学び舎を、まちと人をつなぐ拠点に。浦幌町「TOKOMURO Lab」の試み

TOKOMURO Labの廊下の窓には、旧常室小学校の校歌を英訳とともに綴り、窓外の景色を取り込んだアート作品がある。手掛けたのは、浦幌町地域おこし協力隊でアーティストの鹿戸(しかと)麻衣子さん

一次産業が中心の小さなまちにとって、過疎化は大きな問題だ。そんななかで浦幌町は、教育を基盤としたユニークな事業を次々と立ち上げ、若者の起業や協同企業の設立へとつなげている。その拠点が「TOKOMURO Lab(トコムロ ラボ)」という一風変わった施設だ。
柴田美幸-text 黒瀬ミチオ-photo

まちの歴史の要衝につくられた、仕事を生み出す拠点

十勝エリアの東端、釧路エリアとの境目にあるまち・浦幌町。南は太平洋に面し、内陸部には農地と、カラマツやトドマツ、ナラなどの豊かな森林が広がる。十勝のなかでは少し地味な存在かもしれないが、農業・林業・漁業とおもな一次産業がすべて揃っている類まれな地だ。しかし、ほかの多くの町村と同じように、少子化や離農などによる人口減少が著しく過疎化が進んでいる。2005年には小学校と中学校の統合がおこなわれ、長い歴史を持つ学校が姿を消した。
今回訪れた「TOKOMURO Lab(トコムロ ラボ)」は、このとき廃校となった常室(とこむろ)小学校の校舎を活動拠点としている。市街地から浦幌川を北上するように車で約10分、農地と森が広がるのどかな地区に出る。常室川を越えてまもなく左手に見えてくる横長の建物が、旧常室小学校だ。

校門には学校名でなく「TOKOMURO Lab」のプレートがつけられているが、校舎の校章はそのまま。校門から玄関まわりは「トコムロれきしの扉」と名付けられた空間で、学校の歴史を展示する。常室小学校は1898(明治31)年、ある僧侶によって開かれた寺子屋式の私塾を前身に100年以上続いた。それを象徴するように、校門には「浦幌町教育発祥の地」の碑がある。

常室地区は、農林業を主に、大正時代に開山した浦幌炭鉱への道の入り口としても栄えた。道には炭鉱から浦幌駅まで馬車鉄道が伸び、石炭が運ばれていたという。開拓期から炭鉱の盛衰、そして現在にいたる、まちと教育の変遷が凝縮された要衝に常室小学校はあった。

TOKOMURO Labが、こうした場所につくられたのには意味があるだろう。浦幌町では、2007年から「うらほろスタイル」という独自の教育システムに取り組んできた。これは、官民協働で子どもたちが地元の魅力や価値を自ら発見できるまちづくりを目指す、というもの。「地域への愛着を育む事業」を皮切りに、これまで5つの事業を立ち上げている。
そのうち「若者のしごと創造事業」は、まちの将来を担う若者の流出が深刻化したことを受けて立ち上がった。2010年に町唯一の浦幌高校が閉校し、高校は町外へ行くしかなくなった。進学でまちを離れるケースが増えたことに加えて就職先や仕事が少なく、まちへの愛着はあっても定住は難しい、という声が多く聞かれるようになったのである。一度まちを離れても戻ってこられる環境をつくろうと、事業の中から生まれたプロジェクトが「うらほろ起業創業ラボ」、のちのTOKOMURO Labだ。

2016年の「うらほろ起業創業ラボ」立ち上げのころ。町内の方々にも呼びかけ、ボランティアで壁塗りをしていただいた

近くの常室川から子どもたちが拾ってきた石を活用しベンチを制作。現在カフェで使用されている

「うらほろスタイルが始まって約10年が経った2016年、『うらほろ起業創業ラボ』としてスタートしました。そのときに、起業や雇用につながる拠点としてここもオープンしました」。そう説明してくれるのは、浦幌町地域おこし協力隊の青木詔子(しょうこ)さんだ。2018年、官民協働で「常室ラボ運営委員会」が設立されて単独の事業となり、起業や雇用に関する企画・運営を独自に行っている。
地域おこし協力隊は、青木さんを含め現在2名が「常室ラボ担当」に着任している。

 

まちの人によって変化し続ける、気づきの場

ところで、TOKOMURO Lab(以下ラボ)では、具体的になにが行なわれているのだろう?
建物に入ると、教室をリノベーションしたコワーキングスペースやフリースペースなど、“仕事の場”が整えられている。そうかと思うと子どもが遊べる部屋があり、長い廊下を利用した図書コーナーや、窓にはアートが。おしゃれなカフェも併設され、一番奥には地元企業が入居している。一見すると、ちょっと捉えどころがない感じだ。
「当初は、サテライトオフィスなど仕事場の提供を目的としていましたが、まちの人たちから『クラフト作品のワークショップをしたい』『発表会をしたい』などの要望が寄せられるようになり、まちの人たちがやりたいことを形にできる場所へと少しずつシフトしていきました」と青木さん。今は“つくろう、これからのわたし”というコンセプトのもと、まちの人が、なにかにチャレンジしやすい環境ができつつあるという。


まっすぐのびる廊下は「きづきのろうか」(上)/左側に教室が並び、それぞれのスペースになっている(下)

農家から譲り受けた野菜コンテナの上に浦幌産の木板を載せて図書コーナーに。まちの人が作ったカゴには大樹町の選書家がテーマごとにセレクトした本が入っている。カゴごと持ち出して好きな場所で読んでOK

「たべて・やすらぐ部屋」のTOKOMURO Cafeは、浦幌の食材を使用したメニューが人気。元地域おこし協力隊の三村直輝さんが会社を立ち上げ運営している。ラボには食材を提供している地元の農家や漁師の方々が、話をしによく訪れる

町外や道外の人たちで構成される地域おこし協力隊は、まちの人たちにとって、なにかを気づかせてくれる存在になっているようだ。「たとえば、浦幌の食材はとてもポテンシャルが高いのに、地元の人はあまり気にしていないようです。東京から料理人を招いて、浦幌産野菜の良さを生かしたエスニック料理をカフェで提供したり、コロナ禍になってから昨年の冬まで地産地消プロジェクトとして、オリジナルのお弁当『ラボ弁』を月1回程度販売しました。町内の生産者や浦幌出身の若手料理人にも協力してもらうなど、地元食材の魅力に気づいてほしいという思いから始めたことです」。

浦幌出身の若手料理人とコラボしたラボ弁「コラボ弁」づくりのようす

常室地区の奥にあたる上浦幌地区限定で販売したラボ弁「コラボ弁」。上浦幌地区の農家の味噌や食品加工会社のふりかけに、浦幌で採れた野菜などを使用

ラボ弁は毎回約100食が出るほど大好評。これをきっかけに、今までラボと関わりのなかった人も興味・関心を寄せ、交流が生まれるようになった。同時に、町内の飲食店の客を奪うことにつながるのでは、と少々批判的な意見があったのも事実だ。「ここでどのような活動を行っているのか、まだ知られていない部分があると痛感しました。一度ラボを訪れてもらうまでのハードルは思っているより高いのかもしれないけれど、一人でも知ってもらえる人を増やしていきたい」と、青木さんは前を向く。

 

外からも、まちとつながれる場所をつくる

ラボの立ち上げ時から取り組んでいるコンテンツに「ラーニングジャーニー」がある。おもに道外の学生や社会人、海外留学生を対象とした地域滞在型研修のことで、まちの人との交流や体験を通じて自分の価値観を見つめ直すというもの。農家や林業関係者、移住者たちが“観光人”となり、さまざまなプログラムを行う。とくに、まちの基幹産業である一次産業に触れることで多様な価値観に気づき、まちの人から学ぶことを目的とする。まちの人にとっては、広い地域の人たちと出会い、交流する機会としてある。

木材加工会社「道東ラーチ」では外国人留学生がお箸作りを体験。林業会社「北村林業」では道外の学生が現場の見学を行った

青木さんは言う。「まちの人は子どもたちに、まちの外に出ることも大事だ、外に出ないとわからないことがある、と言います。たとえ定住しなくてもまちとのつながりがあればいい、という考えです。それは私たち地域おこし協力隊に対しても同じ。絶対まちに戻ってきなさい!と考えているのではなく、まちとつながれる場所が用意されていることこそ、重要なんです」。

ラーニングジャーニーをきっかけに浦幌町に来た青木詔子さんは、地域おこし協力隊として最後の年である3年目を迎えた。今後、町内で起業する予定だという

ラボに入居する地元企業は、まちと外がつながって生まれた。地元の林業会社と東京の企業に勤めている人との協同で2018年に設立された木材加工会社「BATON+(バトンプラス)」もそのひとつ。浦幌産の木材の価値を高めることを目的に、オーダーメイドで木工製品を制作している。設計・デザインから加工まで手掛ける木工芸家の鴻野祐(こうの ゆう)さんは神奈川県出身。2019年から地域おこし協力隊の「林業担い手担当」として活動する。「このまちの人は新しいことに積極的だと感じる」と話してくれた。

鴻野祐さんは、林業と木材産業大国であるフィンランド・アアルト大学のウッドプログラムに参加し、浦幌に移住。「浦幌はフィンランドと扱う木材が似ている。材料にアクセスしやすいのもいいところです」

町の花・ハマナスのコスメを開発し、販売会社を町内で起業したのも道外からの元協力隊員だ。うらほろスタイルの「子どもの想い実現事業」で、中学生から寄せられたハマナスを活用するアイデアをもとに、「若者のしごと創造事業」で町民のヒアリングなどを経て商品化した。ラボの一室に設けられた作業場には、町内の農園で収穫した大量の花びらが入った冷凍庫と、エキスを抽出する蒸留器が鎮座している。浦幌生まれのコスメは道内外の催事で販売することで話題になり、浦幌町のPRツールの役割も果たす。今後、このような企業が雇用や新たな仕事を生むきっかけになっていくのかもしれない。

ハマナスのオーガニックコスメブランド「rosa rugosa(ロサ・ルゴサ)」。今や必須アイテムのハンドクリームや、ローションなどラインナップも豊富。ラボでも販売している

TOKOMURO Labの紹介文には「あたらしい交流型施設(テーマパーク)」「のびやかな田舎のテーマパーク」とある。テーマパークというとレジャー施設を思い浮かべるが、ここでは地域の大人や子ども、そして外からやってくる人々がお互いに学び、なにかに気づき、つながりあって新たな価値を生み出す場所という意味がある。まちの子どもたちは、ここで大人たちが遊ぶように生き生きと活動する姿を見て育つ。そうした子どもたちにとって、まちで夢を実現させることがステータスになっていく可能性を感じる。

ラボには、学校当時のまま残されている空間がある。ひとつは教室をそのまま生かしたフリースペース「しり・まなぶ部屋」、もうひとつは体育館だ。ステージ横には、常室小学校の校歌が掲げられている。その歌詞が、TOKOMURO Labが目指す先を指し示しているように思えた。

 樹氷のかおる 丸山に  あしたの夢を えがきつつ  いそしみつどう 窓はるか
 北斗の星は かがやくよ  知恵をつみ 和をつなぐ  光あり 常室校

TOKOMURO Lab
北海道十勝郡浦幌町字常室51-1
TEL:015-578-7580
営業日:ラボ(木〜月)10:00〜17:00、カフェ(土・日のみ)11:30〜17:00(L.O.16:30)
定休日:火・水曜
WEBサイト

特定非営利活動法人うらほろスタイルサポート
北海道十勝郡浦幌町字本町16-1 うらほろスタイル複合施設FUTABA内
TEL:015-576-5761
WEBサイト

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