小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第66回

マドンナのごとく(藤堂志津子)

あらすじ

札幌の広告代理店に勤める35歳のキャリアウーマン優子は、10歳年下の自衛官唐沢と同居生活を始める。その後、唐沢と別れて郁馬と同居をする。ふたりは防衛大学校を卒業した同期のエリート自衛官で、身長180センチの引き締まった筋肉質の体型や真面目な性格がよく似ていた。この二人の若き男性から、共通のマドンナで居てほしいと頼まれる。

年上の女性と二人の若き自衛官

山崎由紀子/一道塾塾生

優子は図書館で調べものをした帰りに、突然若い男性から声を掛けられる。喫茶店でコーヒーを飲みながら互いの自己紹介をする。防衛大学校を出た唐沢は、優子の興味をひいた。35歳の自分にとって10歳年下の輝く若さ、体格、知性、マナーにおいて不足はなかった。すぐに親しくなり、同居を始める。自衛官の制服が似合う凛々しい姿を眺め、彼のために食事をつくり、生活は円満で楽しかった。唐沢は知り合いの誰にでも、友人の郁馬にさえも、“わたしの今一番ステキな友達です”と優子を紹介する。

「あなたはステキです。わたしには勿体ないくらいです。こんなステキな年上の女性と交際しているということは、今や、わたしくらいの齢の男にとっては、ある種のステイタスシンボル、男の誇りですよ。これがギャル相手なら、当たり前すぎて、おもしろくもなんともない。」

唐沢との同居は半年を過ぎた頃、破綻する。“愛ってなんですか、愛って、こういうものじゃないでしょう”という言葉を残して、彼は出て行った。
優子の寝酒と喫煙は増えつづけていく。酔って郁馬に電話をかけながら、酔いつぶれて意識がなくなる。駆け付けた郁馬に介抱されたことがきっかけで、同居を始める。

中島公園遊園地は現在札幌コンサートホールkitara となった

しかし、郁馬の真面目な無邪気さが、気になってしまう。

「私のことは遊び相手と見なせばいいのよ。あなたが、同年配の、結婚を前提として交際できる女性と知り合うまでの、気楽な相手、広い意味での、友だち、として割り切ればいいの」 (中略) 「あなたが、そう言ってくれるのはありがたいけれど、これは、ぼく自身の問題です、ぼくの男としての」

悩みながらも、郁馬は急激に“大人の男の貌”を持ちはじめていく。憂い貌に漂う“不思議な男の色気”に見惚れ、優子は新鮮な目の楽しみを覚えた。
郁馬との関係にも、唐沢の影はまつわりついていた。
     
そんなある日、唐沢と郁馬の話し合った結果を聞かされた。

「ぼくたちは、あなたを尊敬しています。本来なら、マドンナとして、指一本ふれるべき人じゃなかったのかもしれない。その禁を破ったぼくたちは罪を受けたのでしょう。僕の自信の喪失と、郁馬の強迫観念。陰湿な三角関係とは、全く違いますからね、これは。三人で食事をしたり、ドライブにいったり、楽しく、仲良くやっていけると思います」

無垢(ピュア)で礼儀正しい青年たちの結論は、“二人の共通の恋人”で居てほしい、ということであった。

山の中腹にある札幌市街を望む旭山公園(写真提供:photolibrary

彼らエリート自衛官はそのうちに勤務地をあてがわれ、札幌を離れてゆくであろう。その日が遠くない事を感じる。優子は楽しかった日々を思い、若い彼らが成長したことを喜んだ。そして、恋でも愛でもない“男遊び“を充分に知ってしまった自分にも、気が付いた。
10年後、20年後の二人には、会いたくはなかった。唐沢と郁馬の二人の肩越しに、将来の景色はなく、現在(いま)だけが見えていた。

札幌が舞台になっている『マドンナのごとく』には、藻岩山を背景にした市立図書館、中島公園の遊園地、市街地を見渡す旭山公園、そしてラム肉料理のレストランなど、行動力のある若き自衛官の運転する車でのスピード感ある風景が展開してゆく。
著者が学んだカトリックの学校には、慈愛に満ちたマリア像が佇み、優しい姿で学生たちを見守っていた。国文科で、中世文学『源氏物語』の講読を一年間受講した藤堂氏には、第51帖で二人の若き貴公子から求愛される高貴な女性、浮舟の気持ちが漂っていたのかもしれない。


藤堂志津子(とうどう・しづこ)

札幌北高等学校、藤女子短期大学国文科卒業。19歳で第一詩集『砂の憧憬』を刊行。29歳で発表した小説「鳥、とんだ」が『北海道新鋭小説集1978』に採録され、注目される。38歳の時「マドンナのごとく」を発表し北海道新聞文学賞を受賞。1988年『熟れてゆく夏』で直木賞受賞。
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