はじめて昆布にふれる日~羅臼漁協が旭川の小学校で出前授業

昆布がこんなに大きいものだったと知る子どもたちの目は驚きと好奇心にあふれている

7月2日、少し広めの教室に小学4年生の2クラス、62名が入ってきた。どの子も何が始まるのかへの期待で高揚したオーラを放っている。新たな「学び」に対する、純粋な興味とワクワク感がいっぱいなのだが、それはおよそ90分の授業が進むにつれてむしろ高まっている感じがした。
伊田行孝-text 黒瀬ミチオ-photo

今日の先生はねじり鉢巻きが似合う井田一昭(かずなり)さん。羅臼漁協の昆布部会長だ。授業のテーマは『(羅臼の)昆布を知ろう』。現役の漁師さんによる昆布の出前授業が始まった。
昆布の生態、昆布漁、収穫した昆布が商品になるまで、そして生徒1人に1枚の採れたて昆布を渡してハサミを使って成型し、持ち帰って家庭でそのおいしさを知ってもらう。もちろん無報酬。採れたての昆布も持ち込みという大盤振る舞いだ。

授業前、持参した手ぬぐいで数名の生徒にねじり鉢巻きをつけると周りからは羨望の声が

なぜ遠く離れた旭川市立近文小学校で羅臼の昆布について出前授業を行うのか。
「いや~、人の縁って不思議だよな。この小学校で栄養士として勤務していた先生がプライベートで羅臼に旅行に来たのさ。そして、子どもたちへのお土産として羅臼の昆布を買って帰り、少しずつ生徒に食べてもらったら、みんな『昆布ってこんなにおいしいの!』とか『どこの昆布なの』、『昆布ってナニ?』とうれしい反応があったようなの」
子どもたちの喜びようと知的好奇心を見て、栄養士の先生から漁協に、「ぜひ子どもたちに漁師さんから昆布の話をしてほしい」と依頼があった。平成24年のことだ。途中でコロナ禍での休止もあったが、今年で11回目の開催。その先生はすでに異動しているが、昆布の出前授業は変わらず近文小学校で年に1回、4年生を対象に行われている。

「毎回ね、すごく楽しいの。子どもたちは真剣に聞いてくれる。喜んでくれる。海のこと、昆布のこと、食のことを伝えていくことは大切だと感じるしね。お母さんたちも子どもが立派な昆布を持って帰るから喜んでくれているんじゃないの」と笑う。
パネルや船の模型、漁で使う道具、生きたウニやホタテなど、授業で使う教材も工夫しながら作る。船の模型には「近文丸」と描かれている。

海での収穫をイメージできるようにしたり、生きたウニやホタテを触れたりなど、体感できる内容を工夫

「和食が無形文化遺産になって、昆布も注目されているけど、それを黒板に書くだけじゃなくて体験・体感として子どもたちに教える人も必要だと思う。原点は自分の舌でおいしさを知ること。それにオレらは羅臼の昆布が一番ウマいと思っているから、それを知ってほしいし、自慢もしたいのよ」
羅臼昆布は「だし汁が濁るという特徴がありますが、香りがよくて柔らかい黄色味を帯びた濃厚でコクのあるだしがとれます。その出汁のおいしさから昆布の王様と呼ばれてもいます」(羅臼漁協)とのこと。和食の無形文化遺産認定後、羅臼の昆布は近年、海外からの引き合いも多くなっている。しかし、地元や北海道では昆布の消費は伸びていない。「身近にありすぎて、北海道の昆布のスゴさが分からないからかもしれないよね」

井田一昭さん。小さくカットした昆布を素揚げし、少しの砂糖をまぶした「チップ」が最高のおやつだという

羅臼で昆布漁が始まったのは大正6年ごろと言われている。7月の中・下旬から漁はスタートする。令和7年度は133名がコンブ漁に出るが、天然物の収穫量は過去最高だった昭和51年の1105トンに対し令和6年度は39トンと30分の1近くまで減っている。出漁する事業者も今の4倍くらいはいたと見られている。

羅臼で採れた昆布の販売先では富山が多い。半世紀以上前に羅臼で昆布の養殖が始まり、予想以上にうまくいったが、収穫しても肝心の売り先がない。そこで、入植者が多かった「富山に持っていってみっか」と始まったのが真相らしい。「羅臼昆布と富山」の歴史は意外と新しかった。

近文小学校教頭の十河 史先生は出前授業の効果について「生産者への感謝の気持ちをもったり、環境問題を考えるきっかけになったりするなど、出前授業の効果が必ず子どもたちの今後において活きてくると思っています」という。旭川市の取り組みとして市内の牛やリンゴの生産者による出前授業が行われているが、実施できる学校の数に限りがあるため、近文小学校では今年度申し込みは行っていない。内陸部の都市の小学4年生と海の漁師さんとのつながりは貴重な機会だ。

井田さんは授業の最後に「昆布の生育に一番大切なのはなんだと思う――山の水なんです。山の水が川によって海に注がれて昆布を育てるの。だから、絶対に川へゴミは捨てないでね」と伝えた。


一人に1枚の昆布を渡して周辺を切って成型する。家に持ち帰った後の乾燥の方法も伝えて、自分たちが習い、形を整え、干した昆布を食べてもらうことが食育教育になる

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