白滝ジオパーク

輝く石と風の森

白滝エリアの黒曜石溶岩の一つ、八号沢露頭。ゆっくりと流れてきた溶岩の先っぽにあたる

白滝ジオパークの舞台は、北海道の東北部、オホーツク海沿岸から20キロほど内陸に位置する遠軽(えんがる)町。白滝、丸瀬布(まるせっぷ)、遠軽、生田原(いくたはら)の4エリアからなり、広大な面積の約9割を森林が占めている。白滝エリアは世界有数の黒曜石原産地だ。約220万年前の火山活動で生まれた黒曜石は、ナイフや矢じりとして先史時代に欠かせない道具となった。
私たちはいつの時代も大地の恵みを利用して生きてきた。この当たり前のことを、輝く黒曜石や特産のじゃがいもや、繊細なピアノの響板からあらためて思い知る。

石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo


黒曜石のふるさと、白滝

黒曜石は、火山の噴火で地上に出てきたマグマが冷えて固まったもの。噴火の“置き土産”である黒曜石を詳しく調べると、かつてここでどんな火山活動があったのかがわかる。白滝は今から300万年前以降に大噴火が起こり、大きなカルデラが形成された。その後、220万年ほど前にマグマが噴出。カルデラの壁やその内側に溶岩がおまんじゅうのように盛り上がり、その外側が黒曜石になった。
そして3万年ほど前、旧石器時代の人々がこの石に目をつけた。ガラス質で加工しやすい黒曜石は、石器製作に最適な材料として人々に重宝された。白滝では良質で大きな塊がたくさん入手できたので、大量の石器が作られ、遠くはサハリンへも運ばれたことがわかっている。

遠軽町埋蔵文化財センターの「黒曜石ギャラリー」。国の重要文化財に指定されている旧石器時代の石器資料1858点が並ぶ景色は壮観

白滝の石器にはおもしろい特徴があるという。白滝ジオパーク交流センターの熊谷誠さんが教えてくれた。
一つは製作途中で割れたり欠けたりした黒曜石の石器が、大きなまま放置されていることが多い点。白滝のような黒曜石産地でなければ、そこからさらに石器を作り、最後までムダなく使っているという。ところが原材料が豊富な白滝ではすぐ別の原石が調達できた。欠けた巨大な黒曜石の石器は、原産地ならではのぜいたくなのだ。
また、約752万点、約12トンもの大量の石器が出土したにもかかわらず、完成した石器が少ないことも白滝らしい。完成品は他所に運ばれ、ここにはあまり残らなかったのだ。これもまた原産地ならではのちょっと寂しい証拠かもしれない。

白滝遺跡群から出土した長さ30cmを越える黒曜石の尖頭器(せんとうき)

白滝の黒曜石には黒だけでなく赤褐色のものもある。これは白滝ジオパーク交流センター入口にある柱

黒曜石は叩き割ると剥離する性質がある。薄く割れた破片は、透き通って向こうが見えるほど

「白滝じゃが」がおいしい理由

白滝産のじゃがいもは品種にかかわらず「白滝じゃが」と呼ばれ、昔からおいしいと定評がある。なぜ良質ないもが育つのか。白滝のじゃがいも畑の多くは河岸段丘の上に作られている。この河岸段丘には、約百万年前に噴火した北大雪の山々から流れる湧別川が運んできた石が多く見られる。数mの厚さに及ぶ石の層の表面に薄く畑の土がのっているため、土を掘るといくらでも石が出てくる。標高は300〜500mで「道内一標高の高いじゃがいも産地」といわれ、春の雪どけは遅く、冬が早くやって来る。

2010年から白滝じゃがを生産する「江面(えづら)ファーム」で、江面陽子さんが畑を案内してくれた。
「昔の人は自分の畑を見せるのを嫌がったそうです。石がゴロゴロあって恥ずかしいって。でもそれがあってこそ、白滝じゃががおいしくなるんです」
水はけのよい畑はじゃがいも栽培に最適で、石があると通気性がよくなるうえ、石が太陽の熱を蓄えてくれるので作物の生育が進むと考えられている。また、標高が高く昼夜の気温差が大きいことで「でんぷん価」が高くなり、ホクホクした食感が生まれる。

江面ファームの室(むろ)で越冬した「白滝じゃが」。驚くほどに甘い

さらに江面ファームでは収穫したいもを室で一冬寝かせ、4月中旬まで残っている雪でカマクラを作り、いもを入れて夏まで保存。いもは寒さで凍らないよう自らに蓄えたでんぷんを糖に変えるため、保存前とは比較にならないほど甘くなる。長い冬の寒さも雪も、いもの甘味を引き出すために一役買っているというわけだ。

畑に石があると機械が壊れてしまうので、春の農作業は「石拾い」からスタートする。大きな石は両手で抱えるほど

黒曜石産地に近い大久保農園のじゃがいも畑からは、丸い石に混じって黒曜石も多く出る

風穴がつくる氷期の森

約3万年前の旧石器時代は現在より気温が低く、「氷期」に相当する。丸瀬布南部に広がる「風穴(ふうけつ)」地帯で、当時に近い自然環境を身近に感じることができる。
風穴は「自然の冷蔵庫」とも呼ばれ、大気と地中の温度差により、夏でも冷たい風を出す穴のこと。丸瀬布にある風穴は、数百万年前の噴火により起きた火砕流が熱と重さで固まって岩石となり、それが崩れてできた斜面に形成された。通年2〜5度の風が吹き出すため、地表温度が上がらず、植物が生息するには厳しい環境となる。そのため、寒冷な荒れ地でもたくましく生きるアカエゾマツが生え、標高400mほどの地点にもかかわらず、エゾイソツツジやコケモモなどの高山植物が見られる。

丸瀬布のアカエゾマツ林。多数の風穴により氷期さながらの環境がつくり出されている

緩やかな斜面のあちこちに風穴があり、手をかざすとヒンヤリ涼しい

この厳しい環境があったからこそ丸瀬布で発展した産業がある。
ピアノの音を美しく響かせる部品、響板の製作だ。
1950(昭和25)年、丸瀬布の隣まち北見市に「北見木材株式会社」が設立された。のちに丸瀬布に移転する同社は、一帯で産出される樹齢100〜200年のアカエゾマツを楽器の材として供給するために誕生した。アカエゾマツは寒冷な気候下で時間をかけて生育するため、年輪の幅が狭く、きわめて緻密な木材となる。製品となったあとも狂いが少ない。丸瀬布産のアカエゾマツは国産ピアノに欠かせない存在となった。
良質な材を見極め、乾燥をくりかえし、多くの職人が手をかけて響板完成までに約2年がかかる。「木は切ったあとも生きていますから、気が抜けません」と北見木材加工部長の鈴木宏幸さんは言う。

ピアノの弦が放つ音を美しく増幅する響板(共鳴板)。ヤマハの国産ピアノすべての響板を北見木材が製作している

響板には年輪の間隔が1mm以下の緻密な原木を使う。さらによい部分だけを選ぶので、響板に仕上げられるのは原木の10〜15%

木目がぴたりと合うよう組み合わせていく。まるで一枚板のようだ

現在樹齢100年を越える丸瀬布産アカエゾマツは入手が困難となり、北見木材は海外から原木を輸入しているが、2016年3月、北見木材と遠軽町、オホーツク総合振興局により「ピアノの森」と名づけられた協定が締結された。100年後、200年後を見すえてアカエゾマツの人工林を整備する取り組みだ。長い時間をかけて風土が生んだこの地の財産を、再び取り戻す活動が始まっている。

白滝ジオパーク推進協議会
WEBサイト


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