「シラカバに魅せられて」というコラムを、旭川デザインセンターのニュースレターに寄稿したのは2020年のこと。シラカバを「市の木」とする北海道・帯広育ちの私にはありふれた樹木だったが、2013年のアニメーション映画「アナと雪の女王」では美しく神秘的に描かれ、モデル地・ノルウェーなど北欧のシラカバ文化を知ったことで魅力を再発見した体験を綴った。その後も雑貨や器を集め、最近はサウナに欠かせないアロマやヴィヒタ(シラカバの若枝を束ねたもの)を通してシラカバを楽しむ私にとって、一般社団法人「白樺プロジェクト」の取材は念願といえた。いざ伺うと、メンバーの口から語られたのは、もっと視野が広く、長い時間軸の話。森と人の、過去と未来を見つめる物語だった。まずは「白樺プロジェクト」代表、鳥羽山聡さんの体験談を。
「シラカバで家具を作りませんか、と言われた時は、お客さんを騙していることにならないかな…と、正直思いました」。そう振り返るのは、「白樺プロジェクト」代表理事を務める鳥羽山聡さん。
「白樺プロジェクト」の始まりは2014年ごろ、北海道立総合研究機構森林研究本部・林産試験場(旭川)の秋津裕志さんが、シラカバを研究対象としたのがきっかけ。ここは、北海道の林産物利用に関する研究開発・技術支援を行う機関。シラカバを選んだのは、道内に自生する広葉樹の中でも資源が豊富だからだが、他の広葉樹に比べて寿命が短く(ミズナラ約500~1000年、シラカバ約80~100年)、幹も細いシラカバは、伐採されてもほとんどが製紙用チップ材として使われていた。ところが調べてみると、幹の密度は意外と高く、家具材として人気のサクラやクルミと同等の強度と判明。旭川の隣町・東川町で「木と暮らしの工房」を営む鳥羽山さんに声が掛かったのは、2016年のことだった。
材質が軟らかいというイメージもあり、最初の反応は鈍かった鳥羽山さん。それでも引き受けた理由を聞くと、「藁をもつかむ感じだったかもしれません」と、当時の率直な心境を明かしてくれた。
というのも、家具の再生・製造を行う工房を2002年に立ち上げた鳥羽山さんにとって、長年の課題が「どんな木を使うか」。当時はナラ材をメインとしていたが、「これぞ!」という確信を抱けず、色々な樹種を試す日々だったという。そうした中、考えもしなかったシラカバを提案され、「半信半疑ながら作ってみた」のが、学習机。「天板は別の木でデザイン的に中途半端だったこともあり、バイヤーに見向きもされませんでした」というが、思ったより加工に手応えを感じたことから、2018年の「白樺プロジェクト」発足に賛同する。秋津さんの研究成果を踏まえ、シラカバの可能性をもう少し追求したいと考えた林業関係者や学者ら10人の集まりだった。
当初はシラカバ家具の売り方に悩んでいた鳥羽山さんに、転機が訪れたのは翌2019年。置戸町のかご作家・谷幸子さんからシラカバに関する海外の文献を見せてもらい、「シラカバの活用は、私たちがたまたま考えたことではなく、世界の北方圏で昔から行われていたことだと知り、精神的なつながりを感じて、のめり込むようになりました」と振り返る。
置戸町でシラカバ樹皮の器を販売したことのある関係者から「本当は、シラカバは一本丸ごと使える」と聞いたことも、視野を広げるきっかけとなった。
実際、美深では樹液を使った飲料水、旭川ではシラカバの焼却灰の釉薬を使った陶芸作品、置戸や美瑛では樹皮のクラフトかご…といったように、シラカバから新しいモノを生み出す動きが、道内各地で生まれていた。こうした取り組みを結び、樹の全てを使えるシラカバを「北海道の持続可能な恵み」として捉え直す。そんな「白樺プロジェクト」の方向性が固まっていったのだった。
旭川で「papa's design」という広告デザイン事務所を営む田中定文さんが「白樺プロジェクト」の仲間に加わったのは、鳥羽山さんが置戸町から戻ってまもなくのこと。
もともとスキーやカヌーなどアクティビティに親しみ、「自然をベースにデザイナーとして成り立ちたい」と、ログハウスを自宅兼事務所にする田中さん。「過度に人が手を加えなくても早く育つシラカバは、森になるべく負担をかけずに恵みをもらい続けられる貴重な資源」という考え方に深く共感し、「シラカバの役割を伝えられたら素晴らしい」と、情報のまとめ役を担うことに。40年以上続けるグラフィックデザインの腕を発揮したパンフレットは、どれも分かりやすく、美しく、読んでいて楽しい。
旭川家具やクラフトの総合ショップ・旭川デザインセンター2階に2019年6月に設けられた常設ブースの空間デザインも田中さんが担当した。今や「白樺プロジェクト」を象徴する発信拠点だが、展示協力者を探しながらの準備期間中は「シラカバでブースを作っても白くてつまらない空間になるのでは…」(鳥羽山さん)という懸念もあったそう。それでも、完成してみると「驚くほど北海道らしい空間に仕上がり、反響も大きかった」と鳥羽山さん。「『森から始まる。』という理念をこのブースで表現できたことが成果の一つです」と田中さんも語る通り、「プロジェクトとして自信がつき、活動のクオリティーも高まった」(鳥羽山さん)と効果は絶大だった。
ブースのデザインに当たり、田中さんがこだわったのは、シラカバの無垢材を床に使うこと。当てがあるわけではなかったが、探してみると、道産広葉樹でフローリング材を生産する知内町の会社「ウッドファミリー」につながったことも、嬉しい驚きだった。「シラカバに特化した常設展示ができたことで、自然と情報が集まり、活動も加速化したといえます」と鳥羽山さんは分析する。
「白樺プロジェクト」が掲げるのは、「シラカバを北海道の持続可能な地域資源として再評価し、森林と生活者を結び、産業・文化として根付かせる」こと。実現に向けた活動の一つが、幌加内町の北海道大学雨龍研究林を中心とした森林ツアーだ。
2020年から始めたため、コロナやクマ問題などで広く一般に周知することがままならない中、北大生や自治体、林業関係者らを対象にした年間行事として定着。また、ハーブティー用の若葉や樹皮採集、樹皮クラフト作りのワークショップなど、「木一本丸ごと使える」というシラカバの恵みを体験する場も提供している。
シラカバへの理解と関心の高まりから、シラカバ材に特化した家具・建具の注文も増えてきた。2022年10月、東川町にオープンした「andon」は、旭川家具の3工房によるオリジナルルームを用意したコンドミニアム。3部屋あるうちの1部屋が、鳥羽山さんの主宰する「木と暮らしの工房」が手掛けたシラカバルームだ。
玄関からキッチン、リビングとシラカバ材で埋め尽くされたシラカバルームで、鳥羽山さんにシラカバの好きなところを改めて聞いてみた。すると返ってきた答えは、「無理をしていない豊かさ」。
聞けば、鳥羽山さんは静岡県出身。小さい頃住んでいた茅葺屋根の家は、身近な材料で作られ、何百年もの間風土によく溶け込んでいたという。「シラカバは特に優良な木というわけではありませんが、北海道ではとても身近な木で、生活道具として使う分には十分。寿命も人間の一生のサイクルに近く、人の手で育てやすい数少ない広葉樹です」と説明する。
数年前までは安価なチップ材にしかならないと思われていたシラカバが、高付加価値の多種多様なモノを生み出すことは、ここ数年で浸透してきた。「ずーっと、使う。ずーっと、育てる。」をキャッチフレーズにする「白樺プロジェクト」が次に目指すのは、育成。だがそれは、シラカバに限った話ではないという。「私たちの活動は、シラカバに特化しているように感じるかもしれませんが、シラカバを含む広葉樹を利用することについての、社会的な合意形成にあります」と鳥羽山さんは語る。
そもそも北海道には、広葉樹と針葉樹が程よく混ざる豊かな森が広がっていた。ところが、戦中・戦後の過度な伐採で良質な広葉樹は激減。さらに、針葉樹が大量に植えられ、本来の姿を大きく変えられてしまった。2000年代に入り、国有林・道有林が天然林施業(経営)を行わない方針をとり、外国産材を輸入したため天然林は回復傾向にあるものの、広葉樹の多くは100~200年かけて成長するため、資源の持続性を回復させるためには、まだまだ時間が必要だという。
こうした現状を踏まえ、「約50年で使えるシラカバを育て、利用し続けながら、ナラやタモなど他の広葉樹の成長を待とうよ」というのが、「白樺プロジェクト」の思いだという。
シラカバ育成に関して、「白樺プロジェクト」が注目するのが、「天然更新」という森づくりの手法だ。
これは、人工に植えるのではなく、自然に生えてきた木に、人の手を少しかけることで育ちをよくするというもの。すべての木を伐った皆伐地やササ地の表土を、ブルドーザーなどの重機で取り除く作業「かき起こし」で種子の発芽や成長を促すのもその一環で、北海道大学の研究林で40年間にわたって行われてきた研究や道内の自治体に協力を呼び掛けながら、より良い試験林を広げていくことにも着手している。
「シラカバを使うことは一つの手であって、絶対ではありません。森を利用することについて、消費者の皆さんと一緒に考えたいんです」という鳥羽山さんの言葉に、田中さんは頷き、こう続けた。「たとえば家を建てる際、『フローリングは全部ナラに!』とナラ材を無理やり集めるのではなく、『今ある木を使っていただければ』『森にダメージを与えない工務店にお願いしたい』という意識がユーザーに生まれたら。食や農業、海洋汚染の問題と同じように、森を人が利用する住環境についても、もう少し思いを巡らせられると思うんです」。
10年来のシラカバ好きとはいえ、確かにそこまで深く考え、行動してこなかった。そう漏らした私に、鳥羽山さんはこう話してくれた。
「森を大事にしなくてはいけないことは誰もが分かっている。ただ、林業の現場は見えにくく、サイクルも非常に長い。今取り組むシラカバ研究の成果が出るのも50年先です。だから、白樺プロジェクトは50年続く活動にしなければなりませんし、そのために『人』を育成することも重要だと思っています」
取材中に飛び出した「(シラカバを」一時的なブームにしたくない」「トレンドだけで終わらせない」という言葉に、喜々としてシラカバのイヤリングを身に付けていた私はドキッとしたけれど、今、こうして原稿をまとめながら、改めて思う。
「森から始まる」物語を、私も受け継ぎたい。
なかなか木を切らない木こりがいる。
白樺を愛し育てる学者がいる。
その価値を膨らまそうとする研究者。
樹液の素晴らしさを見出した人たち。
樹齢の満ちた木から皮を採り、籠を編む。
その幹を頂き、暮らしの道具を作る。
「白樺プロジェクト」の紹介文を、たとえばこんな風に続けてもらえるように。
「そんなたくさんの工夫と情熱に触れ、シラカバの恵みに感謝しながら、豊かな未来の森を夢見る北海道の消費者がいる」。
白樺プロジェクト
WEBサイト
コンドミニアム「andon」
北海道東川町東町3丁目2-14
TEL:090-9510-4813
WEBサイト