ふるさとの味をつなぐ人びと

江差産糠ニシンで「三平汁」を作る藤谷真理子(ふじや・まりこ)さん。「ニシンはさっと糠をおとして、早めに汁に入れて煮込むとちょうどいい塩加減になります」

江差のまちで、郷土料理を作る人たちに会った。皆さんの笑顔と一緒にいただく伝統の味は、私たちをすっぽり優しく包みこむ。かつて、食物が少なくなる冬を越すため野菜や魚貝を保存し、おいしく食べる生活の知恵。そのたくましく豊かな知恵は、今も私たちを惹きつける。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

働きものの母さんの味「追分こうれん」

江差の農家に生まれ、同じく農家に嫁いだ長尾和子(ながお・かずこ)さんは、とにかくじっとしていることがない。10年ほど前に息子夫婦にメインの畑作業をゆずったあとも、ハウス10棟分(!)のアスパラガスを育て、6月から9月はほぼ毎朝4時にはハウスにでかけ、ひと仕事してから朝ご飯。そのあともかぼちゃ、トマト、キュウリ…とさまざまな野菜の世話をし、息子さんたちの助っ人をこなし、さらに農協の女性部と地域の有志でつくる農産物加工団体「えさし水土里(みどり)の会」でも大活躍。なんともパワフル、そしていつも楽しそう。

和子さんたち農協女性部のメンバーは、毎年5、6月になると20名ほどで集まり、江差に古くから伝わる「こうれん」を大量に作る。こうれんとは、もち米を蒸してゴマ、砂糖、塩を加えてもちにしてから薄く、丸く伸ばし、天日で干して作る米菓子。食べるときは油で揚げるかトースターや網で焼くのだが、大きく膨らむのでかなり食べ応えがある。今年はすでに1俵のもち米を加工した。それでも作ったそばから売れていくので、去年は10月でその年の分が売り切れてしまった。

「私は子どものころからずっと食べていて、お嫁に来たころまではそれぞれの家で作っていました。一度にたくさん作るので、今日はこっちの家、明日はあっちの家とお手伝いに行って。今は女性部メンバーが栽培したもち米を使っていますが、昔はうるちの二番米も使っていたんでないかな。あのころは近所におばあさんがいっぱいいて、私は言われた通りハイハイって動いていたから詳しくわからないけどね」

「えさし水土里の会」会長の長尾和子さん。農協女性部では20年以上部長を務め、数年前に代替わりした

JA新函館江差支店女性部が作る「追分こうれん」。油で揚げたり網で焼いたり、電子レンジで加熱してもOK。鍋物の具材にしてもおいしい。江差町の特産物販売所「ぷらっと江差」や近隣の道の駅などで販売している

長期保存ができるこうれんは、昔は田植えが済んだ時期に1年分作られた。たくさん作って親戚に配ったり、農作業の一服のおやつにしたり、お盆のおそなえにしたり、江差の暮らしに欠かせない食べものだった。しかし、北海道で減反政策が進んだ昭和40年代ころから、農家はやることが一気に増えて常に忙しくなった。転作で多くの作物を栽培するため、田植えが終わって一段落、という期間がなくなり、手間のかかるこうれん作りは次第に姿を消していった。

「このままではこうれんが消えてしまう」
そう考えた当時の農協女性部長が呼びかけ、農協の製品として女性部員たちで作ることにした。以来、ニュースや新聞などで取り上げられるたびに「懐かしい」と全国から注文が寄せられ、現在は製造が追いつかないほどの人気となっている。

「こうれん作りの日は他の仕事ができないので、みんなの都合を合わせるのがひと苦労です。外に2日干すので続けて天気のいい日でないとダメだし、メンバーの仕事の都合と天気予報をにらんで、『じゃあこの日とこの日やるよ!』って決めて集まるんです。
当日は朝4時からもち米をふかして、終わるのは夕方6時くらい。全部手作業だし、干したあと1枚ずつ刷毛で粉をほろう(払い落とす)のが結構時間かかるんですよ。でも、ありがたいことにたくさん注文が来るので、何とか頑張ろうって、みんなでおしゃべりしながら、大笑いしながら作っています」
お母さんたちの笑い声が聞こえてきそうな江差のおやつは、ふんわり甘く、香ばしく、あったかい。

みんなが集まる賑やかなこうれん作りの日(撮影:伊田行孝)


専用の「こうれん棒」で手際よく伸ばしていく(撮影:伊田行孝)


「のま」と呼ばれるすだれに並べ、カラカラになるまで干す(撮影:伊田行孝)



こちらも江差出身の人に「懐かしい」と大人気の逸品、「えさし水土里の会」が作る「まめ漬け」。地域に古くから伝わる漬物で、固ゆでにした枝豆に唐辛子、しそ、みょうがを加え、塩だけで半年ほど漬け込む。しっかりした塩味にピリリと辛みが効いて、熟成した酸味も感じられ、食べ始めるととまらない。江差町特産物販売所「ぷらっと江差」などで購入できる

まりちゃんのニシン料理

次に訪ねたのは、日本海に面した水産加工場・藤谷漁業部の「まりちゃん」こと、藤谷真理子さんのところ。真理子さんの夫は漁師で、夏はイカを追って遠く石川県から日本海を北上し、北は稚内、最後はオホーツク海を越えて羅臼まで遠征し、真理子さん自身は地元のイカやサクラマス、紅ズワイガニ、ヒラメ、スケソウなどなど旬の魚貝を加工・販売する、夫婦そろって海に生きる江差の人だ。

漁協女性部江差支部長を長く務め、気さくで面倒見のよい真理子さんのもとには、いろいろな相談ごとが舞い込んでくる。昨年は町が「ニシンの繁栄が息づくまち」として日本遺産に認定されたこともあり、これまでは水揚げが少なく町内で食べられなかった江差産ニシンを常に食べられるように、とレシピ開発を頼まれた。

「まずはニシンそばに乗せる甘露煮を作りました。うちは加工屋ですから、魚の開きや干物、すり身なんかはいくらでも作っていたけど、甘露煮まで作ったのは実は初めて。最初は圧力鍋を使ったんだけど、なんだか上手くいかなくて、普通の大きなお鍋で10時間コトコト煮たらおいしくできました。
江差でとれたニシンはロシアなどの輸入ものと違って、脂がきつくなく優しい味で、煮物に向いていると思います。おそばの味も消さないし、ちょうどいいみたい。甘露煮のほかにも、骨つきで煮たり、生でマリネにしたり、イカの沖漬けと和えたり、いろいろ試作してみているところ。よかったらこれ食べてみて」

そうして次々とテーブルに並ぶニシン料理の数々。さらに、加工場で煮上がったばかりのツブ、ご近所さんがお裾分けしてくれたタケノコ、とれたてのアスパラガス、江差名物・岩のり弁当、ニシン甘露煮と数の子の贅沢ニシン丼…。私たちは夢のように豪華なお昼をいただくことになった。

ひやま漁協女性部江差支部長の藤谷真理子さん。町内のお祭りやイベントでは女性部メンバーを率いて“浜のかあさん料理”をふるまう


ひやま漁協女性部江差支部が作る「にしん甘露煮」。江差町特産物販売所「ぷらっと江差」のレストランで提供する「にしんそば」に使われている


骨つきのままじっくり煮た「やわらか煮」はニシンの旨味が丸ごと楽しめる。まだ試作品だが完成度は十二分


タマネギとレモンの風味がさっぱりとおいしいニシンのマリネ


ニシン丼は数の子も江差産。塩蔵しておき、だしと醤油、酒で上品に味付けしている


真理子さんがお嫁に来た40年ほど前は、春のサクラマスに始まり、夏から初冬までのイカ漁、冬のスケソウと休む間もなく忙しい漁が続き、家族も総出で準備をしたので、加工を行う余裕はなかった。その後、漁師仲間数軒で「イカの沖漬け」など加工品を手がけるようになり、約20年前に「藤谷漁業部」として加工施設をつくった。以来、真理子さんの仕事のスタイルは変わらない。

「ここで使う材料は江差の浜と近くの上ノ国とか熊石とか、その時に地元でとれたものなら何でも。だから、その日に何の作業をするか、当日にならないと私にもわからないんです。お客さんも、『今日は何があるの?』って来てくれます」

真理子さんの加工場は、まち人みんなの台所のような存在なのだろう。よそゆきではない、なくてはならない、安心の味。心と身体を満たす食べもの。そんな真理子さんが、自家製の江差産糠ニシンで三平汁を作ってくれた。

「三平汁には、大根とネギ、ジャガイモは必ず入れて、あとはその時期の野菜をたっぷりね。今日は春にとったフキがまだあったから、フキをたくさん入れています。ニシンは糠を落として、塩抜きはしないで、ブツブツ切って、汁が少しわいたくらい、ジャガイモがまだ固いうちに入れるのがコツ。ニシンの塩気があるから、味付けの塩は少しだけね。あんまり入れると、せっかくのニシンの味がわからなくなるから」
真理子さんのお話を聞きながら、気がつくと私はふだんの数倍の量の料理を食べていた。完全にまりちゃんに胃袋をつかまれた。

ニシンの三平汁。後ろに見えるのは、岩のりを二段に重ねた豪華のり弁

のり弁を作る真理子さん。醤油に日本酒を少し混ぜるとまろやかになる

大鍋に野菜たっぷりで作る三平汁。ニシンのほか、江差でよく食べるのはスケソウダラやサケの三平。アラも入れるといいだしが出る


ぷらっと江差
住所:北海道桧山郡江差町字姥神町1-10
TEL:0139-52-1377
営業時間:9:00-17:00
定休日:4〜10月は無休、11〜3月は月曜・祝祭日の翌日、12/31〜1/5
WEBサイト

藤谷漁業部 
「手作りまりちゃんの店」のかわいい看板が目印
住所:北海道桧山郡江差町津花町36
TEL:0139-52-6818
営業時間:9:00-17:00/不定休

JA新はこだて
WEBサイト

ひやま漁業協同組合
WEBサイト

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