緑の丘から、新しい景色が見える

小樽商科大学の大学会館内にある食堂からの眺め

大学はどこも“知の拠点”ではあるけれど、創立100年を超える小樽商科大学は近年、ある戦略を打ち出し、注目を集めている。キーワードは、「グローカル」。多岐にわたる取り組みの中でも、まさに後志の「知」と「地」をつなげようとするグローカル戦略推進センターの学術研究員、高野宏康さんに話を聞いた。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

グローカルって何だ?

「グローカル」と聞き、「グローバルの間違いでは?」と思った方、半分正解です。
「グローカル」とは、グローバル(地球規模)とローカル(地域)を組み合わせた造語である。

国立大学で唯一、商学系単科大学である小樽商科大学。
少子化が進む中、大学の生き残りを懸けて掲げたのが、「グローカル人材の育成」。つまり、国際的な視野のもと、地域の視点から考え、行動できる人材(=グローカル人材)を育て、北海道経済活性化のマネジメント拠点を目指す、という方針である。

名物「地獄坂」を登った先にある門。前身は明治44年に開校した小樽高等商業学校だ

2013年には「No.1グローカル大学」を宣言。その2年後には、全学的な取り組みの司令塔となる「グローカル戦略推進センター」を立ち上げ、新たな教育課程「グローカルマネジメント副専攻プログラム」を開設した。語学教育や留学支援を充実させるなど教育環境を整備する一方で、北海道の経済活性化に向けたビジネス研究などを推進。その後者を担う研究支援部門・地域経済研究部で学術研究員として活動するのが、高野宏康さんだ。

「マッサン」が生んだもの

高野さんの専門は、歴史学と地域資源論。とはいえ、「普通の歴史学ではやらない」ことに取り組むのが、彼の研究の特徴だという。
それは、「地域の歴史や文化をまちづくりに生かすこと」。ポイントは“地域資源”だ。

「“地域資源”とは、歴史文化、自然や人・モノ・コトなど特定の地域に存在する特徴的なものを広く指します」と話す高野さん


「普通の歴史学なら、対象をただ研究すれば良いのですが、地域資源論の視点からは、対象=“資源”を活用することが重要になります。つまり、歴史学が、観光やまちづくりとつながるのです」
流暢に、情熱的に語る高野さんだが、こうした研究方法が固まったのは2013年、小樽に移り住んで最初に取り組んだ調査研究がきっかけだという。

それは、ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝とリタ夫妻に関するもの。

「竹鶴さんを生かした地域活性化の取り組みをやりませんか」という余市町からの誘いを受け、関係者への聞き取りなどを実施。竹鶴夫妻の余市での暮らしぶりや、小樽に頻繁に通っていたエピソードなどを掘り起した。また、リタ夫人のレシピを基にプディングケーキを再現し、学生が小樽の洋菓子店と連携して商品化することなどにも挑戦した。
2014年からNHK朝の連続テレビ小説「マッサン」が放送されたことで、研究や活動は大きな話題を呼んだ。歴史・文化の調査研究=「知」が、地域活性化=「地」に結び付く、理想的なモデルケースとなったのだ。

高野さんの研究成果をまとめた冊子の数々。入手したい方は小樽商科大学(0134-27-5482)にお問い合わせを

ちなみに、小樽に来る前は、東京で関東大震災の資料調査研究に携わっていた高野さん。災害の記憶を地元住民に伝えようと、イベントで非常食のすいとんを再現し、「歴史・文化の研究は、地域と連携しないと伝わらない」ことを実感。この経験もヒントになったそうだ。

小樽での研究者生活の第一歩が竹鶴夫妻の調査になるとは「全く思いも掛けなかった」というが、「基本的な考え方は同じで、“地域資源”としてどう生かすか。面白かったですが、反響の大きさには驚きました」と振り返る。
ドラマを通じて、改めてその名が知れ渡った竹鶴夫妻。それが一時のブームではなく、余市、そして小樽の歴史に欠かせない人物として多くの人たちの胸に刻まれていることは、研究の大きな成果といえるだろう。

北前船に導かれて

竹鶴夫妻に続いて、高野さんが取り組んだテーマは、「北前船」だった。
「北前船」とは、江戸時代中期(18世紀中頃)~明治30年代、大阪と北海道を日本海回りで移動し、商品を売り買いしていた商船群のこと。全国各地の研究者や郷土史家が取り上げているが、高野さんにとっては特別思い入れの強い題材でもあった。

というのも、実は高野さんは、船主を輩出した“北前船の里”として知られる石川県加賀市橋立町の出身。曽祖父はなんと、北前船に乗っていた船乗りだったとか!
「橋立は小樽倉庫などを作った北前船主の出身地として知られる船主集落なので、小樽には行ったことはなかったのですが、幼い頃から親しみを感じていました」と高野さん。小樽商科大学に赴任したのも、そうした背景が背中を押したそう。

「故郷の橋立で北前船の遺産を生かしたまちづくりに取り組んだのが、父の世代でした。後付けですが、研究と地域を結ぶのが大事だと思うのも、僕の出身地が影響しています」

「北前船」といえば、“昆布文化を本州にもたらした船” “危険と隣り合わせの一攫千金の夢”などを思い浮かべるが、「北海道と北前船はどう関わりがあるのか。何が残り、活用されているのか、という“地域資源論”の観点からの調査研究はあまりされてきませんでした」。

そこで高野さんは、市内に点在する倉庫群はもちろん、銀行や菓子店、銭湯など、小樽に残るゆかりのスポットをひとつひとつ丹念に取り上げ、北前船との関わりを徹底的に調査。また、当時、船主達が航海の安全を願い、寄港地の神社に奉納したという「船絵馬」の存在に光を当て、小樽をはじめ、寿都、蘭越、泊、神恵内、積丹、古平、余市といった後志管内の各神社に保存されていることを再発見した。
すると見えてきたのは、前述したようなイメージとは違う、小樽をはじめ北海道の発展の基盤を作った「北前船」の歴史的役割。そして、後志の寄港地とのつながりである。

小樽・龍徳寺金比羅殿に奉納されている「船絵馬」。美術品としての魅力に加え、船の特徴が詳しく描かれているため、歴史資料としても価値が高いそう。全国の寄港地に共通する関連文化財でもある

北前船で運ばれた「瓦」をモチーフに、高野さんが北海道の企業に協力して開発した菓子「小樽瓦焼バウム」。「瓦」は、商品としてだけでなく、船の転覆を防ぎ、重心を取るため、船底に積まれたという。
(写真提供:高野宏康さん)

2018年、小樽都通り商店街で学生と共に取り組んだ「北前カフェ」の様子。会場となった空き店舗「旧石川屋」は、北前船で石川県から渡ってきた由来のある蕎麦店。「小樽瓦焼バウム」などを提供して、北前船との関わりを市民にアピールした。(写真提供:高野宏康さん)

こうした高野さんの研究を後押しするかのように、2017年度には北海道函館市を含む全国11市町が共同申請した北前船をめぐるストーリー「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」が、文化庁の日本遺産に認定。翌2018年度には、小樽市を含む全国27市町が追加認定された。北海道に根差した北前船研究者の一人として、高野さんは今、情報提供や講演など忙しい日々を送る。

「北前船は北海道のルーツに深く関わる存在です。特に後志は濃厚にゆかりがありますが、取材をすると『北前船は来てないよ』と言われたり、地元の方々に自覚が少ないのが残念です。日本遺産を追い風に、歴史を生かした後志のまちづくりを、持続的に続けられる基盤を作りたい」と意気込む。

「まさにローカルですね」と言ったところ、高野さんから「これは、グローカルの視点だと思うんです」という言葉が返ってきた。
「北海道と、北陸をはじめ日本中を結びながら、地域に根差した産品を各地に届けていく。北前船は、まさにグローカルの視点で成り立っていた存在です」。そして、こう続けた。「僕の研究も、地域史・郷土史ではなく、グローカルヒストリーを目指しています。そういう意味でも、北前船はいろいろなヒントを与えてくれます。歴史を生かしたプロジェクトを通して、学生と地域に貢献していきたいです」。

小樽商科大学は住所に「緑」が付くことから、「緑丘(りょっきゅう)」という愛称で親しまれている。
ここ緑丘から生まれる「知」が、小樽・後志の「地」と結び付き、新たな魅力を創造しようとしている。
取材からの帰り道。眼下に広がる街並みは、来た時と同じはずなのに、なんだか新しく見えた。


小樽商科大学
北海道小樽市緑3丁目5番21号
TEL: 0134-27-5207(総務課)
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