美容室や銀行の待ち時間に。ランチに入ったカフェや食堂で。本や雑誌を手にとる機会は多いと思う。パラパラめくって時間をつぶす、こういうときの本はどちらかといえば脇役的な存在だ。でも恵庭市ではちょっと違う。本がやや誇らしげに、主役的な存在感を出している。
「恵庭まちじゅう図書館」は2013年から始まった活動で、現在、市内の美容室や銀行、病院、カフェ、レストラン、スナック、ベーカリー、とうふ店、スキー場のロッジなど47軒が登録し、それぞれの店長やオーナーが「館長」となっている。
どんな種類の本をどんな風に展示するかは各館長の腕の見せどころ。並べている本は貸し出してもいいし、貸し出さなくてもいい。とくに決まったルールはないのだ。常連さんだけにこっそり貸し出すところもあるらしい。ビブリオバトルやブックトークなど、本にまつわるイベントを開くところも多い。ただ一つの共通点は、「恵庭まちじゅう図書館」と書かれたフラッグを掲げていること。
恵庭市立図書館の設立準備から、ずっと図書の仕事に携わっている教育委員会の黒氏優子さんにお話を聞いた。
「まちじゅう図書館は、恵庭市が『人とまちを育む読書条例』をつくるにあたって、市民とワークショップを行うなかで生まれた事業の一つです。
恵庭では、これまでボランティアのみなさんと一緒に地域ぐるみで読書のまちづくりを行ってきました。そこで、恵庭が本のまちであり続けるためにどんなことがしたいですか?と聞くと、一人の参加者が『私は図書館が好きだけれど、忙しくてなかなか行けない。たとえ図書館に行けなくても、自分の職場で何か貢献できることがあればぜひ参加したい』と話してくださいました」
意見を受けて、黒氏さんたちは考えた。「図書館の外」で行う図書館の活動って?
各地の事例を調べるうちに、長野県小布施町で『おぶせまちじゅう図書館』という活動が始まったことを知る。すぐに長野まで視察に飛び、担当者にいろいろ話を聞いて「これだ!」と納得。「恵庭でもやっていいですか?」とたずねると、ぜひぜひ!と言われ、そのまま頭に『恵庭』をつけてスタートした(小布施のまちじゅう図書館はその後全国に広がっている)。
これによって、市民の読書の機会が増えることはもちろん、本を介していつもと違う会話が生まれ、さらにお客さん同士にも交流が生まれ、恵庭は「本のまち」としてさらに進化を続けることとなった。
読書条例を記念してもう一つ、「図書館のなか」で行われている事業が「図書館開館24時」だ。
こちらは1年に1回、図書館ボランティアを中心とした実行委員会が主催するもので、通常20時(土・日・祝日は18時)で終わる図書館を深夜0時まで開館し、音楽会や読み聞かせ、大人の絵本講習会などが盛りだくさんのイベントである。若者を対象に好きな本を1冊ずつ持ち寄り、本の話題を通じて友だちをつくる「本de友活(ともかつ)」も開いている。この「本de友活」は、黒氏さんがボランティアと相談して生まれた企画で、第1回開催のときは「本de恋活(こいかつ)」だった。
「本の話題から恋が生まれて、ゆくゆくは図書館の庭でガーデンウェディングができたら素敵!と盛り上がって始めた企画です。でも、恋を育むには24時では足りなかったようで…。ですが、本があると男女関係なく仲良くなれるので、2回目から友活に変更しました。読書自体はとても個人的な行為に思われますが、本の中身についてや感想などを人に伝えると、うわべだけでなく、深いところでつながり合える感覚をみなさん持っていると思います。
本には、人と人を結びつける力が絶対にあります。私たちはそういう本の力を、まちづくりに生かしたいと思っています」
「恵庭まちじゅう図書館」のいくつかにおじゃましてみました。
恵庭市では、2000年から赤ちゃんに絵本をプレゼントする「ブックスタート」を行ったり、道内で初めて市内すべての小・中学校に学校司書を配置したり、高齢者や妊婦など図書館に行けない人へ本の宅配サービスを実施するなど、本に関連する事業を数多く行っている。
本のまち、読書のまちとして有名になるにつれ、図書館への視察もぐんと増えた。そこであるとき、黒氏さんはこんな質問を受けた。
「図書館は全国どこにでもありますが、なぜ恵庭市だけ、こんなにいろいろなことができるのですか?」
これまで実現してきた事業には、もちろんそれぞれに背景がある。
まちの人たちの声をたくさん聞いて、それを黒氏さんたちがしっかり受け止め、一つずつ丁寧に形にしてきたからに他ならない。でも、それらが多くの市民にスムーズに受け入れられるのはどうしてか?
たとえば、「まちじゅう図書館をやります!」といって、40を越す商店や会社が名乗りを挙げてくれるのはどうしてだろう。図書館や学校図書の活動に、400名を越すボランティアが参加してくれるのはなぜだろう。黒氏さんは、本の修理や読み聞かせ、図書館の装飾品づくりなどをしてくれるボランティアの人たちに聞いてみた。答えは予想以上にシンプルだった。
「ずっと心待ちにしていたから」
恵庭の図書活動は1952年、道立図書館の移動図書館「あけぼの号」の巡回がはじまり。その後1979年に市民会館内に図書室が設置されるが、単独の図書館計画が本格化するのは1989年になってから。「図書館基本構想」が策定され、教育委員会に図書館準備室が立ち上げられて黒氏さんも配属となる。このとき、道内の市で公立図書館がなかったのは恵庭市のみだった。それだけに、準備段階で市民フォーラムなどを開き、「どんな図書館がほしいか」といろいろな意見を集めて議論を重ねた。
「ここは、市民の意見を聞きながら完成した待望の図書館なんです。なので、1992年7月30日の開館から3日くらいで、約5万冊の書棚がスカスカになるほどでした。受付のパソコンもうまく作動しなくなるくらい一気に大勢の方が来てくださって。それと、カウンターで本をお渡ししすると、みなさんが『ありがとう』ってすごく喜んでくださっているのがわかりました」
ワークショップで集まった意見には、「だれでもボランティアできる場所にしてほしい」という要望も多かったため、開館当初から今も変わらず多くのボランティア団体がさまざまな役割を担っている。黒氏さんいわく「ボランティアのみなさんのほうが、私たちよりずっと進んだ面白い意見を出してくれます。
『これはどうしましょう?』と一つ議題を出すと、想定外の答えがたくさん返ってきて、ときどき『それはちょっと難しいんじゃ…』と思う意見もありますが、『それは無理です』と言ったことはあまりないです。そういう中から具体化した事業こそ、すごくいい結果につながるし、みなさんに楽しんでいただけると思います」
前述の「図書館開館24時」も、「夜までずっと図書館にいたい!」という声から生まれた。そのほか、「図書館に住みたい!」という希望を実現した「図書館に住んでみるツアー」や、「ピーターラビットが出てきそうな庭をつくりたい」から計画が具体化した「コミュニティガーデン事業/青空図書館事業」など。これからも、どんな「○○○したい!」が実現されるのか楽しみだ。
その後、2012年に開いたワークショップで、黒氏さんは市民からこんな意見を聞いた。
「自分は高齢でもうすぐ人生を終えるけれど、できるなら、子どもたちのために何かしたいと思う。公園に一人でいる子がいたら、一緒に遊んであげたいし、一人でご飯を食べている子がいたら食事に誘ってあげたい。そんなことを思っても、実際にできる場所はありません。へたをすると犯罪になります。でも、図書館にいけば子どもたちが『おじさん本読んで!』と言ってくれる。これがとってもうれしいんです。図書館はずっとそういう場所であってほしい」
図書館は「本が並ぶところ」であってそれだけではない。
本のうしろに、たくさんの人たちの願いや希望がある。
「それがわかっているから、私たちはもっといろいろな可能性を探し、いろいろな事業を展開したいと思っています。それから、図書館をもっと『居心地のいい空間』にすることが今の大きな課題で、まだまだやることがたくさんあります」。黒氏さんは、やさしくたくましく話してくれた。本が持っている大きな力を借りて、その力を信じるたくさんの人たちと一緒に、「本のまち」があるのだと思った。
恵庭市立図書館
北海道恵庭市恵み野西5丁目10-2
TEL:0123-37-2181
10:00〜20:00(火曜〜金曜)
10:00〜18:00(土曜・日曜・祝日)
月曜休館(祝日は開館)
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