発信する喫茶店、丸美珈琲店

オリジナルの抽出法、ニューウェーブドリップについて詳しく説明しながら淹れていただいた。1つ質問すると10返ってくるのが丸美珈琲店の特徴

札幌市内に6店舗を展開する丸美珈琲店は、スペシャルティコーヒー専門店として愛される名店の一つ。代表の後藤栄二郎さんが中南米やアフリカなどの生産地へでかけ、直接買い付けた豆が並び、「こんな味のコーヒーがあるんだ」といつも驚きと発見にあふれている。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

「後藤さんが何人もいるみたい」

丸美珈琲店はとても情報量の多い喫茶店である。できれば、つかれた頭を休めたい時ではなく、やる気にあふれて「美味しいコーヒーを見つけよう!」と思う時に行きたい。店頭にずらりと並ぶコーヒー豆には生産国や農園名、精製処理、品種、味わいや焙煎度合い、生産者の特徴などの説明書きがあり、スタッフが「どんな味をお探しですか? それでしたら今は……」とガラスドームへ誘導してくれる。1種類ずつにガラスの帽子がかぶせてあり、ひっくり返して香りを確かめると、豆の個性がどっと押し寄せる。
迷った末に注文を決め、少し待つといい香りの1杯が運ばれてくる。一緒に小さなカードが1枚、今回選んだ豆について書いてある。農園や品種のカタカナ名は覚えにくいが文字で見ると記憶に残る。次もこれにしようか、また別の銘柄にしようかと大事に持って帰る。かくして丸美珈琲店のファンが増えていく。
情報の多さはお店だけでなく、例えば、音声メディアのポッドキャストでは、代表の後藤栄二郎さんが2021年3月から毎週更新している「新解釈 珈琲の世界」という番組を聞くことができる。自宅で美味しいコーヒーを飲むポイント、オススメのカフェ、生産地の話、鑑定や焙煎、バリスタの話……すでにvol.160を超える。

ポッドキャスト「新解釈 珈琲の世界」
Spotify
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後藤さんが教えてくれた。
「もともとは従業員向けに作ったものです。以前は僕がずっと店でコーヒーを淹れ、スタッフと常にコーヒーの話をしていました。でもお店が増えてスタッフが30人近くになり、一人一人に語る時間が少なくなってしまった。いまは新入社員が入ると1ヵ月、勤務時間中に毎日どれか好きな回を1つずつ聞くことになっています」
番組のコンセプトは27年間蓄積したコーヒーの知識や技術について、自分なりの解釈で話すこと。資料の類は一切なく、後藤さんが一人よどみなく語り続ける。
「僕は多分コーヒー産業全体の1%くらいにしか関わっていなくて、やれることはまだまだあるし、何よりコーヒー自体がまだ変わっていく過程にあって、それを追求するのが楽しいんです。この楽しさを伝えられたらと思っています」
その志と知識はスタッフに浸透し、お客さんに対する説明もより詳しく丁寧に、きめ細かくなっていく。販売会などイベントに出店すると、「後藤さんが何人もいるみたいだね」と言われるそうだ。

丸美珈琲有限会社 代表取締役 後藤栄二郎さん
2006年丸美珈琲店設立。コーヒーソムリエの資格「Qグレーダー」を北海道で初めて取得。コーヒーソムリエの世界選手権(2009年)3位、焙煎技術を競う国内大会「ジャパンコーヒーロースティング・チャンピオンシップ」(2013年)1位の経歴をもつ

ガラスの中にコーヒーの香りが充満し、特徴がよくわかる

コーヒーと月替わりのワッフル。MARUMI COFFEE STAND NAKAJIMA PARK中島公園店にて

買付けは味覚探究の旅

丸美珈琲店では毎年コスタリカやコロンビア、ホンジュラス、グアテマラ、ニカラグア、エチオピア、ケニアなどのコーヒー生産国に出かけ、現地のインポーターや生産者に直接会い、品質を確かめて「これぞ」と思う銘柄を買い付ける。当然コストも時間もかかるが、それでも行く理由は何だろう。

「品質のバリエーションが全然違います。一般的に日本の商社が仕入れるコーヒー豆は、市場で売りやすいように大量に確保できるものが多く、さらに厳選したスペシャルティコーヒーとなると1つの国で数銘柄に限られます。でも僕らは1つの生産地で数百にも及ぶサンプルの中から、味や香りを確かめて選ぶことができる。コーヒーの鑑定は基本ブラインドで、価格も品種も書いていません。結果として品質が良く価格が高いものを選ぶことになりますが、中にはすごく安くて品質が良く、新しい銘柄に出合うこともあって、これは日本のお客さんに喜んでもらえるだろうなと燃えます。自分の五感を全部使って『味覚探究の旅』に出ている感覚です」

「なぜこういう味になっているのか」が腑に落ちる場面も多いという。例えば初めてブラジルに行った年は何時間もバスで移動し続け、どこまでも広大なコーヒー農園と、豆の収穫まで機械化されている様子などを間近に見て、「コーヒー生産世界一の国」を実感した。また、ブラジルは他国にはない重要な役割があって、コーヒー豆が不作の年も世界中で不足しないよう全消費量の3年分の豆をストックする仕組みがある。そのため通常日本から注文すると、4年前に収穫した豆が届く。多くの人が持つ「ブラジルのコーヒーは酸味が少なくマイルド」といったイメージにはこうした背景がある。
「生産地に行くとまだ知らないことばかりですが、昔から『何となく理解していたこと』が明確になります。どんなに本を読んで勉強しても、実際に経験する感動には太刀打ちできない。今後はもっと多くのスタッフが行ける環境を作りたいと思っています。でも南米は危険すぎるので、いま目をつけているのは急成長している生産地・台湾です」
こうして蓄積された経験や感動が、また美味しい1杯になる。

コスタリカのマイクロミル(コーヒーの小規模生産処理施設)で、サンプルの鑑定をする後藤さん(写真提供:丸美珈琲店)

コーヒー農園の皆さんと(写真提供:丸美珈琲店)

たわわに実るコーヒーチェリー。この中の種子がコーヒー豆になる(写真提供:丸美珈琲店)

競技会で自分の立ち位置を知る

後藤さんは子どもの頃、札幌でジンギスカン店を経営していた父親に憧れ、「いつか家業を継ぎたい」と思っていたが、予想外に長男のお兄さんが継ぐことになり、別の道を模索する(兄弟喧嘩したわけではないのでご安心を。今も仲良しです)。大学を卒業後、経営者として尊敬していた滝沢信夫さん創業の「可否茶館」に入社し、9年間勤務した後に独立。かつて祖父が経営していた帽子店があった三越百貨店の近く、大通公園そばのビルに第1号店を開くことにした。当時少しずつ広がり始めていたスペシャルティコーヒーの専門店である(スペシャルティコーヒーについてはぜひ「新解釈 珈琲の世界」vol.3をお聞きください)。
百貨店や銀行、証券会社などが多い中心部でマーケットの照準を合わせ、テーブルやカウンター、食器まで高級感のある重厚なスタイルの喫茶店を目指した。前職で新店舗のオープンを何度も経験していたので、うまくいく自信はあった。ところが……「カッコいい店ができましたが、重厚で、名前の知らない喫茶店って、ただ入りづらいだけですよね。覗きにくる人はいましたが、入ってくるお客さんは全然いない。オープンから10日目で、4人雇ったスタッフの2人に辞めてもらいました」

改めてお客様が来ない理由を考え、これまで販売部門の経験は積んできたけれど、豆の品質を評価・鑑定する技術、焙煎の技術など、製造部門のレベルが圧倒的に足りないことを痛感する。それから約2年間、1号店の経営は何とか維持しながら、自分自身の勉強の時間を捻出し、製造の技術を突き詰めていった。
その頃に初めて知ったのが、国際的なコーヒーソムリエの「Qグレーダー」という資格試験で、アメリカやヨーロッパでしか実施していなかったものを2008年に神戸で初めて開催することを聞き、日程が1週間かかるうえ費用もずいぶん高かったが、スタッフに店を任せて思い切って参加した。
試験では、24人いた受験者のうち合格したのはわずか4人だった。受験者には大手コーヒーメーカーの品質管理者もいたが、途中で脱落する人も多かったという。地道な勉強の成果が実り、後藤さんは4人の中に入ってみごと合格。その好成績が買われ、2009年にコーヒーソムリエの世界選手権に日本代表として推薦され、32カ国の代表と競い合い、堂々の世界3位を獲得。これが大きな転機となった。

「僕としては1位ではなく3位だったので、複雑な気持ちで帰ってきました。でも新聞やテレビ、ラジオといろいろなメディアに取り上げていただき、多くのお客さんに来ていただけるようになりました」
ただ、それは後からついてきた結果で、後藤さんが資格試験に挑戦したり、競技会に出場したりする目的は、自分の現在の立ち位置を知り、足りない技術や知識を世界のトップから吸収すること。さらにその先の目的は、コーヒーという商材を通してお客様が満足することがある。「すべてはその検証のためにやっています」

コーヒーソムリエの世界選手権で3位に入賞した表彰式(写真提供:丸美珈琲店)

丸美の名前は祖父が経営していた「丸美帽子店」より命名した。「帽子は丸くて美しいから、コーヒー豆は丸くて美味しいから、ちょうどいいでしょう」

コーヒー文化が香るまち札幌から

後藤さんに、いま一番やりたいことを聞いてみた。
「世界中からたくさんのサンプルが届き、多くの人が日常的に豆を鑑定したり、新しい抽出方法などを検証したりできる研究所のような空間をつくりたいです」
その上で品質の高い原料をより多く供給できるようになったら、美味しいコーヒーが飲める場所を札幌でもっと増やしたい。喫茶店だけでなく、レストランでも和食店でも、札幌の飲食店で食後に出てくるコーヒーをすべて美味しくしたい。それはもちろんコーヒー業界だけでできることではなく、いろいろな分野の人が一緒になって取り組む必要があるという。

札幌は可否茶館の滝沢さんをはじめ、多くの先人たちがコーヒー文化を育んできた地域で、自家焙煎の喫茶店が多く、全国でも珍しいほど深煎りコーヒーが定着している。これは北海道の土地柄が大きく影響しているそうだ。
「昔から大手コーヒーメーカーは横浜や神戸、名古屋などに本社を構え、コーヒー豆を積んだ船が入港するとすぐ良質の豆を買い付けるため、北の端まで来るのは売れ残った豆がほとんどでした。そういう豆でもしっかり熱を加えて焙煎し、深煎りの素晴らしいコーヒーに仕上げる技術が発達しました。まさに焙煎人の腕です。その上にいま多種多様なタイプのコーヒーが花開いている面白いエリアなんです」
コーヒー文化が香るまち、北海道・札幌に住んでいることがうれしくなる。後藤さんたちの発信は喫茶店を超え、業界を超え、どこまでも広がっていく。

MARUMI COFFEE STAND NAKAJIMA PARK中島公園店
北海道札幌市中央区南14条西6丁目KCメープルコート1階
TEL:011-513-8338
営業:平日10時〜19時、土日祝9時〜19時、定休日なし

丸美珈琲店大通公園本店
札幌市中央区南1条西1丁目2番松崎ビル1階
TEL:011-207-1103
営業:平日10時~20時、日祝10時~19時、定休日なし

※そのほか丸井今井札幌本店(コーヒー豆販売専門)、丸井今井札幌本店大通館3階Cafe、MARUMI COFFEE STAND sitatte sapporoシタッテサッポロ店、丸美珈琲店22%MARKETがあります。詳しくはWEBサイトをご覧ください。

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