江別産の酒米<彗星>でつくった特別純米酒「瑞穂のしずく」

「どこの居酒屋にもあるようなメニューしかないよ」と店主は言うが、なんとも酒が進む

江別といえば小麦産地のイメージが強い。だが、昔からの主要作物は水稲である。この江別産米を広めるため、地酒づくりに動き出した生産者たちがいる。その熱意に応えたのが近隣の栗山町にある小林酒造。江別市農業振興課、地元の取扱店や飲食店もタッグを組み、特別純米酒「瑞穂のしずく」が誕生したのは2000年。酒の味を追求するために酒造好適米<彗星>の生産にも乗り出し、やがて期間限定の生原酒が発売されると、道内外から注文が殺到する。この25年のたゆみない努力と情熱をルポすることにした。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo

酒米<彗星>に切り替えたのが成功のターニングポイント

「江別産米の主流は<きらら397>でしたからね。当時、江別では食用米しか生産しておらず、まずはそれを原料に地酒づくりが始まりました。現在、酒造好適米<彗星>の生産者は5戸。食用米や野菜を栽培しながら、酒米を生産しています」と江別市農業振興課の原田奈緒美さん。2000年に発足した「江別の米で酒を造ろう会」の事務局でもある。

江別酒米栽培グループ「すいせい」代表の細川雄矢さん

江別酒米栽培グループ「すいせい」代表の細川雄矢さんに、酒米に切り替えた理由を尋ねてみると「初代代表の山本宏さんから聞いた話によると、小林酒造の前杜氏・脇田征也さんに、酒造好適米を原料にした方が絶対おいしい酒になると助言をいただいたから」と言う。「すいせい」は、<彗星>を生産するために2006年に設立された生産者団体で、低化学肥料・低農薬により安全な農作物の生産をめざすエコファーマー認定も受けている。北海道の酒造好適米で最も重要なのは寒さに強いこと。2006年に誕生した<彗星>は、先に出ていた<吟風>よりも耐冷性に優れ、収穫量も多い。雑味の原因となるタンパク質含有量も低いので、すっきりと淡麗な酒ができると期待されていた。

とはいえ、食用米の生産者にとって、酒米への挑戦は苦労も多かったに違いない。「酒米は、タンパク質の数値が高くならないように育てることが大事。そのためには6月下旬にケイ酸を追肥する必要があり、30㎏ほどの背負い式肥料散布機を担いで田んぼに入って自力で撒かなければならない。その作業が一番大変です」と細川さん。作付面積は全体で3.5ha、昨年度は約19t収穫した。小林酒造の杜氏・南修司さんからの要望は「一粒一粒大きい米に育ててほしい」とのこと。酒米の場合は米の表面を削り、中心にある心白を使うため、粒が大きいほど砕けにくくなるからだ。「大粒にするとタンパク質が上がる傾向があるので、微妙な調整が必要で……」と言いながらも、日本酒好きの細川さんにとって<彗星>は、ついつい面倒を見たくなる存在なのだ。

「瑞穂のしずく」のファンを広げるために毎年企画されている<彗星>収穫体験ツアー(写真提供:江別市農業振興課)

2種類の酵母をブレンドしてラムネのような香りが華やかに

江別産<彗星>の作付面積は、毎年、小林酒造からの注文によって変わる。コロナ禍の2022年の作付面積は60aまで減少したが、なんとか危機を乗り越えた。1878年に創業した小林酒造では、昭和30年代から道産米での酒造りを模索し、2009年には製造酒すべての原料米を道産に切り替えた。江別の地酒「瑞穂のしずく」の製造にあたり、どんな工夫をしているのだろう。

8代目杜氏の南修司さん(写真提供:小林酒造)

8代目杜氏の南さんは「<彗星>の生産地は道内に3カ所あり、それぞれの精米方法や麹の発酵加減など取扱いも違います。まず心掛けたのは、温度管理を容易にできるよう仕込みタンクを小さくしたこと。麹を作るときも、通常は300kg単位の米を大きな機械で洗いますが、江別産は10kgずつ小分けにして、吸収加減を細かく確認しながら洗っています。吸水の精度を上げれば、安定した味わいになります」と説明。「通常の酒は1種類の酵母で造りますが、『瑞穂のしずく』は、香りを華やかにするために2種類の酵母をブレンドします。仕込みの最中にラムネのような香りがしてきたら、ああ、今年も『瑞穂のしずく』の香りが立ってきたなぁ……と感じます」と思い入れもたっぷりだ。

麹室内作業(写真提供:小林酒造)

江別には地域ぐるみで地酒を育てようとするパワーがある

「瑞穂のしずく」を取り扱う酒販店は市内に5店舗。JR江別駅前エリアで1950年から酒販店を営む「曲〆(カネシメ)林数男商店」を訪ねてみた。かつてこのエリアには製紙工場の社宅が並び、「銀座」と呼ばれるほど商店街も栄えていた。その時代を知る2代目店主の林敏昭さんは「酒を造ろう会の発足当初から関わっていますが、江別の強みは地域ぐるみで組織を立ち上げていること。地酒づくりは他でもやっているけれど、行政、生産者、酒造メーカー、販売店、飲食店が一丸となって地酒を育てようとする地域はなかなかない」と胸を張る。

生産者の細川雄矢さん(左)と曲〆林数男商店の林敏昭さん(右)

2015年からは、加熱処理をしない無濾過の生原酒も期間限定販売するようになり、ますます注目を浴びるようになった。「今年は限定1300本だけど、生原酒の評判はかなり高い。札幌、仙台、東京からも注文が入り、すぐに売り切れます」。さっそく購入して飲んでみると、封を開けた瞬間に上品な香りが立ち上がり、すっきりとした透明感の中にコクがあるような、味に奥行きのある深みを感じた。これは、おいしい。「微発泡感が残る生原酒は度数が高いので、クリーミーでコクのあるつまみ、たとえばカマンベールチーズと合わせても、純米酒の米のうま味と相性がいい」と細川さん。南さんは「火入れした方も一般的には冷酒向きですが、少し熟成が進むと濃厚さが増すので熱燗にすると甘みが出て飲みやすい。煮物やおでんに合うんですよ」とそそられる飲み方を教えてくれた。

特別純米酒「瑞穂のしずく」720ml 1870円 <税込>(左)
特別純米酒「瑞穂のしずく」無濾過生原酒720ml 2310円<税込>(右)
※2025年5月1日出荷分より上記価格に改定されます

秋になって運がよければ江別産ヤツメウナギやモクズガニも

江別駅前エリアにある「やん衆 網場(あば)」は、市内の飲食店の中でも「瑞穂のしずく」ファンが多い。店主の新田勝利さんは「うちは近くに住む顔なじみが気軽に飲むような店だから、通年ある純米酒は一杯600円。女性も飲みやすい酒だと思うな。1月下旬~2月上旬に出て来る生原酒はコクがあって味に深みもある、芳醇な感じも人気だね。2人で飲めばすぐ空いてしまうので、うちでは720mlボトルを3000円で。期間限定だからあっという間に売れちゃうね」と話す。

ススキノで修業し、1981年に親の後を継いだ新田勝利さん

今夜のあてに「ホタルいか沖漬け」と「かにみそ」をいただいたが、江別ならではの食べ物はあるのだろうか。「う~ん……運がよければ…9月くらいになったら地元産のヤツメウナギを出せることもある。昔は手づかみで獲れたものだけど、今は本州の方が高く売れるので地元には滅多に出回らない。かば焼きとか、刺身でも出すよ。硬くてコリッと弾力があるの。あとね……石狩川で獲れたモクズガニ(上海ガニ)も年に2、3回出るかな。ヤツメウナギと同じ時期。これも輸出した方が高く売れるから、地元ではあまり食べられない。この二つは、ほんと、運がよければ…だからね」と念を押された。

野幌のバーテンダーがつくる本格的な日本酒カクテル

今や江別の中心地となっている野幌に、本格的なカクテルラウンジ「アプリコット’90」がオーブンしたのは1990年。その前のスナック時代から数えると、バーテンダー歴43年の國友正廣さんは、バイトの学生が社会人になってからも「野幌の親爺」とやって来るほど人情味がある。「昔、この辺は煉瓦工場が多く、お客さんも工場勤務の方ばかりで、レンガバーと呼ばれていた時代もあります。人の流れはすっかり変わり、今は生のフルーツをたくさん使うので女性客が多い」とか。毎年3月に開催される「瑞穂のしずく新酒発表会」(江別の米で酒を造ろう会主催)では、國友さんがシェイカーを振る日本酒カクテルが人気だ。

日本酒ベースのカクテル左から「彗星」「サケソルティドッグ」「瑞穂」

「日本酒が苦手な方にも『瑞穂のしずく』を飲んでいただけるように、日本酒ベースのカクテルを作るようになりました。日本酒を使っているのに、それを感じさせないような飲み口にするのが、カクテルのマジックです」と、三種のカクテルを作ってくれた。ブルーが美しい「彗星」は、グレープフルーツの爽やかさが飲みやすく、日本酒ベースの中でも一番人気。塩を舐めながら飲む枡酒がヒントの「サケソルティドッグ」は塩のパンチが効いている。柿リキュールを使った「瑞穂」は、夕焼け色から干柿を連想したりして。メニューを開くと日本酒ベースのカクテルが13種も並んでおり、「瑞穂のしずく」への深い愛情を感じた。

野幌科飲店組合長でもある國友正廣さん

江別の米で酒を造ろう会/江別酒米栽培グループ「すいせい」(事務局:江別市経済部農業振興課)
北海道江別市高砂町6番地
TEL: 011-381-1025
FAX:011-381-1072
WEBサイト

小林酒造株式会社
北海道夕張郡栗山町錦3丁目109番地
TEL:0123-72-1001
FAX:0123-72-5035
(※上の写真撮影:伊田行孝)

株式会社曲〆(カネシメ)林数男商店
北海道江別市5条4丁目1番地
TEL:011-382-3271
FAX:011-382-3556
営業時間/10:00-20:00
定休日/日曜日

やん衆 網場(あば)
北海道江別市5条6丁目2-5
TEL:011-382-2528
営業時間/17:00-01:00
定休日/日曜日

アプリコット’90
北海道江別市野幌町61-18 第3高関ビル5F
TEL:011-384-0321
営業時間/19:00-01:00
定休日/日曜日

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