篠路在住の須藤雅司さんは47年つとめた職場で定年をむかえ、次は何をしようか迷っていた時、テレビで「篠路まちづくりテラス和氣藍々」のことを知る。趣味で20年以上そば打ちを続けている須藤さんは、つねづね「うどんもやってみたい」と思っていた。一方、和氣藍々では篠路にある製粉会社、木田製粉の小麦粉を使った手打ちうどんを看板メニューにしていた。
「近所だし敷居が低かったので、様子を見に行きました。すると店の人がすごく苦労してうどんを打っていて、食べてみたら、うどんのコシに物足りなさを感じたんです」と須藤さん。
手打ちうどんはコシを出すために足踏みをするが、「食べるものを踏むのは嫌」とその工程を省いていたため、苦労のわりに物足りない出来だった。研究熱心な須藤さんはインターネットであれこれ調べ、足踏みしない方法を発見。「こうしたら?」と提案すると、やってみよう、ということになり、最初はボランティアでうどんを打ち始めた。それから約半年、須藤さんが試行錯誤の末オリジナルレシピを完成させ、「和氣藍々のうどんがおいしくなった」と評判が広がっていく。須藤さんはボランティアではなく本格的にスタッフ(組合員)として参加することに。その後、ほかのスタッフも皆うどん打ちをマスターし、現在は須藤さんの手を離れて、コシのあるプリプリのうどんが提供されている。
ここで少しお店について説明したい。「篠路まちづくりテラス和氣藍々」は、もともと篠路にある公共施設・札幌市篠路コミュニティセンターを運営する労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事業団の組合員が中心となり、地元の住民に協力を呼びかけ2017年5月にオープンした。「公共施設以外に地域の拠点をつくりたい」「どんな人も働く場所や出かける場所をつくりたい」という思いのもと、障がいのある方や地元に住む方々が一緒に働いている。
和氣藍々のユニークな特長の一つに、ほぼ毎日様々なイベントを開催していることがある。「何度でも聞いていいスマホ相談室」、65歳以上の方が参加する「まだしゃべるん会」、「はるかとお菓子を作ろう」などのイベントが、通常営業の店内でくり広げられる。その隣で普通に食事をする人もいて、それが自然と居心地がいい。学校帰りの子が水を飲みに来たり、バスを待つ人が暖をとりに来たりもする。何かあったら、何もなくても、安心して立ち寄れる場所。敷居が低いのも当然なのだ。
さて、「うどんを打つ須藤さん」は「コーヒーを淹れる須藤さん」でもあった。
須藤さんの歴史としてはこちらのほうがずっと先で、ここ20年はスペシャルティコーヒーにハマり、自宅で奥さんと二人分のコーヒーを淹れて楽しんでいた。それを聞いて「私も飲みたい!」という人が増え、和氣藍々の恒例イベントとして「コーヒーを楽しむ会」を開催することになった。
毎回好評でしばらく続けているうち、「今度近くでスーパーを開くんだけど、店の休憩所でコーヒーを出してくれない?」と声がかかった。須藤さんは道具一式を持参して、スーパー内で小さなコーヒーショップを開店する。「以前からイベントに来てくれていた人や、地元の新しいお客さんがたくさん来てくれました」と須藤さん。
その後、スーパーでの出店はやめることになるが、よく来ていたカフェレストランのオーナーから「うちに来ませんか?」と誘われ、今度はカフェで同様に食後のコーヒーを提供することに。須藤さんのコーヒーを飲んだ人たちが、次々にと声をかけたくなるのは、コーヒーのおいしさとご本人の人柄のせいだろう。そちらでしばらく営業していると、カフェが冬期休業となることがわかり、その間の1、2、3月だけ和氣藍々で営業することになった。
「春には向こうに戻るつもりだったんです。でも、こっちのお客さんやスタッフから『行かないで』と引き止められて、正直に向こうのオーナーに相談すると、『そうなると思っていました。両方やるのは大変だし、うちはいいですよ』って言ってくれて」
こうして活躍の場は再び和氣藍々に落ち着いた。昼食にうどんやカレーを食べ、食後の一杯を楽しみに来る人が多くなった。店に入ると左手前が須藤さんのコーナーで、45年前にボーナスを貯めて買ったオープンリールデッキからやさしい音が流れてくる。「ここは自分にとって癒しの場所です。なじみのお客さんが来てくれて、『行かないで』『こっちに居て』と言われると、なかなかうれしいものです」
須藤さんがコーヒー好きになったのは、いまから52年前のこと。美唄に転勤した20歳のころ、会社の先輩に連れていってもらった喫茶店で初めてブラックコーヒーを飲んだのがきっかけだった。砂糖やミルクを入れて飲むものと思っていたのが、こんなにおいしいのかと驚き、毎日通うようになる。母娘で営む小さな喫茶店で、須藤さんが仕事を終えて通ううち、ときどき店番を頼まれるようになった。若き須藤さんはこの頃からすでに「声をかけたくなるオーラ」を出していたに違いない。
それから、現役時代はゆっくりできる休日だけ、定年後は毎朝豆をひいてコーヒーを淹れ、それがだんだん広がって、小さなコーヒーショップのマスターになった。今はコーヒーだけでなく和氣藍々の仕事は何でも協力し、コーヒーが休みの火曜日は地元のボランティア活動に精を出す。
須藤さんに「これからやりたいことは?」と聞くと、「今は特にないですが、いろいろやっていくうちに多分また出てくると思います。自分が経験してきた好きなこと、楽しいこと、できることをやって、それが周りの人にも喜ばれたら何より。それには何でも経験してみることがおススメです」。その軽やかな返事を聞いて、ふわりと明るい気持ちになる。これが「須藤さんこだわりの一杯」の隠し味なのだろう。
篠路まちづくりテラス和氣藍々
札幌市北区篠路4条9丁目15-10
TEL:011-788-3146
営業:10:00〜17:00(手打ちうどんは10:00~16:00)、毎週月曜定休
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名前のない珈琲店(須藤さんのコーヒー)
篠路まちづくりテラス和氣藍々内
営業:水・木・金・土曜、10:00〜15:00