずつウロコをとって、身おろしして、骨を取って、とにかく下ごしらえが大変です。お肉のほうがずっと楽ですよ」と笑う池本さん。そうして『魅力研』発足の翌年、第1回「前略道の駅から〜神恵内の魅力見せ鱒(ます)」を開き、初のマスカレー150食を販売。あっという間に完売となり、想像以上の話題を呼んだ。
また、マスカレーのほかにも「たけのこを煮たやつ」(どこの家庭でもそう呼ぶのでそのまま命名)や、ホタテ焼き、蒸しガキなどを販売し、道内外から約500人のお客さんが詰めかけた。
「ぼくらの活動がだんだん定着してきて感じるのですが、『魅力研』以外の村の人たちも、まちおこしについて考えるようになったと思います。これまでは『役場の仕事』という意識が強かったのですが、やってもらうのを待つよりも、自分でやるほうが早いと気づいたんだと思います。もちろん行政との連携は大事ですが、順番でいうと自分たちが先に動いて、あとから役場がバックアップしてくれる、という形が理想的。ぼくらの願いは、『地元に人を呼びたい』、『地元の人が楽しい時間を過ごせるようにしたい』という二つです」
『魅力研』が企画・運営すべてを仕切り、道の駅イベントの前年から主催しているのが8月の「神恵内魅力まつり」である。これは松本さんたちが中学生時代、1991年を最後に途絶えていた盆踊りを復活させ、継承が危ぶまれていた「神恵内音頭」をみんなで踊る村の一大イベントだ。
子どもたちは縁日やもちまき、仮装大会などを目当てに、大人たちはビアガーデンを楽しみにやって来る。初回は雨にもかかわらず約250人が集まり、6回目となった2018年は倍以上の約550人が集結。そのうち約6割が村民で、約4割は村外から来るお客さんだ。
『魅力研』の副会長、松本さんの後輩の岡田順司(おかだ・じゅんじ)さんは言う。
「村のおじいちゃんおばあちゃんが参加して、楽しんでくれるのが一番うれしいです。村に若手が少ないので準備は大変ですが、ぼくが『魅力研』の活動を続ける理由は、まずベースにあるのが郷土愛。それと、自分自身が『面白い』と思えるからこそ続けられます」
岡田さんの本業は、村で一番大きな小売店「岡田商店」の経営。今はお父さんが社長だが、「中学のときから将来は店を継ごうと思っていました」と言う岡田さん。高校・大学は村を出て、卒業後に札幌でサラリーマンを経験したのち、村に戻って店の仕事についた。
「ここに居てただ黙っていたら、人口はどんどん減って超高齢化が進み、村全体が衰退していく現実は避けられません。でも、完全にそうなってしまう前に、ぼくらが何か活動して、活発な印象をつけることが大事だと思っています。今が最後のチャンスかもしれません」
近年、岡田さんは新しい特産品開発に力を入れている。その一つが、神恵内産の貴重な天然岩海苔の商品化だ。積丹半島などの岩場に育つ海苔は別名「寒海苔」と呼ばれ、12月から3月の厳冬期が旬。風味や香りが素晴らしく、生産量が少ない(現在、村で海苔作りに携わるのはわずか10人ほど)ため、ほとんど地元消費でなくなってしまうそうだ。
岡田さんはこの岩海苔を「神海苔(かんのり)」と名付け、岩場から採取する免許を取得し、師匠についてやり方を一から学び、道具も自分で作って製造・販売している。春の季節限定で特別な海苔弁当を作って販売したり、観光客向けに海苔作り体験ツアーも企画したりしている。
なぜそこまでやるのか? 商店主なら、海苔を仕入れればいいのでは?
「いやいや、海苔を作っているのはおばあちゃん、おじいちゃんが多いですから、今習っておかないといずれ消滅してしまいます。道具作りもぼくが覚えておけば、次の世代に教えられます。もちろん、この海苔は美味しいし希少価値があるので、村外に売り出せば必ず当たるという自信もあります」
最後に、きのえ荘の女将、池本さんがこんな話をしてくれた。
「この村にずっと住み続けられるだろうかという不安は常にあります。今は宿の食事に地元でとれた魚介を使っていますが、それをとる漁師さんがいなくなってしまったら、ここで民宿をする意味がありません。年をとって車の運転ができなくなって、バスもなくなってしまったら、病院にもどこにも行けません。
でもこれから先、できるだけ長く大好きな神恵内で暮らせるように、子どもたちが懐かしい故郷として帰ってこられるように、まず自分が動こうと思っています。人口900人に満たない村にいると、一人ひとりの存在がすごく大きいんです。少しでも何か結果を残せると、必ずみんなが見てくれますし、そういう意味では張り合いがあってやる気も湧きます。神恵内に行けば、あの人たちがいる、面白いことをしている人たちに会える、と思ってもらえればうれしいです」
神恵内村のゆるぎない魅力は、美しい夕日や海や楽しいイベント、サクラマスや岩海苔などはもちろんだけれど、たくましく動き続けるかれらの存在そのものである。
神恵内村魅力創造研究会
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