津軽海峡に面した砂丘にある日ノ浜遺跡(函館市)出土のイノシシ形土製品。
体長5.6cm、高さ4cmほどのこの愛らしいイノシシは、胴体の縞から幼獣(うり坊)と考えられている。鼻先や下半身の黒い部分は復元されたもの。
津軽海峡には生物分布の境界線(ブラキストン線)があるが、イノシシは北海道に生息していない。しかし道内の縄文遺跡群からは、イノシシの牙を使った装飾品や、炉のあとからイノシシの骨片がたくさん出ている。どういうことだろう。
力の強いイノシシの成獣を当時の舟で運ぶことは困難だったろう。ならば幼獣を本州側から運んだのだろうか。何のために? 食糧のためか。
海峡の南、本州以南では、イノシシは重要な狩猟対象だった。だからひとつの文化圏だったと考えられる道南でも、イノシシをモチーフにした土製品が作られていたのだろう。しかし興味深いことに、同様に狩の獲物だったシカについては、これをモチーフにした出土品はごく限られている。このちがいは何だろう(エゾシカは本州以南のニホンジカの亜種)。
イノシシは多産で、キバもあって強い動物なので、人々はその生命力にあやかろうとしたのではないか。そう考える説がある。だからシカは活用するだけの資源だが、イノシシにはそれを越えた、今日の言葉でいえば霊性のようなものが宿っていたはずだ、と。するとイノシシの幼獣は、食糧の意味合いを越えた貴重な交易品だったのかもしれない。
舟に載せられて運ばれてきたうり坊は、大人になるまで育てられ、大きくしてから食べられたのだろう。近年では、これに送りの儀式(魂の再生を期待してカミに返す)の要素を見ようとする研究もある。大きくなったイノシシは人間の手であの世に送られ、人間世界に良いことをもたらすことを期待されたのではないか。ならばこれがアイヌのクマ送りの原型ではないか、という想像もそこから立ち上がる。
まだまだわからないことが多い津軽海峡圏の古代史において、かわいいうり坊が、交流と融合の多様な広がりの可能性を見せてくれる。
谷口雅春-text