「もっと釧路に笑いを」。クスろがまちの見方を変える

市民団体「クスろ」は、創設メンバー2名の同級生や知り合いなどで結成。全員釧路市出身で、東京など釧路以外に在住のメンバーもいる。今年から新たなメンバーを追加して新体制となった (写真提供:クスろ)

真面目にふざける。それがクスろのモットーだ。まちづくりや市民活動というと、ちょっとおカタく感じてしまうが、クスろには当てはまらない。釧路のまちに山積する課題に、今までにないユニークな目線で向き合う彼らは、一体何者なのだろう?
柴田美幸-text 黒瀬ミチオ-photo

ユーモアで釧路のまちを「再編集」する

「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」
このフレーズで有名な室生犀星の詩は、望郷の思いではなく、故郷に抱いていた複雑な心境をあらわしているという。故郷とは、懐かしさや温かさ以上に、モヤモヤした思いや苦々しい記憶が渦巻く場所でもある。結果として故郷から離れることを選択する人もいるだろう。
しかし、心底嫌いになったわけでなく、それなりの愛着はある。だから、自分が生まれ育ったまちに感じる物足りなさやいら立ちを、ユーモアで魅力に変えていきたい。釧路市に拠点を置く市民団体「クスろ」は、そんな思いから結成された。ユニークなネーミングはもちろん「くしろ」のもじり。クスッと笑えるという意味ととともに、面白さという視点から釧路を捉えたときに見えてくる、もうひとつのまちの姿をあらわしている。
「霧が多くて薄暗く、中心部もシャッター街になって、とくになにもないまち、というような釧路の印象をなんとか変えたいと思いました」
こう話すのは、創設メンバーの名塚(なづか)ちひろさんだ。2013年、東京在住だった名塚さんと、高校の同級生で札幌から釧路へUターンした夏堀(なつぼり)めぐみさんとのあいだで、「クスろ」の構想は立ち上がった。「釧路はもともと市民活動の盛んな土地ですが、従来のまちづくりや地域活性化といった直球の活動とは違う、自分たちが興味あることで釧路をなんとかしたいと。『ないなら自分たちで作っちゃえ!』って話になったんです」。そして2014年、活動がスタートした。

「クスろ」創設メンバーの名塚ちひろさん。本業はデザイナー。2016年に釧路へ戻り、クスろの活動で広がった人のつながりをまちに還元する場所として、釧路市阿寒町で「ゲストハウス コケコッコー」をオープンした

高校時代、釧路のまちに特別な感情を抱いていたわけではなく、どちらかというと好きじゃなかったという名塚さんだが、離れて初めて釧路の“面白さ”に気づく。それは独特の文化やセンスのようなものだ。
「たとえば、何年か前まで駅舎に946というショッピングセンターの大きな看板がついていたんですが、自分にはそれがもう恥ずかしくて。946でくしろ、なんていうセンスはありえないと当時は思っていた(笑)。でも、これってもしかして面白いんじゃないかと、看板をモチーフにしたキーホルダーを作ることにしました。ほかにも“釧路らしい”と自分たちが思うものをピックアップし、『クスろのおふざけキーホルダープロジェクト』としてクラウドファンディングで制作費を募ったところ、46時間で目標金額を達成。支援してくれたSNSのフォロワーには釧路に行ったことはないけれどクスろは知っている、という人もいて、新しい広がりを感じました」

「クスろのおふざけキーホルダープロジェクト」で制作したキーホルダー。946の看板をキャップにしてかぶる「946 B-BOY」や、砂糖をまぶしたフレンチドッグなど、元ネタを知っているとちょっと笑ってしまうデザインばかり。ラバー製なのも、“釧路ラバー”に掛けているという念の入れようだ

そして昨年、とうとう禁断の「946キャップ」を作成してしまった。実際の看板は老朽化のため2017年に撤去されているので、今や貴重かも? (写真提供:クスろ)

おふざけ、という言葉はネガティブに聞こえるかもしれないが、決して特定のなにかを傷つけたり攻撃するような意図はない。リスペクトの心を持ってネタにするのが、クスろのポリシーである。
釧路に限らず、外に向かってまちのプロモーションをするときは、どうしてもステキにカッコよく見せがちだ。しかし、実際に訪れた人はギャップを感じるはずだと名塚さんは言う。「良く見せるとか新名物を作るとかではなく、今まで見向きもされていなかったものに面白さを見つけたり、釧路を知っている人があるある!と思えるものを取り上げることで、“まちの再編集”をしたいんです。そういう意味で、キーホルダーはクスろがやりたかったことが実現できた最も良い例になりました」。
第2弾で作成した、釧路の老舗蕎麦店・東家(あずまや)総本店 竹老園のオリジナルメニュー「無量寿(むりょうじゅ)」のキーホルダーは、思いがけないムーブメントを起こした。名物の「そば寿司」はメディアにもよく取り上げられるが、そばをごま油で和えた「無量寿」は、地元の人にさえあまり知られていない日陰の存在。しかし、クスろメンバーの「好き」の一言でキーホルダー化したところ、たちまち人気メニューに昇格した。今年になって大手コンビニでも商品化されるなど、もうひとつの名物への道を歩んでいる。

 

身近にあって気づいていない“釧路らしさ”

無量寿をこよなく愛するのは、2015年に加入した須藤か志こ(かしこ)さんだ。須藤さんも釧路への複雑な思いを抱えていたひとりである。クスろの活動を知ってメンバーとなり、進学で釧路から離れていたが、思い悩んだ末に戻った。「故郷だから釧路に仕方なく住んでいる、というのではなく、選んで住む場所にしたい。釧路での暮らしに満足している人が増えることが理想です」と話す。

2019年から「クスろ」代表を務める須藤か志こ(かしこ)さん。10代のころから地域活動に関心があり、自らクスろにアピールしてメンバーになった。函館の大学生時代には、クスろの活動のために頻繁に釧路へ帰っていたという

その取り組み…と言って良いのかわからないが、クスろでは釧路のまちをイジり倒す、という試みを行った。2020年、道東に根を下ろしている人たちを中心に制作されたガイドブック「.doto(ドット道東)」に参加し、「イッツマイ946」というページを作成。近年問題になっているシャッター街や、「じり」と呼ばれる陰鬱な濃い霧など、地元の人が疎ましく思っていたり、当たり前すぎて気にも留めていない“釧路あるある”を、斜め上から面白く紹介した。「まちの課題として深刻な部分もありますが、楽しさが見えなくならないよう気をつけています。シャッター街についても落ち込むのではなく発想を変えてみる。たとえば、まち一番のマッチョでもなかなかシャッターが開けられないのでアイデアマンが必要です、とか(笑)。マイナスの面も『イジり甲斐がある』と思って、楽しんで暮らす人を増やしたいんです」。

海上から霧が釧路のまちに迫ってくる。晴れていたのにあっという間に霧に覆われ、船の霧笛が鳴り響いた

クスろでは今、釧路では昔からメジャーだけれど、ほかでは知られていない食べ物を「ロングヒット・フード」と名付けて紹介する書籍の企画に取り組んでいる。その際に大きな力となっているのが20代の新メンバーだ。初期からのメンバーは知り合い同士が中心だが、外からの目線で釧路を見ることができる若い世代を増やそうと、今年初めに新メンバーを広く募集した。釧路在住者や出身者だけでなく、釧路とまちづくりに興味を持つ人も全国からリモートで企画に参加している。
名塚さんと須藤さんによると、「自分たちでも気づかなかった釧路のナゾの部分を指摘してくれるので、クスろらしさが増した」とか。対象は、釧路では主流のだんごの形や、給食の独特すぎるメニューなど、名物にはなり得ない食べ物ばかりだ。しかし深掘りすると、意外な歴史があることもわかってきた。「小中学校に招かれて話をするとき、子どもたちに釧路らしいものを聞くと、観光でPRしているのと同じ湿原、夕日、海の幸などが挙がります。でも、ささいな食ベ物ひとつにも釧路の歴史や風土が詰まっている。地域教育としても、身近にある“釧路らしさ”に気づくきっかけになればと考えています」。

名塚さんと須藤さんは、歳は離れているが同じ大学の出身で、同じ学科、同じ教授のもとで学んだ。「名塚さんに憧れて同じ大学に…って言っておいたほうがいいのかな(笑) いや本当です!」

 

まちはそんなに早く変わらない

それは、人についても同じことが言えるだろう。クスろでは、知る人ぞ知る釧路の魅力的な人たちを発掘してきた。クスろ人と名付けてウェブとフリーペーパーで紹介し、クスろ人に会いに行くツアーやイベントも開催。こうした地道な活動をベースに、クスろの一風変わった取り組みは市民に受け入れられてきた。

「釧路のまちが好き」「ビジョンがある」「仕事に誇りを持っている」というクスろ人を紹介したフリーペーパー「ひとめぐり帖」

「ひと」めぐりツアーは、クスろ人に会うことで釧路のまちの魅力を知ってもらおうと企画した(写真提供:クスろ)

課題があるとすれば、市に登録して活動している団体ではないこともあり、名塚さんいわく市民活動としては知られているが、法人格がないため軽く見られがちという点だろうか。しかし、だからこそ自由に動くことができる。「私たちはまちづくりをする人やプロジェクトを増やしたいわけではありません。7年ほどの活動の中で一番感じたのは、まちはそんなに早く変わらないということ。でもこの先、釧路が楽しく面白く暮らせる“クスろ市”になるよう、ムーブメントを起こしていきたい」。
まちを好きであることは、手放しでまちを素晴らしいと思うことではないだろう。故郷であるならなおさら、嫌いなところや認めたくない面が目につく。しかし、それこそがまちの特徴であり“まちらしさ”の理由になっているのではないか。そのような部分を面白がりながら、ときに真面目に、まちの見方を変えて再編集していくことが必要ではないか。クスろはそう問いかけ続けている。

 

十勝に暮らすクスろメンバー

ここで話は十勝へと移る。
今年の夏、釧路のとなりの地域にあたる、十勝地方の浦幌町に「ハハハホステル」というゲストハウスが誕生した。オーナーの小松輝(ひかる)さんは、浦幌町で一次産業と地域を結びつけた新たな観光の形を提案する旅行会社を運営している。
農業体験などのツアーを実施するなかで、宿泊事業も必要と感じ、ゲストハウスをオープン。“着地型観光”と名付けて、滞在しながら地域を楽しむプランを揃えている。
ちなみに、小松さんはクスろとは関係がない。「僕は徳島出身ですが、浦幌町の教育システム・うらほろスタイルの、『若者しごと創造事業』の地域おこし協力隊として活動していました」と言うように、浦幌町の取り組みに賛同し、まちづくりの一端を担う事業を自ら立ち上げた。(浦幌町の取り組みについては、こちらの記事を参照)

十勝総合振興局森林室の職員寮だった建物を、浦幌町民の方々とともにリノベーションした。ハの字に貼られた正面の飾り木が宿名の由来。客室はすべて個室だ

オーナーの小松輝(ひかる)さんと息子の新(あらた)君。地元・徳島の一次産業の衰退を目の当たりにし、一次産業と地域をつなぐことに関心があった小松さんは、学生時代から浦幌町を訪れ、地域おこし協力隊として活動ののち町内で起業した

春からスタッフとなった工藤安理沙(ありさ)さんは、釧路市出身。彼女が新たに加わったクスろのメンバーである。東京での学生時代からクスろの活動に注目していたそうだ。「実は、釧路があまり好きじゃなかったんです。でも、クスろのみなさんがとても面白いことをしているのを見て刺激を受け、地域活動に興味を持ちメンバーになりました。東京で働いていたのですが、やっぱり帰って地域に関わることをしたいと思っていたとき、道東のイベントで知り合った小松さんからゲストハウスのスタッフの話をいただいて、今にいたります」。

「ハハハホステル」スタッフで、「クスろ」メンバーの工藤安理沙(ありさ)さん。クスろではSNSでの発信など広報担当を務める

釧路と浦幌ではまちの成り立ちも規模も異なるが、人口減少が著しく選択肢も限られる環境で、若い世代がまちに居場所や価値を見つけにくくなっているという点では共通している。釧路のみならず道東という広いエリアの中に、クスろイズムのようなものを持つ人が広がっていけば、面白いことになるかもしれない。
さらに、それは釧路や道東だけの話ではなく、ほかの多くのまちが抱える課題でもある。クスろの目線で眺めれば、どんなまちも魅力あふれるワンダーランドになり得る。そんな楽しい可能性を感じるのだ。

クスろ
WEBサイト 

ゲストハウス コケコッコー(名塚ちひろ
北海道釧路市阿寒町新町2-4-33
TEL:090-6442-2433 (予約・お問い合わせ専用)
WEBサイト 

ハハハホステル
北海道十勝郡浦幌町幸町70番2
TEL:070-8415-8885(予約専用)
WEBサイト 

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