小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第12回

コシャマイン記(鶴田知也著)

あらすじ

セタナの酋長ヘナウケは六つの集落を率いて蜂起するが、松前藩の騙し打ちにあい殺される。その子コシャマインは、母や従者と逃亡生活を送ったあと、ユーラップの酋長イトコイの庇護を受け、ユ―ラップ川上流に隠れ住む。しかし、彼らに待っていたのは、和人の奸計による悲惨な結末だった。

憎しみの連鎖に警鐘

北国諒星/一道塾塾生

渡島管内八雲町は、明治維新後、旧尾張徳川家の家臣たちが入植し、農場を拓いたところだ。作家鶴田知也がこの地に足跡を残したのは、大正11(1922)年8月のことである。
鶴田は東京神学社神学専門学校を信仰上の懐疑から中退し、八雲町出身の友人とともにこの町を訪れた。ふたりは駅から西方15キロほど離れたトベトマリ(ユーラップ川上流の上八雲)に達し、丘の上に住んで自炊生活を始めた。
翌年春、知也は8カ月の八雲生活を切り上げ、名古屋で労働運動に入るが、昭和2(1927)年には、プロレタリア作家に転進。
以来、八雲での体験をもとにして多くの作品を書いており、昭和11(1936)年に発表した『コシャマイン記』は、その代表的なものである。
この作品は、次の書き出しで始まる。

勇猛で聞こえたセタナの酋長(オトナ)タナケシが、六つの部落を率いて蜂起した時、日本人(シャモ)の大将カキザキ・ヨシヒロは、佯(いつわ)りの降伏によってタナケシをその館(やかた)に招き入れ、大いに酔わしめて之を殺した。

数年後に蜂起したタナケシの娘婿タリコナ、タナケシの妹の子ヘナウケも、それぞれ壮絶な戦死を遂げる。
ヘナウケの妻シラリカは、幼いコシャマインを背負ってイワナイ部落に逃れたが、酋長トミアセがシラリカに恋情を抱いたのがもとで、この地を追われる。母子はアプタペツ部落の酋長キビインの末弟サカナイモクのもとに身を寄せるが、酋長に身分を追及され、トーヤ湖のほとりに隠れ住む。コシャマインはここでサカナイモクの指導を得て、優れた若者に成長した。
その後、コシャマインはハエ部落の酋長オニヒシのもとに身を寄せるが、オニヒシはシビチャイ部落の酋長シャクシャインとの戦いの最中、戦死した。コシャマインは数度シャクシャインと太刀を合わせたが、取り逃した。
この頃、コシャマインがセタナの酋長の後裔であることが知られ、安住できなくなったので、母子はユーラップ部落に逃れる。老酋長イトコイは言った。

俺は貴方と貴方の母上シラリカに、いい隠家をあげよう。(中略)貴方の父上の望みを叶えて上げるのは、私の務めだと思うから、私の末の娘ムビナをあなたの妻に差し上げよう。

イトコイは彼らをユーラップ川上流のビンニラの地(八雲町春日地区)に隠れ住むよう勧めたので、コシャマインはここに小家屋(ポンチャシ)を建て、数年間を過ごす。まもなくコシャマインは部落から部落へと歩き回り、決起を促すが、彼らは和人を恐れて動こうとしなかった。
冬が来て、コシャマインは対岸に住み始めた和人と口を利くようになり、ある日の夕刻、土産を手にして舟で対岸に渡った。ここで歓迎され、したたか酒に酔って帰ろうとしたとき、突如、事件が起きる。

視よ、この時、一人の日本人が、太い棒を、コシャマインの後頭部に打降した。他の者も走り寄って滅多打ちにした。(中略)又欺し討ちにしたなと云い終わって、どっと汀に倒れて死んだ。(中略)コシャマインの死骸は、薄氷の張った河をゆっくりと流れ下り、荒瀬にかかって幾度か岩に阻まれた。

作者は八雲のなかでもとくに愛したビンニラの地を悲劇の舞台に選んだ。亡びゆくアイヌ民族の運命を叙事詩ふうに描いた『コシャマイン記』は昭和11(1936)年芥川賞を受賞した。ただ、主人公のコシャマインは、作者が創造した人物であり、長禄元(1457)年のコシャマインの戦いで知られる人物ではない。
昭和60(1985)年6月、この春日地区で鶴田知也文学碑の除幕式が行われ、83歳の作者も出席した。

八雲町ビンニラの丘に立つ鶴田知也文学碑(八雲町立図書館提供)

八雲町の市街地風景(八雲町立図書館提供)

八雲町の市街地風景(八雲町立図書館提供)


鶴田知也(つるた・ともや)

1902~88年。福岡県北九州市出身の作家。「文芸戦線」の同人となりプロレタリア作家として出発し、『コシャマイン記』、『北方の道』、『ハッタラはわが故郷』など八雲を舞台にした多くの作品を書いた。農業問題にも関心が深く、のち文学の世界から遠ざかり、晩年はもっぱら農業の専門家・指導者として過ごした。
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