「道産酒の情報を伝えたい」と、「北海道ソムリエ」を名乗って約10年。鎌田さんの読み通り、北海道の酒を取り巻く環境は大きく前進した。道産の酒造好適米を使った酒造りがどんどん広がり、道外、海外での評判も上々。北海道酒造組合やホクレンなどは2009年から「酒チェン」と銘打ち、北海道産酒消費啓蒙運動を推進している。
さらに、2017年には、「上川大雪酒造」が誕生。約20年ぶりの北海道の新しい酒蔵として、大きな話題となった。
―道産酒が躍進した背景のひとつとして、杜氏の世代交代が進み、若返ったことが挙げられます。新しい杜氏たちの飽くなき探究心と新しい試みが、道産酒の品質向上、バラエティの豊かさにつながってきています。杜氏同士の情報交換も盛んになりました。また、酒造好適米が北海道で作れるようになり、農家の顔が見えるシステムもできてきました。農家、造り手、飲み手の風通しが非常に良くなっています。
「風通しが良くなった」ということは、良くなかった時代があったのだろうか。おそるおそる聞いてみると…。
―おっしゃる通りです。昔は、杜氏はどこか“雲の上の神様”で、一般の飲み手に感想を聞いたり、意見を求めたりすることは滅多にありませんでした。けれど、今では酒蔵見学会や酒の会、マスコミにも積極的に登場し、リアルな存在としてファンを獲得しています。僕はここ10年、毎月、道内の酒蔵を回っていますが、ときには杜氏さんと辛辣なやりとりをすることもあるんです。
たとえば、この倶知安・二世古酒造のラベル。見た目が美しいでしょう? 前のラベルを「これダサいね、やめたほうがいいよ!」と僕が話したのがきっかけで、変わったんです。「格好良くラベルを一新して、色で簡単に覚えてもらえるシンプルなものに」と提案し、今では『彩(いろど)りシリーズ』と銘打って売り出しています。
鎌田さんが見せてくれたラベルは、確かに惚れ惚れするほど格好いい。けれど、いくら時代が変わったとはいえ、酒蔵が誰の意見でも熱心に耳を傾けるというわけではないだろう。
―確かに、僕やきき酒の師匠・酒本久也さんは特別な存在かもしれませんね。酒蔵を見学しても、質問が細かすぎるので、杜氏や社長さんが直接対応してくれます。僕は道内の米農家にも足を運ぶので、その年の米の出来具合も参考に、酒造りについて質問することもありますし…。
原料となる米の状況まで把握!? 道産酒を応援するために、そこまで必要なのだろうか。
―道立農業試験場に長く勤めた農学博士の故・相馬暁(さとる)さんから、「口にするものはすべて農業。農業を理解せず食を語るべからず!」と言われ、大きく意識が変わりました。酒も同じで、素材を知らずに味は語れません。米の出来を知っていれば、「米の出来は最高なのに、このちょっと気になる香味…どこの工程でそうなったの?」と尋ねることができます。そうでなければ、米の生産者の努力が報われません。
酒を試飲させてもらって気をつけるのは、自分の尺度を持ち込まないこと。率直なテイスティングコメントは伝えますが、僕の嗜好は関係ありません。そして必ず、杜氏さんが目指した仕上がりかどうか、を確認します。「ん?」と僕は思っても、その味わいが杜氏さんの設計図通りかもしれないので。
造り手の意図を尊重しつつ、酒の良し悪しはきちっと伝える。常に誠実に、本音でぶつかる鎌田さんの行動力と情熱があってこそ、酒蔵のハートを掴むことができるのだろう。…ちなみに、そこまで酒がお好きで知識をお持ちなら、「造り手になりたい」と思ったことは、ないのだろうか。
―実は、酒蔵を経営してみないか、というお誘いをいただいたこともありましたが、丁重にお断りしました。僕は接客が天分だと思っていますし、結局は、酒を飲むのが好きなんですね(笑)。
鎌田さんのテイスティングコメントや酒蔵の解説を聞くと、ついその酒を飲みたくなる。それは、根っからの“酒好き”を公言する熱い思いが、言葉からあふれ出てしまうからなのかもしれない。
YouTube動画など、ネット上でも道産酒情報を発信している鎌田さん。一本一本の詳しい解説はそちらでご覧いただくとして、いま注目の酒蔵について聞いてみた。
―まずは、2017年に本格仕込みが始まった上川大雪酒造ですね。杜氏の川端慎治さんは、日本の名だたる酒蔵を巡ってから北海道に戻ってきた方なので、全国的な水準を理解しています。この体験値の高さが、彼の大きな武器です。
続いて、初の女性杜氏が誕生した札幌・千歳鶴。市澤智子さんは、女性ならではの繊細さを持つ天才肌! 彼女が老舗酒蔵の造りのトップに立ったことで、どういう改革ができるのかが注目です。
2人に共通しているのは、“ブレないこと”。たとえば、「きたしずく」で吟醸系を、「吟風」では純米系を造ろう…など、しっかりした設計図があり、それをきちっと結果に残してくる。ここが天才肌と呼ばれる所以ですね。
さらに、と鎌田さんが加えたのが、倶知安の二世古酒造だ。
―二世古酒造の水口渉杜氏は、酒造りとは関係のない仕事をしていて、30歳でこの世界に飛び込んだ男。スタートとしては遅いですが、苦労を重ね、才能もあって、6年目ごろから芽が出始めました。今や全国雑誌で取り上げられるほど、二世古酒造は話題の酒蔵に成長しました。
それから、もうひとつ。鎌田さんが“道産酒の新潮流の証”として教えてくれたのが、「生酛(きもと)造り」のことだ。
―「生酛(きもと)造り」とは、天然の乳酸菌で酵母をじっくり育てる伝統的な酒造りの製法。時間も手間も、コストもかかるので、道内では、旭川・男山以外は、ほとんど挑戦すらできなかった、いわば“封印”されてきた酒造りです。それが、杜氏が若返ったことで、この“原点”に挑戦しようという動きが、栗山・小林酒造や倶知安・二世古酒造、旭川・高砂酒造などから出てきた。これは、今までならあり得なかったこと。北海道の「生酛」が飲めることこそ、道産酒が進化しているひとつの証といえるのです。
そこまで聞くと、飲まずにはいられない! さっそくグラスに注いでもらった。…複雑なコクがあり、ずっしりした味わい。昔ながらの日本酒、という感じがする。「ごついお酒ですね」と、鎌田さんは嬉しそうに笑った。
―「北海道の酒ってひどいのばっかり」「本州に比べて…」などと言う方に限って、道産酒のいまを“上書き”していない。「もう昔と違うんですよ!」と言いたいのをぐっとこらえて、「造り手が変われば酒が変わる…なので、あらためて飲んでみてください」と伝えています。年々進化する道産酒を、ぜひ味わってほしいですね。
道産酒を愛する鎌田さんが、情報発信や店の経営に加えて、熱心に取り組むことがもうひとつ。後進の育成だ。驚いたのが、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)の日本酒ナビゲーター資格取得講座に関連した「千人プロジェクト」である。
―これは、5年間かけて、日本酒の専門的知識を持った愛好家・専門家を、道内を中心に1000人育てようという取り組み。日本酒の基礎知識はもとより、「悪酔いしやすい」「太りやすい」などの日本酒の誤解を解き、正しい飲み方を広めたいというのが目的です。2017年で4年目となり、資格取得者は約830人に達しました。札幌だけでなく、道内各地で開催しているので、それぞれが地元の地酒振興に貢献してくれれば、こんなに嬉しいことはありません。道内に1000人の国酒を愛し専門知識を持った人材が育てば、きっと、何かが変わるだろうと期待しています。最近では、海外での人材育成も積極的に進めています。5年で1000人が目標ですが、もちろん6年目以降も続けていきますよ!
ほかにも、日本酒・地梅酒を応援する札幌の一般社団法人「友醸(ゆうじょう)」や、女性と北海道産日本酒 を応援する市民有志のプロジェクト「花咲醸酒 hana-sake43°」など、若い人の取り組みを側面応援しているという鎌田さん。最後に、あらためて道産酒の魅力を聞いてみた。
―地元の素材と、地元の造り手が織り成すのが、その土地の食文化。東京や大阪、京都など道外の蔵元と比べると、北海道はどうしても歴史が浅い。ですが、だからこそ、まさにいま、「北海道ブランド」が構築されつつあるともいえます。その食文化の歴史に、北海道の酒が寄り添っていけば、道産酒の未来は明るいと確信しています。
「北海道産酒BAR かま田」
北海道札幌市中央区南4条西4丁目MYプラザビル8F
TEL: 011-233-2321
営業時間:18:00~25:00(日曜日&祝日は17:00~24:00)
無休(※12/31を除く)
Webサイト
「酒匠鎌田孝の動画で楽しむ道産酒」
(YouTubeの専用チャンネル)