まちづくりは誰のため? 北海道一小さい村で活動するnociw*(ノチウ)

稚内と旭川の中間にあり、鉄道の要衝として発展した音威子府村。1950(昭和25)年に4100余人だった村の人口はいま700人に

人が少ない、資金がない、仕事が忙しい…。できない言い訳ならいくらでもあるなか、知恵を出し合って新しい挑戦をしている人たちがいる。北海道で一番人口の少ない音威子府村で活動する、若手まちづくりグループnociw*(ノチウ)を訪ねた。
井上由美-text 黒瀬ミチオ-photo

鉄道のまちの記憶を、後世に残したい

実をいうと、音威子府村の人口約700人のうち約120人は村立北海道おといねっぷ美術工芸高校の生徒である。全員が村外の出身者で寮生活を送っており、つまり、もともとの村民は600人弱である。

この小さな村でまちおこしに取り組んでいるのが「nociw*(ノチウ)」だ。始まりは今から7年前、旧天北線の上音威子府駅の保存活動だった。

「音威子府はかつて内陸を稚内まで走る宗谷線と、オホーツクの浜頓別経由で稚内に至る天北線が分岐する場所で、国鉄職員が多く暮らしていました。しかし、天北線は1989(平成元)年に廃止。上音威子府駅の周辺は無人となり、プラットホームだけが雑草に覆われて残っていました。せめて駅名の看板があれば、かつてそこに鉄道駅があり、たくさんの人が住んでいたという記憶を後世に伝えられるのでは、と思ったんです」

こう話すのは、村の役場に勤める横山貴志さん。仲間とプラットホーム周辺の草刈りを行い、村の補助金を活用して駅名板を制作。元住民を招いて除幕式も実施した。

横山貴志さんは音威子府育ち。「ものごころついた時には鉄道が好きだった」という鉄道ファン。役場の地域振興室に勤務している

上音威子府駅の開業から100年にあたる2015年に復元された駅名板の除幕式(提供:nociw*)

撮り鉄向けに、マナーの啓発活動も

次に取り組んだのは、鉄道写真の撮影を趣味にする人々、いわゆる「撮り鉄」に向けた撮影マナーの呼びかけ企画だ。

「音威子府は鉄道写真の撮影スポットとして知られていて、特に冬に撮影に来る人が多い。積雪が10mにもなる豪雪地で、ラッセル車が日中に走るのがその理由です」

アマチュアカメラマンも村にとっては大切な観光客。一方的に撮影マナーの遵守を呼びかけるのではなく「来てくれてありがとう」という気持ちを伝えたいと考えたのが、マグネットのステッカー配布だった。

「本州の人がレンタカーで来ることが多いので、車に貼ってもらい、撮影マナーの啓発活動にも参加してもらおうという狙いです」と横山さん。
沿線でカメラを構える撮影者に声をかけながら、ステッカーを手渡しする活動を数年間続けた。

音威子府は雪を跳ね上げながら進むラッセル車の撮影スポット。全国からアマチュアカメラマンがやってくる(提供:nociw*)

「鉄分撮りすぎ注意」のユニークなステッカー。鉄道趣味(=鉄分)に熱中しすぎて、周りに迷惑かけることないよう呼びかける遊び心のあるデザインだ(提供:nociw*)

地域の住民と協働する花駅長活動

2017年からは駅を花で彩る「花駅長活動」もスタートした。
「村内に4カ所ある駅のうち3つが無人駅なんです。どうしても寂しい雰囲気があるので、せめてお花を植えて、駅を利用する人はもちろん列車の中からも楽しんでもらえたらな、と」(横山さん)

駅舎やプラットホームのそばに花壇をつくったり、プランターを置いたりする取り組みを始めた。花苗は仲間で地域のお祭りに出店するなどした収益で購入。駅ごとに手入れや水やりを手伝ってくれる住民を「花駅長」として任命するなど、地域との協力の輪も広げている。

筬島(おさしま)駅

1912(大正元)年に設置された咲来(さっくる)駅

プラットホームの横に白い柵に囲まれたかわいい花畑。ほのぼのとした生活感がある

地域の住民や高校生がボランティアで移植を手伝ってくれる(今年はコロナ禍で中止)(提供:nociw*)

「仕事のあと5時過ぎから花を植えに行くと、山の中なので虫がすごいんです」と笑うのはnociw*メンバーの佐藤志穂さん。旭川の出身で、音威子府の役場への就職を機に7年前に移り住んだ。

「音威子府と隣の中川町の駅舎で鉄道写真展を同時開催するから、よかったら手伝ってと横山さんに誘われ、気づいたらメンバーになっていました(笑)。こちらに来たばかりの頃は職場の人間関係だけでしたが、nociw*に参加するようになって、村の人や周辺市町村の人とも知り合えて、行動半径が広がり、ありがたいなと思っています」(佐藤さん)

花駅長活動はnociw*のメンバーに加え、地域の住民や高校生が手入れや水やりを手伝ってくれるなど、協力の輪が広がっている。村外から来た高校生にとっても、学校の外に大人の知り合いが増えるのは、たぶん心強いことだろう。

役場の産業振興室に勤める佐藤志穂さんは旭川出身。2020年に横山さんからnociw*の代表を引き継いだ。横山さん以外のメンバーはみな村外の出身者だという

手作りの交流イベントには200人が来場

こうした企画に賛同し、いつも参加してくれるメンバーは10人程度。転勤などで入れ替わりがあるものの、30代の横山さんのほかは、みな20代の若手ばかりだ。
2017年からはメンバーで話し合い、グループ名を「nociw*」と名乗ることにした。アイヌ語で星を意味するノチウに、雪の結晶のようなアスタリスク(*)の記号を組み合わせることで、村の魅力を掛けあわせて楽しもうという想いを込めたという。

プロジェクトも鉄道をキーにしたものから、ジャンルにこだわらない取り組みへと幅が広がってきている。なかでも大好評だったのが、佐藤さんの企画した2019年6月の「Oto-bar(オトーバル)」だ。

「役場の隣の旧幼稚園の建物が雪害で解体されることになったので、壊す前に何かやりたいねと、お酒の飲める交流イベントを企画しました。というのも、村には居酒屋が1軒しかないんですよ。もっといろんなお酒を飲めたらいいな、と思ったのがきっかけです」

道内各地の友人知人におすすめのクラフトビールやワイン、チーズやウインナーなどを教えてもらって取り寄せ、告知をしたら、なんと200人もの来場者が詰めかけた。

「会場に机と椅子を準備してたら、村長に『こんなにいらないだろう』と言われたんですが、始まってみたら足りないくらい」と佐藤さん。
「自分たちが楽しみたいという企画だったのに、運営で忙しくて、おすすめワインが全く飲めなかった」と、少々悔しそうだ。歓送迎会シーズンなどに定期的にやりたいねと仲間で話し合っていたが、降って湧いたコロナ禍で2回目はまだ実現できていない。

村長も驚くくらいに賑わった交流イベント「オトーバル」。この日を楽しみに村外からやって来た人も(提供:nociw*)

村内にとどまらず広域連携を模索

ひとくちに「まちづくり」といってもnociw*の活動は村内に終始せず、周辺市町との連携を模索しているのが特徴かもしれない。
代表的なのは、2019年の夏に運行されたJR北海道の観光列車「風っこそうや号」のおもてなしプロジェクトだ。

「駅で小旗を振って観光客を出迎えるおもてなしはよくあるんですけど、カラフルな日本手ぬぐいを広げて歓迎したら、いわゆる『映える』んじゃないかなと思ったんです」(横山さん)

沿線地域の特産物をイラストで描いたオリジナルの手ぬぐいをつくるため、村の補助制度を活用したほか、不足分は話題づくりを兼ねてクラウドファンディングに挑戦。80万円を募集したところ、なんと1週間で100万円が集まった。

横山さんらは仕事の休みをとり、有志団体として稚内市や幌延町、名寄市、剣淵町、和寒町など宗谷本線の沿線市町をまわり、おもてなしプロジェクトを提案。広域での連携を呼びかけたところ、当日は沿線のあちこちでカラフルな日本手ぬぐいを広げて観光客を歓迎する人々の姿が見られたという。

2019年の「風っこそうや号」のおもてなし企画。日本手ぬぐいは非売品でクラウドファンディングの返礼品とした(提供:音威子府村役場)

しかし、この観光列車もコロナ禍の緊急事態宣言で2年連続、直前で中止に。nociw*が時間をかけて準備してきた歓迎のバルーンリリースやグッズの販売も結局、実施できなかった。

 

コロナ禍でもできることを

活動が制限されるコロナ禍でも、ただじっとしていたわけではない。今できることを、と挑戦したのが、線路の石の缶詰販売だった。

「新潟県の『えちごトキめき鉄道』が線路の石を缶詰にしてネットで販売した先例があって、真似してもいいですか、とお願いしたら快諾していただきました。とはいえ勝手にJRの線路の石を拾うわけにもいかないので、村有地である旧天北線の石を使っています」(横山さん)

缶にぴったりの大きさの石をメンバーで拾い集め、コケなどを洗い落とし、農産物加工施設の缶詰の機械で詰め、ラベルを貼って仕上げたオールハンドメイド

石の缶詰は、駅舎の維持を名目にした、ふるさと納税1万円分の返礼品とした。役場では「誰が欲しがるの?」と半信半疑の人が多かったが、缶詰約100個分の納税があったという。

「JR北海道は利用者の極端に少ない駅を2020年度末で廃止すると発表したのですが、村内の3つの無人駅もその中に含まれていました。泣く泣く廃駅になったところも多いのですが、音威子府は村が維持費を負担して存続させることを決定。駅を守りたいという方がふるさと納税に協力してくれたわけです」(横山さん)

年間の維持費は1駅につき100万円ほど。3駅で300万円。線路の石の缶詰で集めた100万円のほか、純粋な寄付金、音威子府そばや木工品を返礼品にした納税でなんとか1年分は確保できた。

こうした取り組みを通じて明らかになったのは、村外にも「駅を残してほしい」と思っている人が少なくないということだ。音威子府では村だけで存廃の判断をしてしまうのではなく、駅や鉄路の未来をもっとみんなで考えていきたいと、近隣町と連携した取り組みを模索している。

 

自分たちが楽しくて、地域のためにもなるのが理想

宗谷本線自体の存廃も不安視されている。nociw*は2020年1月、村と共催で「JR宗谷本線の未来を語る座談会」を企画、自治体と鉄道事業者、地域住民が一堂に集まる意見交換の機会を提供している。

「講演会とかシンポジウムみたいなカタイ雰囲気ではなく、『徹子の部屋』みたいな感じで話を聞いたりできないかな、と。JR北海道の旭川支社長や名寄市長などパネリストのお話を、沿線の住民が座布団に座って聞く、カジュアルなスタイルを工夫しました」(横山さん)

横山さん自身も意見交換の場で、使用料を払えば誰でも列車を走らせられる鉄道オープンアクセスのアイデアを個人的に発表している。
「自治体や民間企業が小型の鉄道車両を保有して、列車の走っていない合間に運行できないかな、と。現実離れしているかもしれませんが、海外では実際に行われているし、とりあえず発信だけでもしておこうと」

横山さんの具体的なアイデアはnociw*のホームページに掲載されているので、そちらを参照してほしいが、将来にわたって鉄路を守っていくにはこれまでとは全く違う、斬新な発想が求められているのもしれない。

音威子府駅の中にある天北線資料室。パネルや写真、ジオラマなどの展示内容もnociw*が企画したもの

最後にnociw*のこれからについて、二人に抱負を聞いてみた。

「音威子府には鉄道のまちとして歩んできた歴史があるので、その魅力をいろんなかたちで生かしながら宗谷本線を沿線地域で盛り上げていきたい。ちょっとした面白いことを積み重ねていけば、鉄路の未来だけじゃなく沿線地域の暮らしも、より楽しくなっていくと思うんです」(横山さん)

「私たちは地域を良くしたいとか大きな目標のために活動しているわけではなくて、自分たちが興味のあることを楽しんでやっていたら、地域のためにもなってた、みたいな流れなんですよね。そのスタンスを崩さないで続けていきたい」(佐藤さん)

確かに、地域のため、誰かのための努力なら、そのうち息切れしてしまってもおかしくない。活動の原点は、まず自分たちが楽しいことをする、という姿勢は正しいだろう。
nociw*がいま画策しているのは、村のオリジナルのキーホルダーづくり。クレーンゲームの中古マシンを手に入れたので、キーホルダー入りのカプセルを入れて音威子府駅の天北線資料室に置き、観光客にゲームで遊んでもらおうという趣向なのだとか。やりたいことは、まだまだ尽きることがなさそうだ。

nociw*
WEBサイト

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