~キノマドとキノの幸せな関係~

映画の!をまちなかで

2020年夏、札幌の商業ビルで行った屋上イベント。コロナ禍で多くの催しが中止を余儀なくされる中、風通しの良い屋外で、距離を保って安心して鑑賞できるスタイルとして注目を集めた(「キノマド」Facebookより転載)

札幌市時計台やホテルのバー、ビル屋上など、意外な場所を会場に選び、「パターソン」「横道世之介」「ラ・ラ・ランド」といった多彩な映画を上映する北海道札幌市の自主上映グループ「キノマド」。代表の田口亮(たぐち・りょう)さんは、20代から通う札幌のミニシアター「シアターキノ」から大きな刺激を受けてきたという。“自宅とも映画館とも違う映画体験”を多くの人に味わってほしいと、活動の幅を広げる田口さんの思いとは。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

それは確かに、ちょっと変わった上映会だった。場所は、街のど真ん中に位置する札幌市時計台。スクリーンや音響機材が持ち込まれた木造の2階ホールは、窓から街の灯りが少しもれ、雑踏も聞こえる。木製ベンチもちょっと固め。なんだか懐かしい、手作り感のある“映画館”の雰囲気を楽しんでいたら、「カーン カーン」と鐘の音が突然鳴り響いたのには、驚いた。
2015年4月。「キノマド」主催の「時計台シネマ」に、初めて参加した日のことだ。
当時、田口さんたちの活動は1年を迎えたばかり。その後、次々と新しい映画イベントを行う「キノマド」は、同じ街に住む映画好きの私にとって、嬉しく、頼もしい存在だった。と同時に、「その実行力はどこから?」と疑問にも思っていた。何しろ、上映会の企画・運営にはお金も労力も掛かる。バイタリティーあふれる活動を展開する田口さんに、そもそもの原点、映画との関わりから伺った。

地方のミニシアターってすごい!

田口さんは北海道苫小牧市出身。高校卒業後は、地元に近い室蘭市内の大学に進んだ。学生時代、さぞ映画をご覧になったのでは…と聞いてみたら、「実はそれほど」と意外な答え。「たまにレンタルすることもありましたが、映画といえば、昔ながらの系列館で上映されるものか、テレビで放送される作品くらいしかほとんど知りませんでした」。
そんな田口さんの目を開かせたのが、就職先の東京で体験したミニシアターブーム。『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『アモーレス・ペロス』。ヨーロッパや中東など、今まで知らなかった世界各国の映画をスクリーンで観ることのできる環境、そして作品の多様性に衝撃を受ける。週末には映画館巡りを楽しみ、数々の映画から感銘を受けたという。
ところが約5年後、26歳の田口さんは北海道へのUターン転職を決める。「自分の好きな映画を観る機会は減るだろうなぁ」と諦めていたところ、驚きの出会いが待っていた。「観たい作品がほとんど上映されている!」。そここそ、札幌の名物ミニシアター「シアターキノ」だった。

シアターキノと出会って15、6年。田口さんはボランティアを続け、現在はチラシを協力店などに配る「情宣(情報宣伝の略)」を担当する

シアターキノは市民出資によるNPO型市民映画館。田口さんはさっそくボランティアに加わり、受付などを手伝うように。さらに、代表の中島洋さんが主宰する「キノ映画講座」や特別講座「上映企画実践ゼミ」に参加し、監督と交流したり、映画の魅力を学んだりするうち、「地方のミニシアターってすごい!」との思いを深めていく。「あまりに映画業界が面白そうで」道外の映画館で2年ほど働いたこともあったが、30代半ばとなり、再び故郷・北海道で会社員となり、シアターキノのボランティアに復帰したのは2013年頃のことだった。
非営利の自主上映グループ「キノマド」を立ち上げたのは、2014年。「札幌で何かやりたくて、シアターキノのボランティアで知り合った人に声を掛けました。自主上映にも色々なタイプがありますが、僕は自分の経験から、映画に詳しくない、積極的に観ないような人に『こんな映画があるよ』と伝えたかったので、そういう客層を最初から強く意識しました」と田口さん。そこで会場に選んだのは、国の重要文化財であり、北海道の観光名所として知られる札幌市時計台。上映作品は、パリを舞台に一人の少女が騒動を繰り広げるフランス映画の傑作『地下鉄のザジ』だ。

「キノマド」は、「映画」(=キノ)と「遊牧民」(=ノマド)を掛け合わせた造語。記念すべき初回作品『地下鉄のザジ』の上映案内には「もしザジが札幌に現れていたら、きっと時計台も走り回り、鐘をガンガン鳴らしていたのでは?」の一文が。参加者を映画の世界に放り込むような、遊び心が感じられる(画像は2017年に札幌市時計台で行った上映会の様子。「キノマド」Facebookより転載)

ビル屋上がターニングポイントに

誰でも気軽に、映画の多様さ・世界の広さに触れられる場を作りたい——。田口さんのそんな思いから始まった「キノマド」は、札幌市時計台でおしゃれな映画を上映する「時計台シネマ」に続き、札幌市内のハンモックカフェで社会問題を扱ったシリアスな作品を紹介する「社会科シネマ」、札幌市資料館で札幌の劇場未公開映画を上映する「見つけるシネマ」といった企画をシリーズで展開。歴史的建造物やカフェで行うのは、映画イベントとしての敷居を低くする狙いがあるが、「上映設備の整った場所より会場費を抑えられるメリットもあります。活動を長く続けるため、とにかく赤字を生まない仕組みを考えました」と田口さんは明かす。とはいえ、宣伝方法や集客率を手探りする中、転機となったのが2016年7月に初開催した「屋上映画館」だ。
場所は、札幌都心のファッションビル・ピヴォに隣接するペンタグラムビル。隠れ家的な雰囲気が漂う3階建ての屋上を会場にしたところ、「上映作品の中身より、『屋上で何かやっている!』という関心が集まり、大学生から40代くらいのグループが参加してくれました」と振り返る。

隣のビル壁をスクリーンに見立てたが、少しグレーだったため、カラーを避け、2012年のモノクロ映画『フランシス・ハ』をチョイス。ニューヨークを舞台に、不器用ながらも前に踏み出そうとするフランシスの物語は、同じ都会に生きる若者の目にどう映ったのだろう(「キノマド」Facebookより転載)

2019年には、このイベントを知った商業ビル・札幌パルコの企画担当者から声が掛かり、コラボ企画が始動。また2018年からは、札幌駅近くのクロスホテル札幌とも連携し、ホテル内のバーなどを会場にした上映会もスタートするなど、「キノマド」の活動は着実に広がった。「どちらも理解と熱意のある現場のキーマンがいたからこそ実現しました」と田口さんは語る。

クロスホテル札幌の「CROSS CINEMA DISCOVERY」シリーズでは、『アメリ』ならクリーム・ブリュレ、『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』ならクロックムッシュと、映画に登場する料理をホテルのシェフが手作りし、味わいながら映画を楽しむというスタイルが好評(「キノマド」Facebookより転載)

札幌市東区にある雑貨・本屋「ヒシガタ文庫」を会場に、ドキュメンタリーや子ども向け短編映画なども上映した(「キノマド」Facebookより転載)

コロナ禍に見舞われた2020年は、キノマドにとっても試練の一年となった。イベントが軒並み中止となる中、ビアガーデンができなくなった札幌パルコの協力を受け、屋上でソーシャルディスタンスを保って映画を鑑賞する「パルコトップシネマ」を8月の毎週末、8日間にわたって開催。「おかげさまで全日好天に恵まれました。屋外は、寒さや騒音が集中力の妨げになることもあるのですが、今回は肌寒い日もお客様の反応が良くてほっとしました」と田口さん。ウィズコロナの時代、全国で野外での映画鑑賞イベントが増えているが、これはその先駆けだったといえる。

人工芝でソーシャルディスタンスを保つ会場デザインにした2020年の「パルコトップシネマ」。恋人・貧富・人種・親子の「距離」をテーマに選んだ『ラ・ラ・ランド』『スラムドッグ$ミリオネア』『グリーンブック』『Mommy/マミー』を、文字通り“距離を置いて一緒に鑑賞する”というユニークな試みとなった。「特に『Mommy/マミー』は若いお客さんが多くて嬉しかった」と田口さん(「キノマド」Facebookより転載)

「こういう映画もあるんだね」を広げたい

2020年はもうひとつ、田口さんにとって大きな出会いがあった。上映プロジェクト「あしたのしあたあ」だ。これは、コロナ禍でもできるエンタテインメントを模索し、道内6カ所でドライブインシアターに取り組んだ市民有志の試み。メンバーは映像や福祉、デザインなどさまざまな分野で活動する異業種9人で、田口さんも個人で加わり、作品選定や機材準備などを担当した。

5月の旭川市を皮切りに、6月江別市、8月登別市、10月には岩見沢市・札幌市・岩内町でドライブインシアターを行った「あしたのしあたあ」。田口さんが誘われたのは4月で、なんと1カ月後には始めるという異例のスピード感で実現した。札幌会場(札幌芸術の森)では『劇場版 ムーミン谷の彗星 パペット・アニメーション』を野外上映。「スピーカーではなく携帯ラジオのイヤホンで音を聞く方法だったので、無音の会場で笑い声が起こるとても不思議な感覚でした」と田口さん(「あしたのしあたあ」Facebookより転載)

「『湖で船から映画を観たい』『雲に映したら?』など、あしたのしあたあメンバーとは前向きな意見を活発に交わすことができ、非常に刺激的でした。新しく面白い挑戦として、これからも関わりたいです」と田口さん。「あしたのしあたあ」をきっかけに、「江別 蔦屋書店」と「キノマド」のコラボ上映会「映画と原作」も誕生。2021年1月23日、24日には第2弾『桐島、部活やめるってよ』の上映を計画中だ。

この6年間にキノマドが企画した上映イベントは50を超える。「回数を重ねて映画配給会社との信頼関係も生まれ、また近年は自主上映が広まったこともあり、取り引きしやすくなりました」と田口さんは話す

動画配信サービスやDVDが普及し、以前は映画館でしか観ることのできなかった往年の名作やインディペンデントな新作も、今や自宅のパソコンで視聴できるようになった。それでも、「自主上映の意義は変わらない」と田口さんは確信する。「確かにどこでも観ることができますが、だからといって、大手映画会社が宣伝するメジャー作品しか知らない人が、急にインディペンデントな映画を観るようにはならないと思います。キノマドの上映会では『こんな映画を観たことがなかった!』『こういう映画もあるんだね』という感想をいただくことがありますが、僕たちが広げたいのはまさにそれ。そうした驚きや感動を、一人でも多くの人に感じてもらえれば嬉しいです」。

「キノマド」で映画の新しい一面に触れた人が、たとえばスマホで検索した時、そこには限りなく多彩な世界が広がっていることを知るだろう。もしかしたら、シアターキノに足を踏み入れ、ミニシアターで映画を観る喜びを体感するかもしれない。広くて深い映画の世界へと導く入口のひとつを、キノマドはしっかりと担っている。

チラシを置かせてくれたり、人を紹介してくれるなど、応援してくれる人たちがいるからこそ続けてこられたと田口さんは振り返る

田口さんの取材後、シアターキノの中島さんにお会いしたところ、「僕らも最初は自主上映をしていて、『札幌で足りないものは何か』と考えた結果、自分たちの役割としてミニシアターを始めました。田口君も自分の好きなやり方を見つけ、新しい手法を獲得していて面白い。多くの人が色々なことをやることが、札幌の文化のために良いと思います」と話していた。
振り返れば「シアターキノ」の前身は、中島さんが1986年に設立した映像ギャラリー「イメージガレリオ」。1992年に現在のミニシアターへと変転したのは、札幌の名画座や個性的なミニシアターがどんどん閉館する状況を憂いてのことだった。以来、札幌の文化を守り続け、シアターキノは2022年で30年。「とはいえ、いまだに札幌の劇場公開数は東京の半分程度。田口君にはさまざまな企画上映にプラスして、次の世代を育てる場を作ってほしい。そうすれば、また新しいデジタルな手法が生まれる可能性があります」と中島さんはエールを送っていた。
「多様性と可能性の2つが大切」「映画館は一見華やかに感じるけれど、実は農業のようにコツコツと地道なもの」という中島さんの言葉を、田口さんは常に意識しているという。どんな時代になろうとも、豊かさを支えるのは、こうして受け継がれていく人の思いにほかならない。シアターキノをはじめ、たくさんのミニシアターが脈々と築いてきた“水脈”の先に、キノマドという“メム”がこんこんと湧き出ているこの町が、ますます好きになった。

キノマド
WEBサイト 

シアターキノ
北海道札幌市中央区狸小路6丁目南3条グランドビル2F
TEL:011-231-9355
WEBサイト 

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