森のまち、下川にて

満月の森を歩く

駐車場の街灯から離れるにつれ、やわらかな闇と、足元の締まった雪と、木々の世界に引き込まれる

カラマツ林と雪原の上に冬の満月が輝く。一枚の美しい織物のような、おとぎ話のような景色

まちの面積の約9割を森林が占める北海道下川町で、森と関わる人たちに会った。苗木を育てる人。伐った木を材にする人。その材で家をつくる人。森を守る仕組みをつくる人。その恵みを大切に使う人。森と関わることは、下川で暮らすことそのものだった。第1回目は、森を案内する人のお話。
石田美恵-text 露口啓二-photo

森の静寂

2017年3月12日、月齢13.49。
下川町の「NPO法人森の生活」が毎年開催する「ムーンウォーク」という催しに参加した。冬の満月の夜、スノーシューを履いて森の中をゆっくりと歩くイベントである。雪が積もっていると、ふだんは歩けないような場所でも歩きやすいうえ、落葉樹がすっかり葉を落としているので見通しがいい。空気はどこまでも澄みわたり、夜空もとびきり美しい。森歩きには最高の季節だ。午後7時、町内の五味温泉駐車場に集合してスノーシューを装着。森へと出発した。
10分後、あっという間に他の参加者から遅れをとった。初めてのスノーシューはなかなかに難しく、聞こえるのはザクザクザクザクと自分が踏む雪の音だけ。立ち止まると当然その音もやみ、静寂に包まれた。真っ直ぐに伸びるカラマツのカーテンごしに、白く大きな月が輝いていた。息をのむほどの幻想的な光景。

森の中はどこまでも静かだけれど、それは「何もない静寂」ではない。たくさんの何ものかが「静かにしている」気配にあふれている。キツネやウサギ、エゾリス、エゾモモンガ、鳥や虫たち、もしかするとヒグマ、そして膨大な数の木々。無数の生きものと、月や雪やそのほか「何か」の気配がいっぱいに満ちた森で、私はドキドキと興奮がやまなかった。それが何であるのか、よくわからないままに。

駐車場の街灯から離れるにつれ、やわらかな闇と、足元の締まった雪と、木々の世界に引き込まれる


森の横に広がる雪原(夏はデントコーン畑)で思い思いに月を眺めたり寝そべったり

夜空に浮かび上がる毛細血管のような落葉樹。その枝の先に無数の星が輝く


森の横でシラカバの樹皮や枯れ枝を集めて小さなたき火をした。温かいお茶を飲みほっと一息

森のバトン

翌日、ふたたび同じ森を歩いた。
神秘に満ちた夜の森とは一変し、昼の森は発見にあふれていた。ガイドは昨晩と同様に「森の生活」の富永紘光さん。彼は宮崎生まれの九州人で、大学時代から環境対策活動を行うNGOに参加。5年ほど前に「森の生活」の存在を知り、下川にやって来た。森の生活では主に森林体験事業を担当。ムーンウォークなど森歩きのガイドをしたり、子どもたちの森での学びをサポートしたり、たくさんの人が森に親しくなれるよう様々な活動を続けている。森の中によく通る声で、木のこと、森のことを教えてくれた。
富永さんがトドマツの幹を指さしていう。「ここ、表面がプクッと膨らんでいますよね。何かわかります?」。よく見ると、ザラザラの樹皮のところどころが水ぶくれ状になり、押すと少し柔らかい。樹木の病気? 虫?などと思ったらまったく違った。

森をガイドする富永紘光さん。トドマツの樹皮をよく見ると、小さく膨らんだ部分がある

これは通称「ヤニ袋」とよばれるもので、中に松脂(まつやに)を蓄えている。トドマツのいたって健康な状態だ。小枝でつついて穴を開けると、琥珀色のトロリとしたヤニがどっとあふれ出た。同時に、フワッとさわやかな香りが広がる。「松脂は木が傷つけられたときに沁み出して、傷口から雑菌が入って病気にならないようにするための消毒や修復の働きがあります。柑橘系のいい香りは、β-フェランドレンという成分やレモンなどに多く含まれるリモネンという成分が含まれているからです」。

森は、遠くから見ているだけではわからないことがたくさんあるという。木に近づいて、よく見て触って匂いをかぐと、その不思議さを実感できる。「昼間のガイドはそんな発見がたくさんできるよう心がけています」と富永さん。さらにもう一つ、彼が大切にしていることがある。それは、森と人の営みを伝えること。何世代も前から人々が森で仕事をしていることを伝えたい、という。

現在、北海道の森は天然林が全体の約7割、人工林が約3割を占めている。下川でも、町にある広大な「国有林」を含めると、天然林:人工林=7:3の比は変わらない。しかし、町が長年少しずつ国から買って整備してきた「町有林」は、天然林:人工林=4:6と数字が逆転する。これは木を伐ったあと苗木を植え、適切に管理して育て、ふたたび伐って植えて育て…というサイクルを作り、そこで人々が継続的に働き、生活の糧を得る仕組みを確立してきた証であるという。

山の仕事のうち、50年60年かけて育った成木を伐るのは最後の最後、ほんの一部の作業に過ぎない。バトンを渡してくれた人たちの膨大な努力があって、今があり、今は次への経過点であることを森はしっかりと見せてくれる。昨晩、森で感じた「何か」の気配は、この脈々と続く営みの気配だろうか。世代を軽々と超えた意志と行動が、森をゆるぎなく形成している。

この4月、富永さんは森の生活を退職し、「薪屋とみなが」として独立することにした。下川は昔ながらの薪ストーブを使う家庭が少なくないが、自分で薪割りをするのが難しくなったお年寄りの助けになればと数年前から始めた仕事だ。これまでのガイドなども続けながら、薪の製造、配達を生業にしたいと考えている。さらに、今後は山の仕事を現場で学び、自身による原料の調達を目指すという。
下川を訪ねた初日、これからの活躍がとてつもなく楽しみな人に会うことができた。これまで漠然と「森のまち」と憧れていた下川に、急接近できたような気がする。この続きはまた次回——。

「下川は自分らしくシンプルに生きられる場所だと感じます」と話す富永紘光さん


トドマツが整然と並ぶ人工林。一歩足を踏み入れると清々しい香りに包まれる。中央に見えるのは作業道


さまざまな樹種が混じる天然林。生物の多様性を維持するためにも天然林の存在はもちろん重要だ

北海道上川郡下川町

道北に位置する人口約3361人(2017年3月31日現在)のまち。持続可能な循環型森林経営を基盤とし、 FSC森林認証の取得や木質バイオマスの利用など豊かな森林資源を活用し、低炭素社会構築に向けた取り組みを行う。基幹産業は林業、農業、特産品は手延べ麺、トマトジュース、はちみつ、白樺元禄箸、北海道モミのエッセンシャルオイル等。
WEBサイト

NPO法人森の生活
「森林を活かし、人々の心豊かな暮らしと持続可能な地域づくりに貢献すること」をミッションとして、森の体験事業や森を活かした地域づくり事業など、様々な活動を展開。長期滞在もできる交流施設「森のなかのヨックル」の管理運営も行う。
北海道上川郡下川町南町477
TEL:01655-4-2606
WEBサイト

薪屋とみなが
薪ストーブ用に割った薪、玉薪(丸太を短くカットした材)、焚付ガンビ(カバの樹皮)を販売。主に下川町から40km圏内(名寄市、美深町、士別市など)に配達。当圏外もご要望により対応可能。
北海道上川郡下川町上名寄2958
TEL:080-5264-0081
E-mail: order.makiya●gmail.com ※●を@に置き換えてください

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