室蘭は歩けば歩くほど、意外な一面が見えてくる。豚肉の焼き鳥を食べただけで、工場群の夜景を見ただけで、室蘭を語ってはいけない。最初にそう感じたのは、みゆき町にある室蘭ユースホステル付近から地球岬に向かって崖の上を4kmほど歩いたときだ。
みゆき町ピークと呼ばれる高台に立ち360度見渡すと、まったく異質の光景が共存することに驚いた。来た道を振り返ると鳴砂があるイタンキ浜、海を背にすると新日鐵住金の工場群、行く手には蒼い太平洋を望む丘陵地帯が広がる。歩くとキュッキュッと澄んだ音がする鳴砂は、砂浜が汚染されていない証し。全国でも珍しく、道内随一の工業地帯に存在することは奇跡に近い。
その不思議を一つの光景として見せつけられた感覚は、ちょうどダニエル・キイスが多重人格の世界を描いた『24人のビリー・ミリガン』を読んだときのように、頭の中がちょっと混乱する。
JR室蘭駅前を散策すると、ちょっと心配になるほど、中央町のアーケード(大町商店会)に人影は少ない。大正時代、この通りに店を構えていた紋章店の三代目・今野孝之さんから昭和初期の地図を見せてもらうと、商店名が細かく書き込まれ、どれほど賑わいがあったか想像できる。「室蘭は沢ごとに企業城下町がある。この辺は職人が暮らす地域で、中央町だけでも呉服店が10軒もあった」という。
映画やドラマの監督の目を通すと、この切なく寂れた感じが役者のセリフや表情以上に心情を語れるのではないか、と感じるらしい。坂元裕二脚本のサスペンスドラマ『Mother』では、怜南(芦田愛菜)が奈緒(松雪泰子)に会いに行く喫茶店に、カフェ英国館が選ばれ、100円ショップも登場した。大泉洋と松田龍平主演の映画『探偵はBARにいる2』では、事件の真相を探るために歩き回った商店街もここだった。
しかも、このアーケードの路地裏には、なんとも魅力的な小路が複雑に絡み合っている。この界隈で気になるものを見つけたら、大町カフェ・カフェ(室蘭市中央町2丁目6-25)に立ち寄ってみるといい。「あのパチンコ店は昔、映画館だった」とか「水族館の観覧車は50年以上前からある」とか、ママが次から次へと昔の記憶を語ってくれる。注文してから豆を挽いて淹れてくれるコーヒーが、本当においしい。
どこのまちを歩いていても、古い建物に目が留まる。たとえば、旧室蘭駅(現・室蘭観光協会)の斜め向かいにある「日本一の坂」の入り口には正方形の格子窓が印象的な廃屋がある。最近、立入禁止の黄色いテープが張られたので、取り壊されるのではないかと気がかりだ。「西小路の坂」周辺で73年前に創業した銭湯「港湯」を見つけたのに、営業終了の貼り紙に肩を落とす。5年前、緑町で見かけた屋根の形状が複雑な元置屋は、もう朽ちてしまっただろうか。
室蘭を訪れ、「あ、まだ残っていた」と安堵するのは旧絵鞆小学校の円形校舎だ。上から見るとドーナツ状でバームクーヘンを切り分けるように教室が配置されている。50年前の卒業生の話によると「黒板は円の中心部にあり、後ろの窓から自然光を浴びて勉強した」とか。『Mother』では怜南と奈緒が出会う小学校、『探偵はBARにいる2』ではヒロインが通った小学校だった。現実ではすでに閉校しているが、いまにも生徒たちの声が聞こえてきそうだ。卒業生でもないのにその姿を見るだけで、なんだか涙腺が緩む。
妻夫木聡や竹中直人が出演するサッポロビールやスバルのCMロケが室蘭で行われていたことに気づいた方はどれくらいいるだろう。手垢のついた場所での撮影を避ける広告業界では、常に「見たことない。どこだ?」を探している。そんな東京在住の業界人が写真コンテスト「撮りフェスin室蘭2016」を企画した。昨年9月、全国から170人の写真愛好家が集まり、24時間滞在して撮影した460点の中から30点の作品が選ばれた。地元でもあまり知られていない風景や瞬間を切り取った写真が話題になっている。
市内の歴史的建造物について知りたければ、まずはこちらへ。資料や写真などを収集している旧三菱合資会社室蘭出張所の歴史展示室も見学可能。市民や地元出身者らによるサポーターズクラブの会員は約80人。歴史を伝える建物の保存活動をしながらまち歩きイベントや勉強会を開催している。
見学時間/10:00~17:00
定休日/土・日曜日、祝日
北海道室蘭市緑町2-1
Webサイト
北海道をロケ舞台とした映画やTVドラマ、ドキュメンタリーなどの映像と、それに係わる史料を中心に収蔵・展示する博物館。北の映像ミュージアムが協力した「むろらんロケーションマップ」は、室蘭観光協会で入手できる。
開館時間/10:00~18:00
定休日/月曜日(祝日の場合はその翌日)年末年始の12月28日~1月3日
北海道札幌市中央区北1条西12丁目 さっぽろ芸術文化の館・1階
TEL:011-522-7670
Webサイト