「存在すること自体が奇跡」「想像を絶するインパクト」。その店を初めて訪れた人は、誰もが心ざわめき、少し興奮気味になる。こんな崖の上にあるのはなぜ? 55年も続けてこられたのは? 気になって、気になって、しかたがない。
裏庭から見た「ランプ城」。噂には聞いていたが、まさかこの建物が喫茶店とは!?
風に飛ばされそうになりながら55年
5年前、その店は「妖怪人間ベム」のアジトとして使われた。もちろん、それは映画の中の話だが、「ランプ城」の圧倒的な存在感は言葉にできないほど混沌としている。まず、どこから入っていいのか、店の入口で戸惑う。蜘蛛の巣や剥がれかけた壁紙は、映画のセットでも小道具でもない現実だ。レトロを通り越している。一歩入り込むと、そこに置かれたすべてのものが、それまでの人生を語り出すような不思議な感覚に陥る。
カウンターのカセットプレイヤーからフランク・ミルズの「愛のオルゴール」なんかが流れてくる。天井を見上げると、かなり古いレコードジャケットが…
今年10月に米寿を迎える桜庭シズさん(右)。娘の富士子さん(左)と2人で切り盛りしている
「主人が世界の海を転々とする船乗りだったので、崖からの眺めを気に入り、ここに家を建てたの。みんなに1年も持たないと笑われたけど、55年持った。昔の職人は腕がよかったのね」と店主の桜庭シズさん。1962(昭和37)年に始めた「ランプ城」は、中近東に行くことの多かったご主人がアラジンのランプをイメージして名付けた。夫婦揃って音楽が好きで、住居の横に仲間が集まれるホールをつくったのが始まり。そこまでの話を聞き、勝手に「夫を想いながら店を守り続ける女主」を想像した。ところがシズさんは「あら、私は捨てられた女。いろいろあったのよ。あははは…」と笑い飛ばした。
年齢を聞いて驚くと「若いふりをしてるの…ふふふ…」。
この笑顔に会いたくて、みんな遠くから遥々やってくるのだ
室蘭の浮き沈みを見てきた
シズさんは、かつて坂の下でバーや雑貨店をやっていた。ホールを開いた当初、崖の上に来る客はなく、翌年からジンギスカンや鶏鍋を出したところ繁盛するようになった。「当時、室蘭には人口が18万人もいて、鉄鋼マンは三交替で働くでしょ。中央町あたりのキャバレーやクラブで遊んだ後、食事をしに流れてくる。昼も夜も、朝3時まで歌って踊って、騒げる店でした。20年くらい続いたかな」。そろそろ店を閉めようと覚悟を決めたら、「俺たちが来るから、喫茶店にしてくれ」と、室蘭工業大学の学生たちに言われ、コーヒーを250円で出すようになった。それにしても、探検心がそそられる店だ。鉄鋼マンで賑わっていた、学生たちのたまり場だった時代を想像しながら、裏庭に出てみることにした。
この不思議な空間は、戦時中、中国に駐屯していた人が西湖周辺の建物をまねて増築してくれた。個室もあり、通路を通り抜けると…
崖の上の裏庭に出た。シズさんは、ここで巣づくりするカラスにエサをやる。「私が声をかけたら、九官鳥みたいにまねするの」。カラスを目の敵にしている都会では考えられない話だ
さらに先へ進むと、こんな眺めを楽しむことができる
「鰛定61」と刻まれた石。これはいったい…
陽だまりのようなオムライス
子どものころに食べたオムライス、ここにあり。スープ、サラダ付きで500円。他にメニューはチャーハン400円、チキンライス400円
おすすめのオムライスをいただく。想像通り、昔ながらの真っ赤なケチャップがなんともキュート。一口食べてみると、懐かしい陽だまりのような優しいお母さんの味がした。シズさんは函館で生まれ、子どものころに室蘭の母恋にやってきた。家庭の事情で女学校に通うまで祖母に育てられた。「苦しい思いをした時のことは身に染みていますから。ガラガラに痩せた学生を見たら、黙っていられないの」と、学生たちには母のように声をかけ、おかわりをサービスしてきた。だから、いまも室工大の卒業生たちは「結婚した」「子どもができた」「孫が生まれた」と、人生の節目にやってくる。
この光景を見つけたら、ランプ城はすぐそこ
ランプ城
北海道室蘭市栄町1-127-3
TEL:0143-22-3715
営業時間/12:00~21:00
定休日/不定休