飲み物を超えて、地域の媒体へ。

北海道のモノづくりの可能性を広げる積丹スピリットのクラフトジン

クラフトジン「火の帆」シリーズ。積丹の厳しい自然環境で生き残ってきた植物たちのポテンシャルを詰め込んだ

酒造業のスタートアップが全国各地で勢いを増している。そして今、ブームの渦中にあるのがクラフトジンだ。積丹町で始まった北海道の自然資本を生かしたスピリッツづくりの挑戦に、北海道のモノづくりの可能性を見た。
長谷川みちる-text
伊藤留美子-photo

北海道の森を飲む

衝撃が忘れられない。
深いオレンジとキレの良いホップ、シナモンを思わせるスパイシーで甘い香り。そして頭をよぎるのは、北海道民であれば刻まれているであろう“針葉樹林”の風景だ。口蓋から脳まで突き抜けていく豊かな香りの体験をくれたのは「火の帆(ほのほ)」。積丹町にあるクラフトジン専門蒸溜所・(株)積丹スピリットが手掛けるクラフトジンである。

火の帆ブランドのスタンダート商品「KIBOU」。アカエゾマツを基調に、ホップ、エゾミカン、キタコブシ、エゾヤマモモ、オオバクロモジなどのボタニカルの香りをブレンドしている(提供:積丹スピリット)

漁業のイメージが強い積丹町で、スピリッツづくりの火種が生まれたのは2015年のこと。地域に迫っている人口減少や産業衰退に対する突破口としての取り組みがきっかけとなった。「当時は国の地方創生事業の方針が立てられたこともあり、地域が具体的に実行に移せるプロジェクトを本気で考えなければならない時期が来ていました」と説明するのは、大学時代の研究をきっかけに積丹町を訪れ、町とは30年来の繋がりがある同社代表取締役の岩井宏文さんだ。

岩井宏文さん。農業の周りに集まる人たちの可能性を感じ、建設分野(都市計画)からキャリアチェンジして一次産業分野のコンサルタントへ

実は岩井さんは、一次産業分野のコンサル・コーディネート事業を手掛ける企業の代表取締役の顔も持っている。あるとき町長や役場関係者と再会し、あらためて地域が直面する課題を受け取った岩井さんは2015年にプレ調査を実施。新たな産業や地域を盛り上げるためのプロジェクトを6つ立案した。ニシン番屋や石蔵の活用、アウトドア体験型観光、漁港に人が集まる仕掛けづくりなど多彩なアイデアの中にあったのが遊休農地や森林を活用したジンづくりだった。

今まさにクラフトジンブームが到来し蒸溜所が次々と現れているが、積丹スピリットは国内でも先駆け的な存在。道内では2番目に設立された

そもそもジンとは、どんなスピリッツなのか。いしかわあさこ著の『ジンカクテル』によると、①ジュニパーベリーの風味がする蒸溜酒②農作物由来のエチルアルコールをベーススピリッツとする③アルコール度数は37.5%以上―と定められている。

ジンには欠かせないジュニパーベリーはヒノキ科の針葉樹の果実(正確にいうと球果、松ぼっくりなどが仲間)で、和名をセイヨウネズという。見た目はブルーベリーに近く、肉料理の臭み消しやザワークラウト料理の風味付けとして利用されている。このジュニパーベリーをベーススピリッツに加え、(定義には含まれていないが)さまざまな植物や食物を香り付けのアクセントとしてミックスし、再蒸溜する。原材料が持つ特性を生かした蒸溜方法、香りのブレンドテクニックなどがジンのオリジナリティを左右するポイントとなる。
 

ストーリーを“作り切る”自信があった

森やボタニカル(植物)を生かしたモノづくりで思い浮かぶのは、どちらかといえば“使う物”かもしれない。木工雑貨や家具、エッセンシャルオイル、スキンケア用品などは道内各地で誕生しているが、“飲む”という切り口の商品はそう多くない。

「ヒントをくれたのは、北海道の木育の第一人者・煙山泰子さんでした。彼女は積丹の風の強さや真冬は外界から閉ざされる厳しい環境にあることを理解していて、スコットランド最北の蒸溜所『Blackwoods』の話をしてくれたんですね。かつてのBlackwoodsのジンのボトルには強風で木がしなる様子が描かれていたのですが、そのような厳しい環境でジンを製造できるのだから積丹町でもやれるはず。地域資源を活用する方法の一つとして大人向けに木育を実施するなら、ジンが良いのではというアイデアでした」

火の帆のメインフレーバーとなるアカエゾマツ。新芽を乾燥させることで熟成したオレンジの香りとなる(提供:積丹スピリット)

このアドバイスから着想を得て立ち上がった「積丹GINプロジェクト」は、2016年から本格的にスタート。「積丹の気候風土を生かした『スピリッツ開発』によるしごと創生事業」として国の採択を受け、蒸溜事業から半島全域の産業化を推進するための基礎調査のフェーズへと進んでいく。

プロジェクトは蒸溜事業、圃場整備、体験事業、食材開発事業などが含まれ、各分野の専門家が参画(提供:積丹スピリット)

真っ先に取り組み始めたのは専門家による半島の植物採集で、地域の植生をあらためて確認するとともにジンの原材料として使えるボタニカルを選別していった。ジンのオリジナリティを決めるレシピ作りや酒造免許の取得、蒸溜所を建設するための資金調達も必要だった。

事業の実施期間は3カ年あったが、基礎調査の終了を待たず2018年に積丹スピリットを設立することになる。岩井さんには、確信があった。人口が減少すると自然が優位になるのは当然で、新たに何かを興すのであればそこから恵みをいただくのが“自然”ではなかろうか。地域の特長である半島という地勢、つまり“自然資本”を生かさない手はない。山の上から海の下まで多様な植生が息づく積丹半島は、北海道の中でもジンを作る環境として最適な場所なはずだ…と。

「この町だからこそ、ジンの“ストーリー”を作り切れる」という自信を胸に、2020年6月に火の帆は産声を上げた。
 

1億の事業が、地域に10億の経済効果をもたらす

積丹スピリットは、国内はもちろん世界的にも稀有なクラフトジン専門蒸溜所と言われている。その理由は原料となるボタニカルの栽培を自社で行なっていること、その一つ一つを個別に蒸溜した「ボタニカル蒸溜液」をドライジンとブレンドする方式をとっていることにある。

基本的なジン(ドライジン)の製造方法は、①95%以上のアルコール度数があるベーススピリッツに加水し、ボタニカルを抽出しやすい度数(60%程度)まで落とす②ジュニパーベリーといくつかのボタニカルをベーススピリッツに浸漬して再蒸溜する③溜液(度数70〜80%)を取り出して加水し、ボトリングするーという工程を踏む。ボタニカルは業者(もしくは生産者)から仕入れるのが一般的だ。

20年ほど手付かずだった土地を、馬を入れて開墾したボタニカル畑。現在、約80種を育てている(提供:積丹スピリット)

一方で積丹スピリットでは、火の帆の香りのキーとなるアカエゾマツの新芽などは地権者の同意を得て収集するとともに(国定公園や国有林内はボタニカルの採集は認められないため)、町内でしばらく放置されていた遊休農地を新たに開墾してボタニカルを栽培している。

また、コアになるドライジンは500リッターの蒸溜機で、個別のボタニカル蒸溜液は50リッターの小さな蒸溜機を使って40種類を製造する。これだけの種類のボタニカルを蒸溜するにはかなりの手間と時間を要するのは想像に難くない。企業経営の中でコストを圧迫する人件費もかさむはずだ。

ドイツ製の銅製蒸溜機「KIBOU」

「プロジェクトは地域創生をベースに発足しているので、雇用創出は企業の役割の前提として据えていました。現実的な話をすると蒸溜所自体の売り上げ規模は最大で1億円ほどを見込んでいますが、必然的に雇用人数の上限は決まりますよね。一方で積丹スピリットの取り組みをきっかけに、町自体の人材制度も整えることで事業も町もスケールさせる狙いがありました」と岩井さんは事業の全容を説明する。

実際に積丹町では地域おこし協力隊の受け入れを役場所属ではなく“企業所属”とした全国でも珍しい自治体で、町内の各事業者に15名を送り出している。積丹スピリットでも2名の協力隊が活躍中だ。

さらに積丹スピリットの設立をきっかけに地域にユニークな人材が集まり、町の温泉を再生する会社、羊の牧場やアウトドア会社など新規企業設立の波もやってきている。既存の事業者も含めそれぞれの経営が拡大するだけでなく、町のイベントや新しい取り組みに人材を出し合うことができるようになり、町全体の経済効果が10億円まで広がる可能性も見えてきているのだ。

 

原材料の供給地から、モノづくりの北海道へ

手間のかかる方法を選択したもう一つの理由。それは、OEMによるジンの“媒体化”にある。

「ボタニカル蒸溜液をバラで持つことで、商品づくりの自由度が高まります。そして、小ロットでOEMを引き受けられるメリットもある。実際に全国各地からのオファーで、すでに30件ほどオリジナルジンを企画・製造しました。全国からキーになるボタニカルが送られてくるので、香りを抽出する研究や最終的な蒸溜を積丹スピリットで担い、私たちの持っているボタニカル蒸溜液からマッチするものを組み合わせてオリジナルジンを製造するというわけです」

火の帆ブランドには、BOUQUET (ブーケ)、BOUQUET LIQUEUR HAMANASU(ブーケ リキュール ハマナス)、UMI(ウミ)などのシリーズがある。最近では限定100本の薬草系リキュールの生アブサンも登場した

例えば、三井物産のオリジナルジンもその一つだ。同社ではSDGsの取り組みの一環として社友林「三井物産の森」のアカエゾマツで香り付けしたジンを作り、顧客に向けたノベルティグッズとして提供している。

「モノを介して“何を見せるか”を考えている人たちがいる。その人たちとタッグを組むことで、ジンは単なる飲み物ではなく“媒体”へと進化します。プロモーションなどに割く時間を、内部力を高める時間に充てられる意味でもメリットが高いのですが、それ以上に我々の事業や町について広く発信する力にもなってくれるんです」と岩井さんは教えてくれた。

同社が主催する会員制プロジェクト「SHAKOTAN海森計画」では、積丹半島をフィールドに豊かな食や風土、地域の暮らしの魅力を共に楽しむイベントやセミナーを実施。積丹のファンづくりの場を作っている(提供:積丹スピリット)

伊勢の赤福で使われる小豆、博多の辛子明太子用のタラコ。関西では高級品として扱われるゆりねや昆布。実はこれらの主産地は全て北海道だ。これまで日本の食料供給基地として力を発揮していた北海道だが、今や食や一次産業をクリエイティブし、新しいモノづくりの場所としての成長を始めている。モノづくりとともに人が集い、地域が新しく躍動していく。北海道は、これからもっともっと面白くなるに違いない。そんな確信がある。

参考文献
・『ジン カクテル』いしかわ あさこ、スタジオタッククリエイティブ
・『ジンの歴史』レスリー・ジェイコブズ・ソルモンソン、原書房

(提供:積丹スピリット)

積丹スピリット
本社:北海道積丹郡積丹町大字野塚町字ウエント229番地1
Webサイト

この記事をシェアする
感想をメールする
ENGLISH