歩いてみたら、出会えた、見つけた。

むかしむかし

なぜ北海道でジンギスカンが広まったのか

北海道で羊肉が食べられるようになったのは大正時代。
農家の副業として江部乙村で5頭の羊が飼育され始めたのは1913(大正2)年。
滝川町では1915(大正4)年に13頭の飼育記録が残っている。
数ある羊肉料理の中から、なぜジンギスカンがこれほど広まったのか。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo
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滝川産サフォーク種の生産を始めた「松尾めん羊牧場」

かつて羊毛は軍需品だった

北海道に初めて羊がやって来たのは1857(安政4)年。箱館奉行所で10頭飼育したのが始まりだ。箱館開港の2年前、捕鯨船に便乗して箱館に上陸した米国の貿易事務官ライスが助言していたという。開拓使に雇われ、北海道の畜産業に大きく貢献した米国の獣医師エドウィン・ダンが七重農業試験場に赴任する18年も前のことだ。

開拓当初、理想的な羊毛が取れるメリノや“羊肉の王様”と呼ばれるサウスダウンなど、さまざまな品種を輸入していた。開港により西洋文化がもたらされ、羊毛製品の消費や食習慣も変わると思われた。しかし、開拓使が開いた札幌牧羊場では伝染病などで飼育の成果が上がらず、政府のめん羊奨励策も一時中止されていた。

1914(大正3)年、第一次世界大戦が勃発。英国が羊毛を軍需品に指定したため、日本は羊毛を輸入できなくなった。そこで、政府は国策として軍服や軍の毛布調達のため、めん羊の国内生産をめざす。1918(大正7)年、農商務省は25年で百万頭に増やす「緬羊百万頭計画」を打ち上げ、滝川、札幌月寒など全国5カ所に種羊場を開設した。その際、羊毛だけでなく、羊肉の食べ方など、活用方法の研究が始まった。やがて、毛肉兼用のコリデールへと品種も変化していく。

肉質に優れ、“羊肉の王様”と呼ばれたサウスダウン(撮影:黒瀬ミチオ)


1955(昭和30)年代初め、日本では主役だったコリデール

なんとか羊肉を食べさせたい

かつて食習慣のない日本では「羊肉は臭くて食べられない」といわれていた。北海道種羊場長の山田喜平が書いた『緬羊と其飼ひ方』(1931年発行)には、焼き物9種、揚げ物6種、煮物12種、内臓料理5種の羊肉料理法が紹介されており、成吉思汗(ジンギスカン)は、その中の一つに過ぎない。当時のレシピには「羊肉を3mmくらいの厚さに切り、しょうゆ、酒、砂糖、トウガラシ、ショウガ、ネギ、ごま油を合わせた中に30分ほど漬け込み、焦げぬよう金網にごま油を塗り、強火の七輪にかけて、漬け汁を付けながら肉の両面を焼いて食べる」と書かれている。なぜ、ジンギスカンが、道民のソウルフードと呼ばれるほど道内各地に広まったのだろう。

滝川では昭和初期、小公園(現・平和公園)で家畜品評会が行われ、ジンギスカンや羊肉とコンニャクを串刺しにしたおでんも売られていた。しかし、当時使われていたのは1歳未満のラムではなく、羊毛を刈り終えたマトン。肉質も硬く、特有の臭みが日本人の口に合わなかったらしい。1935(昭和10)年から、種羊場のめん羊実習生による料理研究や羊肉宣伝も活発になり、戦後は農協を通してジンギスカンの試食会も頻繁に行われた。

1937(昭和12)年、滝川種羊場でのジンギスカン料理の実習風景
(『北海道庁種羊場五周年記念アルバム』より)

タレに漬け込むジンギスカンの発祥

札幌では1936(昭和11)年からジンギスカンを出す飲食店が登場し、1953(昭和28)年には会員制の「ツキサップ成吉思汗クラブ」が発足した。札幌では肉を焼いた後にタレを付けて食べていたが、1956(昭和31)年、「松尾ジンギスカン」が創業したことで、滝川ではタレに漬け込んだ肉を焼くスタイルが定着した。

滝川に本店がある松尾ジンギスカンは「羊肉専門店」として創業(写真提供:株式会社マツオ)

松尾ジンギスカンの創業者・松尾政治が初めてジンギスカンを口にしたのは27歳の頃、緬羊組合の長谷川重之の自宅だった。あまりのうまさに「これは商売になる」と、肉を漬け込むタレの作り方を教わり、改良を重ねて滝川産のリンゴやタマネギをふんだんに使った独自のタレを開発した。現在、本店がある場所に羊肉専門店を開業したものの、なかなか売れない。そこで松尾は七輪と炭を持って滝川公園へ出向き、5月の花見に集まった人々に食べさせた。その評判を聞きつけて、タレに漬け込んだジンギスカンが飛ぶように売れるようになる。隣接してジンギスカン専門の食堂を開き、「マネされて別の味になるくらいなら」と快くのれん分けをしたことで、1976(昭和51)年には道内外各地に250店もの「松尾ジンギスカン」が存在していた。

冷蔵庫がない時代、河川敷などに食用の羊を生きたまま集めておく場所があった(写真提供:株式会社マツオ)

滝川産サフォークに夢をたくして

松尾ジンギスカンのこだわりは「創業当時から変わらない味」だ。万人に食べてもらうために、ニンニクを使わずに肉の臭みを消すこと。そして、肉を漬け込むタレは、毎日リンゴとタマネギをすりおろし、火を入れずに作るフレッシュな“生もの”であること。「地元の人が食べているからこそ郷土料理といえる。羊、リンゴ、タマネギなど、原料に恵まれた滝川から広まった味を大切にしたい」と営業係長の永森和朗さん。

鍋の溝に野菜を入れ、中央でタレに漬け込んだ肉を焼き、その肉汁とタレで煮込んだ野菜も一緒に食べるのが松尾流(写真提供:株式会社マツオ)

羊の国内飼育数は、1957(昭和32)年の94万頭をピークに、輸入自由化を契機に激減。滝川種羊場はやがて道立滝川畜産試験場となり、日本で初めて肉用種のサフォークを本格的に輸入した。最近は全国で1万6千頭、道内では8千頭(2013年度)ほどしか飼育されていない。つまり、国内で消費される羊肉のほとんどはオーストラリアかニュージーランド産ということだ。そんな時代に一石を投じるかのように、昨年、創業60周年を迎えた(株)マツオは「松尾めん羊牧場」を開設した。

「将来、協力農家が増えて、昔のように羊のまちになってくれたら…」と佐藤修章牧場長


干し草は石狩川の河川敷で育った牧草、滝川産の米や小麦も飼料になる

畜産試験場の業務が終了し、地元で唯一羊を飼育していた「新山ファーム」から40頭ほどの羊を引き継ぎ、現在は、生まれたての子羊を合わせて113頭。牧場長の佐藤修章さんは「4年ほど前から、新山さんの肉をデパートの物産展で販売したところ、とても評判がいい。10年後は1000頭に増やすのが目標。個人の農家さんでは難しいことも、販路を確立している私たちだからできることがあります。ジンギスカン以外の食べ方も提案したい」と目を輝かす。なんとか羊肉を広めようとした先人たちも、同じ目をしていたに違いない。

1月が出産のピーク。今年生まれた子羊は3月末で43頭


羊のフンや敷きワラは、堆肥として地元の農家に還元される

(写真提供:株式会社マツオ)

(写真提供:株式会社マツオ)


松尾めん羊牧場
北海道滝川市江部乙町3978番地
WEBサイト
※生産牧場のため一般公開は行っていません。研修などにより牧場内部の見学をご希望の方は、必ず事前にお問い合わせください。

松尾ジンギスカン本店 
営業時間/10:00~22:00(ラストオーダー21:30)
定休日/年中無休(12月31日・1月1日を除く)
北海道滝川市明神町3丁目5-12 TEL:0125-22-2989

株式会社マツオ
北海道滝川市流通団地1丁目6-12 TEL:0125-23-1919
WEBサイト

※写真の無断二次利用・無断転載を禁じます。

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