「地域の新しい見方」としてのジオパーク
ジオパークは、地域の歴史や産業、そして暮らしを新しい手法で結んだり編集することができる。例えば北海道の中央部にある、三笠市の三笠ジオパークの例がわかりやすい。
三笠のはじまりは、幌内炭鉱の開山にあった(1879・明治12年)。石炭を小樽港から積み出すために、ほどなくして日本で最初の産業鉄道である幌内鉄道が開通。そもそも一帯には、良質な石炭が作られる、数千万年をさかのぼる植物の歴史と造山運動があった。そして1億年前、このあたりは巨大なアンモナイトや大型爬虫類が生きる海だった。
三笠を語るキーワードは3つ。「石炭」「鉄道」「アンモナイト(化石)」。それぞれ全国のマニアや研究者たちのあいだではとても名高いものだが、全体を束ねたり貫くものがなかった。だからまち内外への広がりに欠けていたという。しかし太古からの大地の変遷とまちの現在を直結するジオパークという「世界の見方」によって、これらが見事に一枚の大きな物語に織り上げられた。地域に新鮮な気づきと学びがもたらされたのだ。北海道のほか列島各地でジオパークの取り組みが広がっている背景にも、こうした構図や動向が見てとれるだろう。
北海道博物館の特別展「ジオパークへ行こう!」
7月9日から9月25日まで、札幌の北海道博物館では、「ジオパークへ行こう!-恐竜、アンモナイト、火山、地球の不思議を探す旅—」と題した特別展が開かれている。北海道の自然・歴史・文化の魅力を、ジオパークを切り口にあらためて探しだそうとするもので、道内5か所にあるジオパークと深く連携した、全国的に注目される展覧会だ。
「夏休みのファミリーに、北海道博物館の展示を見てから、ぜひ実際に北海道各地のジオパークまで足を運んでほしいのです」。企画担当の学芸員栗原憲一さんは、狙いをそう話す。展示にはそのためのさまざまな仕掛けがいっぱいだ。
企画は6章構成。まずアンモナイトやモササウルスといった太古の北海道になじみ深い生きものたちから始まる古生物の世界と、北海道の成り立ちを地殻変動や岩石や鉱物でさぐるのが第1章から第3章まで。4章では農業やワイナリー、水産業など現在の地域産業と大地の関わりの解説があり、5章では松浦武四郎を入り口に、アイヌ語地名の意味などから近世以前の北海道に迫る。そして最後の第6章は、道内5カ所のジオパークへ出かけようという具体的な呼びかけになっている。
栗原さんは、広域にある複数のジオパークが力を合わせて取り組むこうした規模の展覧会は、日本でも例がないと語る。北海道がひとつの大きな島だからこそ、この展示がわかりやすく成り立つのだろう。そして全体の主旨を、「単なるジオパークの紹介に終わらず、ジオパークの考え方や仕組みについて掘り下げていくことにあります」、と強調する。
さらに栗原さんは、例えば「北海道が日本の古生物研究の中心のひとつであることを知ってほしい」と言う。太古の大地とそこで生きていたたくさんの生きものたちのことを、ロマンや物語として表面的に楽しむだけでなく、普遍的な科学として理解してみる。地域の名産品にしても、それらの母体である大地がもたらす環境を科学の目でとらえれば、借りものや一時のトレンドには収まらない次元から深く強く地域の魅力が発信できるし、受けとめることもできるだろう。
栗原さんの専門は古生物学。しかしフィールドワークや論文を書くといったことだけではなく、こうした企画展もまた、自らの研究のアウトプットだと考えている。「科学者が専門の知見を、開かれた公共の場で広くいきいきと社会に投げかける。そのことで科学も地域社会も得るものは大きいと思います」。ジオパークは、科学と社会の関わりを深く豊かに耕していく、科学リテラシーの実践の場でもあるのだ。
世界をもっと根源的に考えるために
人口が減りつづけ経済はずっと踊り場。このままでは地域がさらにやせ細ってしまう。列島の多くの人々は、そんな危機感を共有しているだろう。こんな時代にこそ、目先の効率や数字を追いかけるだけでなく、物事を徹底して根源的に、そしてはるかに長い時間軸で考えていく必要があるはずだ。そのための大きなヒントになるのが、ジオパークという「世界の見方」にほかならないと思う。
自ら内側から変わっていこうとする地域がよって立つべきもの。それはまず、その土地で途方もなく長いあいだ移ろい重ねられてきた大地の営みであり、それらを読み解き関わってきた先人たちの英知だ。いま地域社会に起きている逆風は、大地の時計で見ればほんの一瞬のものにすぎない。スケールや効率を求めていくばかりの価値観が、この先何百年もつづくはずはない——。ジオパークを訪れる僕たちには、そんな世界が見えてくるかもしれない。
自然生態系が豊かであるためには、まずなんといっても複雑な多様性が重要だ。同様にいまあるたくさんのリスクをかいくぐってこの社会が生きのびていくためには、規模や効率への志向をときには乗り越えながら、そこにあるものの意味や価値を幾様にもとらえていかなければならないだろう。これからの地域のあり方を大地と暮らしの中から主体的に見いだしていくために、ジオパークは、参照すべき社会のいちばん下のレイヤーとして存在し、活動している。
北海道博物館
北海道札幌市厚別区厚別町小野幌53-2
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