店名の「ラ・ペコラ」は、イタリア語で「一匹の羊」を意味する。初代シェフの河内忠一さんは、1990(平成2)年、ある決意を持って滝川に道産羊料理が食べられるレストランを開いた。当時、滝川には畜産試験場があり、サフォーク種の飼育や食用の研究をしていた。職員の誘いで食肉処理場に出入りをし、羊が息絶える瞬間に立ち会う。
羊の内臓が捨てられていることを知り、少年期、家で飼っていた羊の毛でマフラーや手袋を編んでくれた母の言葉を思い出す。「これは羊からの贈り物だよ」。料理人として「羊1頭まるごと使いこなす料理を広めたい」と、内モンゴル、スイス、イタリアへと羊料理を学ぶ旅に出て、帰国後に開店したのがラ・ペコラだ。全国の羊肉好きを唸らせてきたシェフが店を息子に託し、昨年、マレーシアに移住したと聞いて驚いた。その鮮やかな引き際、なんと幸せな選択だろう。
父は頑固だ。同じ店で働き始めると、ぶつかることも多かった。最初は厨房に入ることも許されず、ホールでお客さんと接する日々が続いた。しかし、それは食べた人の反応を知る勉強だ。担当する料理だけ作ればよかった大きなレストランとは違い、すべて1人でこなす調理人の姿勢は、父の背中を見て学ぶしかない。羊の枝肉が届くたび、解体しながら処理の方法を仕込まれる。徐々に料理を任され、滝川産の小麦「はるゆたか」を使った生パスタやナポリ風ピッツァなど、新しい自分の味にチャレンジできるようになった。「羊料理だけは続けてほしい」という初代の思いを継いで「ラ・ペコラの味を守り続けるのが僕の仕事。さらに、地元産の新たな食材の魅力も見つけたい」と一輝さん。
さっそく食べてみると、肉がほろりと口の中でほぐれ、想像以上に軟らかい。あっさりとした脂はほんのり甘く、臭みなどまったく感じない。これが羊本来の味なのか。少し酸味のあるタレもおいしいが、まずは何もつけずに肉の味を堪能してほしい。また、肉を塩抜きするときに、ジャガイモを一緒にゆでるのだが、その絶妙な塩加減と肉のうま味がしみて最高の添え物になっている。ただ、ただ、幸せになれる瞬間。シェフ、この料理に合うワインはありますか?
さて、春といえばミルクラムの季節だ。北半球では1~3月が羊の出産期。ミルクラムとは離乳前のミルクだけで育った子羊の肉のことで、4月から5月上旬の限られた時期しか食べられない希少な肉だ。5月になれば放牧されて牧草を食むのでラム(生後1年以内の子羊の肉)になる。シェフ自身も初めて口にしたとき「刺身にして食べると、とろけるような中トロに近い感じ。生まれたてなのでミルクの味がする軟らかい肉で、こんな羊肉があったのか」と衝撃を受けるほどだった。今年、ラ・ペコラでは2月に生まれたミルクラムを4月28日から提供しており、東京からはるばる訪れる常連もいるほどなので、ゴールデンウィークを過ぎて食べることができたら、かなりラッキーだと思ったほうがいい。
育てているのは、白糠町「羊まるごと研究所」の酒井伸吾さん。羊毛と羊肉だけで生計を立てている全国でも数少ない牧場で、4人の息子たちも、口笛や羊の鳴きマネをしながら、羊飼いの手伝いをする。広さ20haの牧場に放牧される健康な羊たちは市場からの評価も高い。2008年の北海道洞爺湖サミットの社交ディナーで出された子羊のポワレとローストは、酒井さんの羊が使われた。
「最初、父は引退したら冬場だけ雪のないマレーシアで過ごし、春から実家の畑で店用の野菜を育てるはずだった。ところが、あちらの生活が気に入ったようで、孫が生まれても、移住の計画を変えなかった」と一輝さんは笑う。おそらく、南国の地でゴルフ三昧している忠一さん。2代目は、人のつながりも、料理の味も、しっかり引き継いでいますよ。たまには、孫の一龍くんの顔を見に帰ってきてください。
営業時間/11:30~14:30・17:30~22:00
定休日/火曜日
北海道滝川市本町1丁目4-11
TEL:0125-24-7856 FAX:0125-23-7867
WEBサイト
浦臼町をはじめ、歌志内市、三笠市、岩見沢市、長沼町など、滝川市の周辺には、いくつものワイナリーやヴィンヤードがある。空知管内の醸造所で生産されたワインを滝川市内11店舗の飲食店に無料で持ち込むことができる。
※滝川BYOシステムは令和5年11月をもって終了しました