惠婷(フェイティン)さんは台湾出身。新竹(シンチク)県の関西鎮(カンサイチン)という村で祖父の代から続く茶畑で育ち、現在は叔父が茶工場と観光農園を営んでいる。結婚前は、台北(タイペイ)市で土地開発のリサーチやマンションをプランニングする仕事をしていた。「毎日忙しく食生活も乱れていた」という。旅行で東京を訪れたときに誠さんと出会い、2012(平成24)年、結婚を機にニセコ町に移り住んだ。
「当時、観光農園で働いていましたが、独立するなら、ニセコより冬が短く、狭い土地でも農業が成立する道南がいいと思っていた」と誠さん。八雲町に決めたきっかけは、人との出会い。研修先だった農家の獅子原さんが「お前らが本気なら、俺が絶対できるようにしてやる」と休耕地を購入できるよう全面的に協力してくれ、2014(平成26)年の秋、新規就農が実現した。惠婷さんは「台湾でも10年ほど前から食の安全性を考え、オーガニック食品に関心を持つ人が増えた。お爺ちゃんも農薬で体を壊したので、有機栽培で生活することに、全く抵抗なかった」という。
誠さんは大学で自然地理学を専攻し、恩師の影響で有機農業に興味を持った。旅行が好きで、その費用を稼ぐために畑仕事のバイトをするうちに、本気で農家をめざすようになる。いま行っている無農薬・無化学肥料栽培のノウハウは、札幌の小別沢にある「まほろば自然農園」で学んだ。
「八雲山水自然農園」は1.4ha。夏はトマトやメロンに力を入れ、ミョウガ、ピーマン、ナス、ニンジン、トウガラシなど、できる野菜はなんでも作る。それぞれの作物にとって何が必要で、必要ないのか、医学分野で研究されてきたゼロワンテストを基準に与えるものを選択している。最も大切なのは土づくりで、作物の状態を見ながら微生物を調整する。たとえば、軟白ネギが弱っている場合、納豆菌や乳酸菌を加えて自然の力を引き出す。「安全・安心は当たり前。生命力の強い野菜を育てれば、味は自然においしくなる」
11月の収穫がピークなのは、漢方薬の原料となるトウキ。トウキは6月に種をまき、ひと冬越して5月には苗になり、畑に移植して、翌年の秋に収穫できる。出荷まで時間は掛かるが、無農薬で作りやすく、製薬会社ツムラとの契約栽培なので収入も安定する。日本では薬事法の関係で自由に販売できないが、「中国や台湾では、ショウガと同じように料理にもよく使われます。鴨スープとか、トウキソーメンとか。それに、毒性がないので、どんな漢方と合わせても相性がいい」と惠婷さん。「医食同源といわれるように、健康のために日本でも普通に食べられる日がくることを願っています」と誠さん。
八雲では12月になっても雪は積もらない。土地の人は「2月20日を過ぎたら、雪は降らない」という。雪解けは3月中旬。栽培期間が長いのも魅力だ。野田生(のだおい)地区には畑作農家が7軒。「みんな親切で、自分たちのやりたい農業を見守ってくれている」。畑の人は野菜を浜の人に、浜の人は海産物を畑の人に、この地域には物々交換の文化が根付いている。
野生動物に畑の作物をよく荒らされる。クマの足跡も見かけた。それでも惠婷さんは「近くでシカの親子を見たし、子グマが驚いてひっくり返った姿も見たし、まるで動物園みたい」と無邪気に笑う。「噴火湾のホタテは甘みがあるし、日本海のアワビもおいしい。早寝早起きして、体に安全なものを自分で作って食べる。畑仕事の後は温泉に浸かる。これほど人間らしい生活はない。いまが、いちばんしあわせ」
旅人がふらりと立ち寄り農作業を手伝えるようにバンガローを建て、世界中から人が集まる農園にするのがふたりの夢だ。
無農薬、無化学肥料で栽培した野菜やハーブをはじめ、各地域の自然食品なども扱う直売所のオープンを計画中。現在、「丘の駅」でも「八雲山水自然農園」の野菜を扱っている。
北海道二海郡八雲町野田生714-2
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